第7話 パウシュトダンジョンは生きている

「なあ、やっぱり食われたんとちゃうやろか?」


 ステリと共に先導するように歩いていたアオイが唐突に振り返り、アーデガルドにいきなり同意を求めていた。


 地下三階とはいえ、ここはダンジョン。いきなり遭遇する怪物モンスターが現れる事はまずないだろう。とはいえ、完全に油断しているアオイの態度に、アーデガルドは困った顔を見せていた。


「いや、さすがにここでは食われへんから。そんな顔、せんといて!」


 そんなアーデガルドの考えを察したアオイは、思ったような反応ではなかったことに若干気分を落としていた。ただ、そんな二人の会話に、思わぬところから声がかかる。


「――アオイはあの噂、信じてるのかい?」


 アーデガルドの隣を歩くヒバリが、興味深そうにそう尋ねる。意外なところからやってきた質問に、アオイは少し機嫌のいい声で答えていた。


「そりゃ、いくら何でもそんなことないと思うけど? でも、もしそうやったら、ウチらって『ごはん』なん? って思うやん? もし、そうやったら、『おかず』とか『デザート』とか呼ばれてるんかな? ウチら、何やと思う? 気にならへん?」

「いや、さすがに『ごはん』とか言わないだろ? というか、気になるのはそこなのか? あからさまに『おかず』とか言われたいのか? いや、そもそもダンジョンにそう認識されていると思って入れるか? まあ、こっちは自分からダンジョンに潜ってるんだ。ダンジョンにとってみれば、腹の中に飛び込んでくる『変わった食糧』みたいなもんかもしれないね」 

「それ、知ってる! 自業自得ってやつ! うわ、やっぱり噂、あってるわ!」

「いや、そうならないようにしようや……」


 パウシュトダンジョンはダンジョン探索者ヴィジターを食らって生きている・・・・・。その噂は、ダンジョン探索者ヴィジター達の間でまことしやかに流れている。いつからかそう噂され、しかもそれが絶えることがない噂は、真偽のほどを確かめるすべがないものだった。ただ、一部ではそれが真実だと信じている集団もいる。おそらくそれは、パウシュトダンジョンがもつ『長い歴史』と『数々の謎』によるものだろう。 


――パウシュトダンジョン。


 街が生まれる前から存在し、数多くのダンジョン探索者ヴィジター達が挑んでいるにもかかわらず、未だにその最深部に到達したという記録――伝承の宝を持ち帰ったという――は存在しない。だから、確かに『多くの命がそこで費やされている』と言えるだろう。


 しかし、それはある程度長い歴史を持つダンジョンであれば当然の事と言えるだろう。ただ、他の長い歴史を持つダンジョンは、それ自体が探索の道標となるから、いずれそれは消えていく。つまり、その分余計な危険も減少するから、探索も容易になるのだが、それがこのダンジョンには当てはまらなかった。


 そして、その事こそが『生きている』と表現される理由だろう。


「噂はおいといたとして、確かにこのダンジョンは生き物みたいなもんだよ。ここら辺は変わんないけど、本当にダンジョンが始まるのが地下四階からって考えると、そう思えるよ。しかも、下に行けば行くほど、罠も迷路も複雑になる」

「ヒバリ先生の地図化マッピングの見せどころやな。知ってるで、いい値段で売ってるの。でも、ウチらはその分お宝もよくなるからええんやで! 罠も複雑やから、その見返りもおおきい。おんなじや!」

「気軽に言う。一度アオイが解除してみればいい」

「無茶やわ、それ!」

「大丈夫。被害はアオイだけのを選ぶから」


 急に会話に参加してきたステリ。ただ、彼女の場合、そうしつつも周囲に警戒をし続けている。ただ、アオイの態度とは全く逆の行動にもかかわらず、二人の間に辛辣な空気は生まれていない。


「いらんわ! そんな気遣い。いや、やっぱり、ステリ先生に全てお願いします。罠も、扉も。このダンジョンでは、ステリ先生だけが頼りです」

「じゃあ、無言の罠だけアオイがする。これ決定。大丈夫。場所は知ってる」

「魔法つかえんやん!?」

「いや、使ってないだろ? アオイは」

「使うよ! ここぞという時! そもそも、その罠が違ってたらどないするん!? そういや、そろそろ変わる頃やん!?」


 このダンジョンには、定期的にその有様――罠や扉といったもの――を微妙に変化させるという『特殊な性質』が存在する。それは、『数々の謎』の一つに過ぎないのだが、ダンジョン探索者ヴィジター達にとってはまさに命を左右する謎と言えるだけに、その情報は特に重要視されていた。


「アオイの場合は、口より手が先に動くだけだもんね。もう少し、魔法を生かした戦い方をしてくれるといいと思うけど?」

「うわ、アーデまでそんなこと言う。しかも、その顔。まじめやん!」

「ふふっ、アーデも言わずにはいられなかったね。でも、アーデもこのあたりでは、もっと気楽にしたらいいよ。地下四階までは大丈夫だよ。色々な情報を組み合わせて、それは確実なんだから。それに、万が一に備えて、ちゃんとステリが警戒しているよ」

「まかせて。アーデはいつも頑張りすぎ」

「そうそう、もう少し、気楽にいこうや。ダンジョンもウチらをペロリと食べへんよ。どう考えてももったいないやん? ウチら」

「噂を気にしてた割に、そこまで楽観的になれるんだね。本当にアオイらしいよ。ただ、確かに成長を待っている感じはあるんだよね……」

「ヒバリ先生のご高説! その話、長いねん! でも、このノリ。『止めて』ってうても、喋んねやんな!?」


 一般的に、このダンジョンは三つに大きく分類される。その三つは、探索の難易度に応じて分けられており、それは低層、中層、深部層と呼ばれ区分される。そして、初心者はいわゆる低層と呼ばれる階層から探索することになるのだが、不思議なことに地下二階から地下四階は、ダンジョン探索初心者が挑みやすい構造になっていた。


 しかも、各階層にはそれぞれに特徴的なものが存在する。


 低層で特筆すべき事としてあげるならば、地下一階と同じ現象が地下二階にも存在するという事だろう。すなわち、ここが地下であるにもかかわらず、地下二階は草原エリアとなっていた。


 もっとも、地下一階に比べるとその広さは限られている。だが、それでも地下一階部分と同じように疑似的な空――ここも地上と同期している――がそこにあった。だから、初めて訪れた者達はおそらく『ここは本当にダンジョンなのか?』と思うに違いない。そして、この階層にまれに出現する小型魔獣は、低レベルの探索集団パーティには襲い掛かるが、地下四階を何度も攻略している探索集団パーティは決して襲わないという特徴――通称『許可証』というドロップアイテムの効果と言われている――をもっていた。


 そうして草原に分断する一本道を突っ切った先に、その下に降りる階段がある。初心者達はそこに来て改めて、ここがダンジョンだと思い出すと言われている。


 また、その時に彼らは改めて思うだろう。その階段を下りた先からが、いよいよダンジョンが始まるのだと――。


 ただ、それは半ば裏切られる結果となる。地下三階は確かに迷宮構造になっているものの、そこは照明付きの通路。しかも、遭遇エンカウントすることは全くなく、その上その通路や部屋の扉に罠はない。ただ、鍵付きの扉を開けて部屋に入り、そこにいる動物系怪物モンスターと戦うことの繰り返しとなっている。だから、ベテランダンジョン探索者ヴィジター達はこの階を、飼育小屋と呼んでいた。


 それらを順番に攻略し、自分たちの成長と共に階を下る。まるで、ダンジョンにそう促されているように――。


 そもそも、成長度は著しいが、とても死にやすい初心者たち。


 数多くある他のダンジョンでは、早期にこの段階で死んでいく者がほとんどだろう。だが、このダンジョンでは少し違う。この低層は『初心者の成長を促すように設計されている』と論じる者達がいるほど、無理することなく順当に探索を進めることができるから、初心者の死亡はほぼないと言ってもいいだろう。


 ただ、それは地下三階までの事。ダンジョン探索者ヴィジター達は、地下四階で最初の大きな試練を迎える。もっとも、この地下四階こそが『このダンジョンの本当の入り口』というほどに、ダンジョン攻略を進める上で、必ず戦いとなる場所でもあった。


 この地下四階に降りてすぐの扉を開けると、そこには必ず怪物モンスターが待ち構えている事により――。


 もちろん、そこを避けることは当然できないし、怪物モンスターがいない時間は存在しない。どんなベテランであっても、この戦いを避けて通ることはできない。しかし、地下四階には他の階層に直接に行くことのできる昇降機エレベーターが設置されているから、そもそも避ける選択肢は存在しないのだが――。


 まるで、ダンジョンの真の入り口とも言える地下四階。


 そのため、彼らは地下四階を迷宮玄関エントランスホール、そこにいる怪物モンスターを受付と呼んでいた。


 ある意味皮肉を込めて――。

 ただ、それにはもう一つ理由がある。


 ここを通ることができたダンジョン探索者ヴィジター達は、晴れて初心者を卒業し、ようやく一人前として認められるという意味で。


 そう、ここからが本当のパウシュトダンジョン。そして、多くの者がここから先で命を落とすことになっている。それまでは『ダンジョンに生かされていた』と感じる程に。


 それでもダンジョン探索者ヴィジター達は先に進む。


 彼らがこの地下四階の怪物モンスターを撃破すると、中層と言われる地下五階から地下九階が新たなステージとして進むことができるようになるだろう。そして、それらを順当に攻略した者達は、地下十階にたどり着く。


 パウシュトダンジョン地下十階。それは『査定の階』とも呼ばれる場所。


 そこには地下四階と同じように、先へ進めるか否かの試練が待ち構えている。つまり、その試練を経て、それより下の階層に行くことができるようになのだが、この地下十階の試練は地下四階と違い一度きりしか存在しない。もし、それ相応の実力がなければ、この地下十階から先を進むことも退く事もままならずに終わることになるだろう。まるでそれを知らしめるかのように、地下十階の試練は文字通り苛烈を極めることになる。


 そう、この地下十階から先は『真の高レベルの者達』に与えられた領域。

 それでもダンジョン探索者ヴィジター達はそこを目指す。一度地下十階の試練を通過した者にとっては、そこが最も確実な安全地帯となるから。


 もっとも、安全地帯として認識されている地下十階も、ある時間帯は怪物モンスターであふれかえっているのだが――。


 ただ、実力のある者ですら『簡単に命を落とす事がある』と言われるのが深部層。それだけにというわけでもないのだろうが、その戦利品は中層とは比べ物にならないほどの価値がある。


 魔法の武器や、道具をはじめ、この街のダンジョンでしか手に入れられないような一品さえ、地下十階より下の階では豊富に手に入れることができるようになるのだから、そこを目指す意味も理解できる。


 中でも、特に地下十五階は『宝物庫』と呼ばれる場所として認識されるほど、このパウシュト・ダンジョンでしか手に入らない一品が手に入る。だから、実力をつけた探索集団パーティはまず、この地下十五階を目指してダンジョンを攻略し、そこで装備を整えた後、さらに深層へと挑むことを常としていた。


 そう、そこから先の階層は、さらに実力のある探索集団パーティしか臨めない。だが、その見返りとして得られるものは、さらに満足できるものとなるだろう。


 特に、地下十六階から地下十九階にかけては、各職業に応じた特別な武具が手に入るようになっている。しかし、実際にこの階層に到達している探索集団パーティは、この街にごく一握りしかいない。だから、多くのダンジョン探索者ヴィジター達にとって、現実味がないうわさ話とされている。だが、彼らはそれを夢物語として笑うのではなく、自分たちの未来として物語る。


 いつかはきっと――。

 それが明日への活力となり、過去から今へとつながる真実。


「ほら、おしゃべりはここまでだよ」


 最後尾を見守るように歩いていたメアリが、前で話しながら歩いている四人に向けて注意を促す。やや遅れて歩くゴルドンが黙って首を縦に振る。


「行こう!」


 それまでの表情を変えて告げるアーデガルドの声。それぞれがその号令に態度で示し、その階段を下りていく。地下四階に続くその階段を――。

 



 

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