第2話売られた喧嘩

=日本防衛軍育成学校 廊下=


「…まさか修二達が負けるなんてな。」


「本当だよ…、あれには流石にびっくりしちゃった!!」


「俺とエリは演習の録画を見たけど、創也はまだ見てなかったよな?」


「ああ、だけどどんな内容の演習だったかは人伝に聞いたよ。トラッパーが修二を追い詰めて……そこに相手チームのスナイパーが集中砲火をしたんだろ?」


「だいたいは合っているけど、実際はもっと胸糞悪い内容だよ。…マキとレンジが人質に取られて焦った修二を相手チームのアタッカーが自分のチームメイトが張ったトラップの道連れにしたんだ。」


「そうそう、それで相手チームのスナイパーが味方もろとも修二君を滅多打ちにしたんだよ!!…修二君てば大丈夫かな?」


ランを先頭にチームRは育成学校内の廊下を走っていた、それは建屋内の医療室へ向かうためだ。


では何故彼らは医療室へ向かっているのだろうか、その答えは至って簡単。


修二が演習で大怪我を負ったため、急遽医療室へ運ばれたのだ。


彼ら三人が食堂で昼食をとっていたところにクラスメイトの一人が慌てた様子で今回の件を知らせに来たのだ。


この育成学校の演習は近しい実力を有するチーム同士が切磋琢磨すべく、当該チームは自分の順位から見た前後のチームと対戦する形式になっている。


つまり2位チームの場合は1位と3位が対戦相手となる。


そのため、前述の通りで対戦チーム同士が『近しい実力』を有していることもあり、演習が極端な結果になることはあまり想定されていない。


例外として1位のチームは上位チームが存在しないためにそのクラスの担任と対戦するが、それでも、いやだからこそ大怪我を負うと言う結末にはなりにくいのだ。


「味方もろともって…そこまで極端なことするチームは聞いたことないぞ?その相手のアタッカーも怪我したのか?」


「いや、それが無傷だったらしい。どうも守備寄りの装備だったらしいけど…修二にそこまでの怪我を負わせておいて無傷と言うのは…。」


「もう!!二人ともまずは修二君の心配でしょ!?もうすぐ医療室に着くんだからね!!」


ランと創也が走りながらに試合の総評をしていると、本気で修二を心配しているエリに一喝された。


これには二人も流石に言い返す事もできず、黙ってそれに従うことにした。


そして医療室の前に到着した三人はノックすることすらも忘れて、そのままの勢いでドアを開いていた。


「修二君!?大怪我したって聞いたけど……大丈夫じゃなそうだね。病院に行かなくて良いの?」


「いてててっ…、エリか。ああ、そこまでは心配無いさ。今も先生にアルテミを使って治療をしてもらったんだ。これで何とか……いってえええ!!」


「はい、治療終わり!!切断された指はその場で繋いであるし、打撲箇所はこれで全て治療できたから日常生活には支障出ないでしょう。」


チームRの三人が医療室のドアを開けるとAクラスの担任の先生が自身のアルテミを注入した包帯で修二に治療を施していた。


アルテミとは空気中に存在する粒子のことで、人間はこれを自分の体内に取り込んでから道具や武器に注入すると、その道具や武器は人智の域を超えた能力を発揮する。


今回の場合は先生が演習場で施術用の糸にアルテミを注入して、その糸が自動で修二に縫合手術を施したらしい。


そしてどうやら先ほどまではこの医療室で修二の打撲箇所にアルテミを注入した包帯を巻いていたのだろう。


これで修二自身の自己治癒能力を底上げしようと言う狙いなのだ、この治療を施すAクラスの担任である片桐は医療分野のスペシャリストなのである。


「とりあえずは大事にならずにすんだ、と思って良いのか?エリも大丈夫?」


「ラン、来てくれたんだ?…うん、何とかね。先生もありがとうございました!」


「良いのよ。こう言う時のために先生はいるんだから。」


「それにしても…お前らがここまで派手に負けるなんてな。俺も驚いているよ。」


「創也、お前は楽観視し過ぎだろう。これであいつらはクラスの2位になったんだから、次の対戦相手はお前らのチームだってことだぞ?」


レンジは創也に注意を促すがその視線は床を向いていた、しかしそれはレンジの心情をシンプルに表している行動だ。


そしてその様子はレンジだけではなく他の二人にも言えることだった。


チームSの一同は皆一様に肩を落として視線を上に上げられずにいた。


「俺が言うことじゃないけどお前らも落ち込みすぎだぞ?いくら負けたからって…。」


「ラン!!お前は直接見ていないからそんなことを言うんだ!!あれで落ち込むな、だって!?勝手なことを言うな!!」


ランは励ますつもりで修二に声をかけるも、当の修二からは思いもよらない反応が返ってきた。


これにはチームRの他の二人も程度の違いはあれども、一様に驚きを隠せなかった。


チームRから見た修二は逆境精神の塊で、あらゆる悔しさを糧にAクラスの2位に駆け上がってきた男だ。


そんな男がこれほどまでに打ちのめされているところをこのチームRの三人は今までに見た事なかったのだのだから彼らの驚きは当然のことと言える。


「どう言うことだよ?」


「ラン、…私たちだって一度の負けくらいって思うよ?でもね、…試合終了時にあんな表情をされたら誰だって悔しいと思う。」


「マキ?」


「…試合終了時にあいつらは俺たちにゴミでも見るかのような見下した表情を向けてきたんだ。その上、わざわざ耳元まで近づいてきて『努力の人には無駄な努力って言葉の意味を理解して欲しいんだけど?』と言ってきたんだぞ!?」


ランの立ち位置からでは悔しさを滲ませるマキとレンジの表情を確認するコトはできない、それは彼らが視線を下に向けているためだ。


だがそれでも彼らの背中がその悔しさと屈辱の度合いを語っていた。


これには普段から場の空気をあまり読まないランにも動揺を隠せるものではなかった。


…それにいくら実力差があったとしても件のチームは修二にやり過ぎとも言える指の切断と言う大怪我を負わせている。


この事実は飄々としたランの感情に火をつけるには十分なものだった。


そしてチームRの一同は同じ想いを胸にしていた、無駄な努力とは何事だと。


「……ラン、俺の仇を撃つだなんて下らないことを言い出すなよ?これは俺の不始末なんだから、土足で人の恥に泥を塗って欲しくないんだ。」


修二はランを目標にして今の実力を身につけている、その為、ランとは対等の立場でいたいのだ。


そしてそれ故にランの性格も熟知している、これは修二からランへの戦いの最中に心を囚われるなと言うメッセージでもあった。


「元2位様は生きてるか?」


医療室に集まっている一同はランと修二のやり取りに意識を集中していた為に部屋のドアが開いたことに気付くのに一瞬遅れてしまった。


そして気付いた時にはそのドアを開いた人物は言葉を口にした後だった、その人物とは修二達チームSを打ち負かしたチームDのリーダーであるドウリキだったのである。


「…ドウリキ君、言葉遣いには気を付けなさい。」


「先生もいたんですね?でも事実でしょうに、それに俺だってやり過ぎたと思ったから心配して顔を出したんですけどね。」


ドウリキは医療室に入ってきてから一切表情を変えていない。


寧ろ片桐先生がドウリキの言葉遣いに注意をすると目つきがキツくなったように感じたほどだ。


「そうだとしても他に言い方があったはずだ。」


「…現1位様までいるとはね。もしかしてお友達が大怪我しちゃって怒ってるのかな?」


「ドウリキ、お前も良い加減にしておけよ?」


「そっちは1位チームの創也か。お前もお友達感覚が抜けてないんだな?ここ育成学校は宇宙からの脅威に対抗する為に設立されたって言うのに。」


「だったら無駄に怪我をさせる必要はないと思うんだけど。…有事にはここの生徒だって動員されるんだから。」


「今度はスナイパーのエリか…、だったらそれを今度の演習で証明してみろよ。弱い奴は戦力にすらならないんだってことを気付いて欲しいね。」


ドウリキにはチームRの面々にその言動を非難されながらも表情や心情に一切の変化が見られない、だがこれには非難しているはずのラン達も動揺を隠せずにいた。


何しろこのドウリキはクラスメイトなのだから、決して知らない間柄ではないのだ。


いくら同じクラスに配属された時期がつい最近だとは言え、ここまで嫌な奴であればランたちも知らないはずがないのだ。


寧ろここまでの性格であればクラスに関係なく学年を通じて有名になっていても可笑しくはないだろう。


ランは目の前にいる不可思議なクラスメイトを測りかねていた、これは何か裏があるのではないか、と思い始めているのだ。


「もう良い。創也にエリ、修二の容態は確認出来たから後は先生に任せよう。」


「おいおい、1位様は舌戦が苦手だったか?」


「ラン、ここまで言われて引き下がるのか?俺はここで実力を示しても良いくらいだ。」


「創也もいい加減にしておけ。この答えは次の演習で示せば良いさ。」


「演習以外での実践は先生も黙ってませんよ?創也君もいい加減にしなさい。」


ドウリキの挑発に僅かではあるが喧嘩腰になっていた創也をランと片桐先生が宥めるも医療室の空気はとても張り詰めたものになっていた。


だが当のランは場の空気に興味を示さない様子で表情を一切崩すことなく、部屋のドアに手を掛けていた。


そしてドウリキに一言だけ告げて医療室を後にするのだった。


「その喧嘩、演習で買ってやるよ。修二とは関係なく俺自身がお前にムカついてるんだよ。」

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