第19話 情報屋

 オーツ・ボーネの唱える最上級の氷結魔法から逃れたあの時、メアリが唱えた魔法は『強制送還』という帰還の呪文だった。


 それは戦闘中に探索集団パーティを強制的に街の寺院まで運ぶ全滅回避の呪文として認知度が高い。だが、その便利な魔法はそれ以上に『代償を支払う』ことで有名だと言えるだろう。


 所持金の半分と装備品のほとんどを失うという代償を――。


 まさに、命からがらである。その呪文の影響はすさまじく、呪われた装備であれ何であれ、それはその力を行使する。復活することができる命と違い、失った装備は二度と戻らない。それだけに、ダンジョン探索者ヴィジターの中にはこの呪文を忌避すべきものだとして扱う者達もいるほどだった。逃げ帰った後に、探索集団パーティ内でトラブルになるケースも時にあるという。


 メアリが使用前に確認したのは、その事があったからだが、確かにその代償は大きかった。


 そもそも、ダンジョン探索者ヴィジターは定住者ではない。そんな彼らは基本的に全財産を持ち歩くか、換金可能な装備品として身に着けていることが多いといえるだろう。その多くは指輪であったり、首飾りといった装飾品だったりするわけだが、時には剣の鞘に埋め込む者もいたりする。とにかく戦闘中に邪魔にならない工夫をしながら、全財産を持っていると言えるだろう。


 ただ、中にはある場所に預ける者もいる。だが、それには莫大な資金を必要とするので、あまり一般的な方法とは言えない。もっとも、ダンジョン出資者ステークホルダーに属する者達は、彼らに預かってもらう方法もある。だが、それも当然無料ではない。そもそも、鍵開けの魔法や技術が当然のようにある世界。預けていても、預かってもらっていても、その不安はぬぐえない事だろう。


 ダンジョンの宝箱を開けることのできる者達が闊歩するこの世界では、自分の物は自分で守る方がよいという結論になる。だから、身に着けているのが一番安全だというのがダンジョン探索者ヴィジター達の常識になっていた。


 もちろん、それはアーデガルド達も例外ではない。だから、今回の事で一気にその資産を減らしていたのは言うまでもないだろう。手持ちに残ったわずかな資金とシオンから得た報酬で買った装備。それは、以前のものと比べるとかなり性能が落ちていた。


 当然、その事で特に影響を受けるアーデガルドとアオイの二人にとって、その心中は穏やかではなかった。


 ただ、アーデガルド達がシオンと探索集団パーティを組んだ初日は、ステリとシオンの確執があったものの、それ以外は順調だった。いや、彼女たちの常識から言って、順調すぎると言ってもいいだろう。


 彼女たちがいつも素通りする狩場。ただ、危険度が低いわりに換金時に有利なものが得られやすい地下五階の階層主フロアボス。そこから順に地下九階までの階層主フロアボス達を倒して街に帰っていく。


 ただそれだけなら、アーデガルド達も今日の成果は得られなかったに違いない。


 もともと、その日は無理をしないことで意見は一致していたが、それでも難なく攻略できたのはシオンの魔法とその情報があったことは言うまでもない。アーデガルド達が今まで知らなかったボス部屋にある隠し部屋では、それぞれ思わぬ装備と財貨を得ることができていた。


 アオイはともかく、他の者達のシオンを見る目が変わる。シオンのその実力を目の当たりにしたことで。


 意気揚々と地下一階に戻った彼女たちはいったん別れ、デーイキー・ンムダの酒場のいつもの場所で落ち合う事を約束する。


 それぞれの装備を刷新した後で。


 だが、いつまでたってもシオンは姿を見せなかった。それでも先に祝杯を挙げていた彼女たちの前に、あの醜悪な小男が姿を見せていた。



「ちっ、ここにもいないのかよ! おい! お前たちもいい気なもんだな! えー、アオイよ!? 大体、お前おかしいだろ? そんな楽しそうでいいのかよ? お前、ヒバリの愛弟子だったんだろうが! 盛りのついたメスか!? お前はよー!」

 

 ちょうど何回目かわからない祝杯を挙げたアオイに、ドントは妙に絡んでいた。その姿は以前のような感じは一切なく、着ているものもみすぼらしいものに変わっていた。なにより、その表情は何かにおびえる心を無理やり酒で隠しているようなものだった。


 しかも、その目は暗い炎を宿し、体は少しやつれた感じを見せている。そして、言葉の勢いとは裏腹に、常に周囲を警戒し続けていた。


「真っ先にウチに声かけるやなんて、ダンジョン明日、崩壊するんちゃう? しかも、ウチに面と向かって文句いうやなんて、アホなん? でもな、今日は特別に許したる。今日のウチ、めっちゃ機嫌がええねん! そやから同じ酔っぱらいとして笑い飛ばしたる。そや、『小さいおっさん』ちゅうて、特別に視界にもいれたるわ! 破格の待遇やな、これ! でも、いくら『小さい』ってうても、『おっさん』はウチの守備範囲やないねん。さっさとどっか行きや! いや、今後一切目の前に出てこんでええから、『逝きや!』でもええねんけど? アハ! 今のウチ、ええこと言うやん? シオン君に聞かせたかったわ!」


 杯を持たない手の甲で、追いやる仕草をドントに向ける。だが、その目は決して笑っておらず、それ以上は本当に容赦しないという気配を漂わせていた。


 だが、ドントはさらに言葉を紡ぐ。キョロキョロとあたりをうかがった後に。


「今さらオマエの性癖をどうこう言わねぇぜ? だがよ、節操がねぇのは勘弁ならねぇ。そんな奴、シオンだけで十分だってんだよ! なんであんな奴がいるんだ!? なんで、そんな奴のために……」


 一つだけ開いている席の前で、ドントはそう告げて立ち尽くす。

 ただ、そこにいない相手に対して、小さく罵声を浴びせ続けていた矢先。いきなりその拳をテーブルに叩きつけていた。


 驚きこぼれるステリの飲み物。しかし、ステリの殺気を帯びた視線と文句を浴びるよりも前に、ドントはその場で泣き崩れていた。


「ヒバリは殺されたんだよ……。バーンハイムもだ……。殺されたんだよ! アイツに! シオンに! チクショウ!」

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