【名称変更・旧ドーピング王者】短距離走者は鍛え上げた能力を発揮して異世界でも逞しく生き抜いていきます 〜五輪代表にまで駆け上がった陸上選手はドーピングの力を使ってファンタジーを否定する輩をフルボッコ〜

こまつなおと

異世界転移の先

000.転移の理由



 横殴りの吹雪がこの地への侵入者を拒む。


 一年を通じて溶ける事のない積雪に吹きやむ事のない吹雪がさらに積もることで、天然の要塞が形成される。


 要塞と形容されるからにはこの地には、当然そこを根城とする者たちがいるわけで。


 これほどまで厳しい環境下を根城とする者たち、種族といった方が正しい表現か。


 とにかくその『種族たち』は厳しい環境に耐えうるだけの屈強さと強靭さを備えていることになる。


 その種族たちのせいか、またはこの厳しい環境のせいかこの地には彼ら以外に生活をするものはいない。


 そしてその種族たちとは……。


「フーリン、アンさん! 雪崩が起きるぞ、そこから早く回避するんだ!!」


「えええ!? こんな場所で雪崩なんか起きたら逃げられないじゃない!!」


「大輝殿!! 中途半端に回避をするよりも魔法で迎撃しましょう!!」


「大樹、あたいのことは心配してくれないのかい?」


「ジャバーは炎で体を包み込めるんだから、心配なんて無駄でしょ!?」


「……こんな状況下なんだから、あたいと裸で温め合おうじゃないか、大樹?」


 などと俺を含めたパーティーのメンバーは、目の前で現実に起ころうとしている自然現象に対してそれぞれに異なった対応を主張している。


 ジャバーはバカじゃないのに、どういうわけかピンチになればなるほど変態になる性格なのだ。


 と言うか、こんな吹雪の中で裸になってられるか!! 凍死するわ!!


 ジャバーもどうして服を脱いじゃうかな……、しかもご丁寧に脱いだ服を畳んでるし!!


 もうあかん、ここはまともな人間だけで現状を乗り切るしかない!!


「アンさん、フーリン!! 火炎魔法で防御しよう、……あった!! 二人とも、コレを飲んで!!」


 俺は二人に『ある錠剤』を渡しながら、雪崩に対する対応を指示した。


 ……もう錠剤の在庫が底を突きかけているなじゃないか、俺は少しだけ後悔していた。


 それは今回のこの戦闘がここまで苦戦をすると考えていなかったからだ。


 そもそも今回の戦闘における標的は俺が日本にいた時に経験したゲームでは、そのゲームにおける最強の種族という設定である事が多い。


 だからこそ万全の準備をしてきたわけで、それ自体は決して不足していないと思う。


 寧ろ、アンさんにも『心配しすぎなのでは?』とすら言われていたのだ。


 それよりも、もう一方の種族は俺が経験したゲームの中では然程に好戦的な種族ではなかったはず……、俺にとってはこのことの方が問題と言える。


 等と不要なことを後悔していると、先ほどパーティーメンバーに俺自身が警戒を促してていた巨大な雪崩が発していた。


 そしてその雪崩はもの凄い勢いで俺たちのいる斜面に沿って滑り落ちてきていた!


「くっそお! ドラゴンが強いのは分かるけど、どうしてあんな小さい奴がこんなに強いんだよ!!」


「大樹い、ドラゴンもあいつにはこき使われてるんだよ!? 強いに決まってるじゃない!!」


「フーリンさんの言う通りです。大樹殿の故郷ではどうだったかは知りませんが、あいつは…『妖精』はこの世界で最強の種族なんですよ!! 今更そんなことに愚痴をこぼしている場合ではありませんよ!?」


 そうなんです!! 俺たちが今、戦っているのはドラゴンと……妖精なんです!!


 妖精と言えば日本で経験したゲームでは悪戯好きだけど愛くるしい仕草で、ゲーム主人公をサポートしてれるのが相場なんじゃないか?


 ……多少のギャップがあるくらいなら良い、だけどこの状況はダメだろ。


 何しろこの世界における二大種族と言われるドラゴンと魔族のサキュバス、そのドラゴンよりも膨大な魔力と強靭な肉体、……何よりもサキュバスより残忍で獰猛な性格をしているのだから!!


「何で……、どうしたら妖精があんな悪い笑顔で俺たちをほくそ笑んでくるかな! しかも目が三百眼で怪しげに光っているし!? 」


 俺は傾斜の麓から雪崩の発生源に視線を向けながら、大声で叫んでいた。


「あーっはっはっはっはっはっは!! 僕は人間の苦しむ姿を見るのが大好きなんだよ、君たちもこの雪崩で圧迫されてハラワタをぶち撒けてくれないかな!?」


 だから妖精が『ハラワタ』なんて言葉を口にするなよ!!


 それに遠くからだからはっきりとは視認出来ないけど、……妖精の歯が全て牙のようなギザギザの形状をしてません!?


 何より、その妖精に付き従うドラゴンも、その挙動の一挙手一投足にビクついているようにも見えるけど……。


「我らの領域に足を踏み入れたお前たちが悪いのだ。……人間にエルフたちよ

我らの怒りをとくと見よ。」


「誰が『我ら』だ!! ここは僕の領域なんだよ、お前みたいな三下が偉そうに同格みたいに語るんじゃないよ!! それにあいつらは僕が呼んだんだよ、この、このっ!!」


「ひいっ!! すいません、すいません!! 偉そうに語っちゃってすいません!! だからもう蹴らないでください!!」


……嘘だろ? ドラゴンを妖精が足蹴にしているなんて、しかもそのドラゴンも半泣きで許しを乞うのはあり得ないだろ!!


「大樹殿、『ドーピング剤』は摂取しました!! 私はいつでも!!」


「私もいつでもいけるよ!! ……大樹い、あの変態をどうにかしてくれないかしら?」


 俺はフーリンのこの極寒の環境下よりも冷たい視線のむけ先を追うと、そこにはこの吹雪が吹き荒れる中にも関わらず短パン、タンクトップと言う薄着で悶え『喜んでいる』ジャバーの姿を捉えていた。


 ……捉えたくなかった、でもジャバーはこの状態の方が強いんだよなあ……。


「ああああ!! この大輝がくれた陸上用のウェア!! この吹雪を全身で感じることが出来てとっても良いいいいいい、しかも大樹の匂いに包まれてるうううううううう!!」


 見ているこっちが恥ずかしくなるわ!!


「もうどうでも良いや、そんなことよりもいくぞ!! エクスプロージョン(LV.3)!!」


「私だって大樹に負けてられないわ!! ファイヤーバレット(LV.10)!!」


「フーリンさんに続きます!! ファイヤーバレット(LV.6)!!」


「……仕方ないね、あたいも続こうか? ファイヤーボール(LV.10)!!」


 俺たちは全員で現状で使用可能な最も攻撃力の高い爆裂魔法と火炎魔法を、雪崩に向かって放った。


 その甲斐もあり目の前に広がっている現状の脅威を、巨大な雪崩を堰き止めることに成功した!!


 だけどまだ油断は出来ない…、これって俺がやっちゃったのかな?


 誰にもツッコまれないから、このまま黙っているとしよう。


「大樹殿の放った爆裂魔法の衝撃で余計に雪崩が大きくなったのではありませんか!?」


 ぎゃあああああああ!! ツッコまれちゃった!!


 アンさんもこの状況下で冷静なんだから!!


「…アンさん、でも大樹の火力が無かったら力負けしてたかもよ!?」


 フーリン!? 君はこの状況にも関わらず、冷静に戦力を分析してくれていたのか!!


 もうお兄さんは感激して泣いちゃいますよ!?


 あかん、感激のあまり目から涙が溢れてるんだけど、その涙が極寒の環境下で凍りついてしまった!!


「そんなことよりも…、このままダラダラとしていられないみたいだよ? 見てごらんよ、あの妖精を!!」


 ジャバーに促されて俺は妖精に視線を向けると、当の妖精はその手に魔力を溜め込んでいたのだ。


 どうやらあの妖精はここから何を魔法を使おうとしているらしい。


 今だってかなり厳しい状態だと言うのに、あの妖精はここから何をしようと言うんだよ!!


「あーっはっはっはっはっはっは!! 君たちは何を遊んでるんだい……、だったらこの雪崩と言うお遊戯をさらに楽しくしてあげようか? ……アースクエイク(LV.10)。」


 嘘おおおおおおおお!! あの妖精ってば、この状況下で地震魔法を使いやがった!!


 確かにその魔法を使われたら、俺たちは絶体絶命としか言いようがないけど、……ぎゃあああああああ!! 


 さっきのよりもさらに巨大化な雪崩が襲いかかってきているじゃないか!!


「お前!! このくそ妖精、ふざけるなよ!? ドラゴンも友達がいないからってそんな不良友達で寂しさを紛らわそうとするな!!」


「……くそ妖精ね。森山大樹、この時ほど僕は君をこの世界に召喚させて良かったと思ったことはないよ。退屈だったんだ、誰も僕には向かってこないから……。君は僕をどこまで楽しませてくれるのかな!?」


「……人間風情が、このドラゴンに向かってボッチよばわりとは!! 良い根性をしているではない……って!! だから踏み付けないでください!! すいません、すいません!!」


「僕が大樹と話をしているのに、どうしてお前はしゃしゃり出てくるかな!?」


 生意気だと言う理由で妖精が再びドラゴンを足蹴にしだしているけど、お前にはどれだけ余裕があるんだよ!!


 くそお、俺もあんな妖精に目をつけられたのが運の尽きだった。


 そう、俺はあの妖精に目をつけられたがために、この世界に召喚されてしまったのだ。


 元々俺は日本で掃いて捨てるほどいる平凡な大学生だったのだ。


 ……まあ、平凡かどうかは置いておくとしても、とにかく俺が今の生活を強いられているのは全てのあいつが原因なのだ。


 今の生活や仲間を悪く言う訳では無いが、それでも日本の生活にだって未練がない訳ではない。


 寧ろ、しっかりとした『結果』をこの目で見れてさえいれば、何の文句も言わなかったのに!!


「アンさん!! 『奥の手』を使うからカバーをお願い!! フーリンとジャバーは俺の後ろに来てくれる!?」


「大樹殿!! 分かりました、……いつでもいけますから合図を下さい!!」


「大樹い、私とジャバーも『奥の手』を使った方がいいんじゃないかしら?」


「いや、一度に三人で使うとこれからの戦いが苦しくなるだろ? だからまずは俺だけで良い!!」


「流石は大樹だね、先のことまでしっかりと考えている。……じゃあ、あたいはこの極寒の中であんたに温もりをあげるよ……。」


 だからジャバーは俺に引っ付くな、集中出来ないだろうが!! と言うかとうとう短パンとタンクトップすらも脱いじゃっているし……、この極寒で素っ裸でいるなんて、こいつもトコトン変態だよ!!


 ジャバーの厄介なところはピンチになればなるほどに変態になって、その変態具合に比例して強さが増していくことんなんだよな……。


 しかもおっぱいも大きいし美人なわけで、この状況は男の俺としては大歓迎なんですよ?


 ……ただしフーリンさんとアンさんの俺を睨みつける目線が、ジャバーに向けられるそれと同じくらい冷たくなっているんだけどね!!


「アンさん、そろそろ行くよ!! …………ん!!」


「大樹殿、行きます。……ティンクルアロー(LV.5)。」


 俺はスキルの使用によって自分の意識が遠のいていくのを感じ始めていた。


 深く深く、それは底なし沼にでも落ちていくかのような感覚。


 そしてその沼にアンさんの魔法が存在しないはずの底なし沼の地底に光を差してくれる……。


 この世界に転移してから幾度となく使ってきた自分のスキル、……いやギフト。


 これを使うたびにいつも思うことがあるのだ、それは自分がこの世界に転移してくる前に日本でやり残したことがあると。


 それをいつの日か達成したいと、手に入れたいと願いながら俺はこの世界で戦い続けているんだ!!


 俺のやり残したこと、それは…………。

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