第31話:姫騎士さまの変化

 学校に着いて教室に入ると、岸野と加納が立ち話をしていた。


「おはよう国定!」


 俺に気づいた加納がいち早く声をかけてきた。

 いまや俺たちはバイト仲間だ。挨拶するくらいは当たり前だと言えるから、俺も普通に挨拶を返す。


「おう加納、おはよう。それとひ……、いや岸野さんもおはよう」

「ああ、ゆ……、いや国定くんおはよう」


 あまりに姫騎士さまと夢の中で過ごす時間が多くて、その時はずっと『姫』って呼んでるものだから……危うく姫って呼んでしまいそうになった。ヤバいヤバい。

 だけど今、岸野も俺に『勇士くん』って言いかけたよな? たぶんそんな気がする。


 フレンドリーに接する夢の中の時間が増えれば増えるほど、逆に現実の方が虚構のような気もしてくる。それに現実と夢の中がごっちゃになることもあるし、なんか変な感覚だ。


 夢の中でのことを現実でぽろっと喋ってしまいそうで怖い。気をつけなきゃと、俺は気持ちを引き締めた。




***


 昼休みのことだった。学食に行こうとしたら、姫騎士さまが声をかけてきた。


「く、国定くんは、今日も学食かい? ……かな?」

「え? ああ、そうだよ」


 ──俺、結構学食が好きだから、親にお願いして基本学食にしてるんだよね。

 

「わ、私も今日は学食なんだ。……よね。一緒に行かないか? ……行かない?」


 ──ん? なんだ? 今日の岸野は噛み噛みだな。


「ああ、いいよ」


 そう答えて周りを見回した。


「あれっ? 加納は?」

「えっ? あ、澄香ちゃんは今日はお弁当なんだよ」


 なんと。これは──今までにないパターンだ。

 今まではバイト仲間ということで3人で学食行ったり、一緒に帰ったりはした。だけど加納がいない中でこれは──


「あ、そうなんだ。じゃあ俺と岸野二人で学食……?」

「あ、うん。なんと言っても国定くんと私はバイト仲間だからな。……だからね。だ、ダメかな……?」

「あ、いや。全然ダメじゃないよ。行こう行こう」


 これはもしかして、姫騎士さまが現実世界でも俺に近づこうとしてるってことか?

 姫騎士さまの話し方が噛み噛みなのも、いつもの凛々しい話し方を、女の子らしく可愛い話し方に寄せてるのが原因って気がする。


 いや、そうだよ。きっと間違いない。

 昨日の夢の中で、姫騎士さまは俺に女の子らしい可愛いところを見せたいって態度がありありだった。


 とうとう岸野は、現実世界でも俺に好意を表そうとし始めたんだ。

 もしもそうだとしたら……嬉しい。

 でも……嬉しいのは間違いないんだけども。俺はどういう態度を取ったらいいんだ!?


 今まで女の子に好意を示されたなんて経験がないから、どうしたらいいのかよくわからない。岸野もぎくしゃくした感じだし、その緊張が俺にも伝わってくる。

 だから俺も余計に緊張して、まともなやり取りができない。


 夢の中ならあんなに素直に接することができたのに、さすがに現実世界での緊張感はけた違いだ。

 だからせっかく一緒に学食に行ったのに、移動中も注文のために並んでいる時も、二人ともほとんど無言のまま過ごしてしまった。


 そして今、テーブル席で向かいあって、二人ともひと言も喋らずにうどんをすすっている。


 周りから見たら、きっと異常な光景だろう。

 ケンカしてるカップルに見えるかな?

 いや、こんな美形な女の子と地味な男の組み合わせだから、カップルには見えないよな。こりゃ、見知らぬ同士がたまたま相席してると思われてるな、きっと。


 長い黒髪を片手で押さえながら、うどんを食べる姫騎士さまは美しい。


 こうやってよくよく見たら、まつ毛が長いよなぁ。とても綺麗な目をしてる。

 それに、口をすぼめてうどんをすするピンク色の唇。艶々して、すごく柔らかそうだ。その唇の動きを見てるだけでドキドキして……あ、ダメだ。ダークサイドに落ちそう……


 ──いや、そんなことよりも。


 今日の岸野は、きっと勇気を振り絞って俺に声をかけてくれたに違いない。それなのにこんなぎくしゃくした感じで昼休みが終わってしまうと、たぶん姫騎士さまは落ち込んでしまうよな。

 表向きの凛とした態度と違って、岸野の本性はへたれで甘えん坊なヤツだからなぁ。ここは俺がしっかりしなきゃいけない。


「あのさ、ひ……岸野さん」

「な、なにかな国定くん?」


 二人ともうどんを食い終わって箸を置いたタイミングで、向かいに座る姫騎士さまに話しかけた。また『姫』って呼びそうになったよ。気を付けなきゃ。

 でもそれよりも、肝心の話の内容が……適当な話題が思い浮かばない。


「このうどん、旨いな」

「そうだな……だね」

「いいダシを使ってるんだろうな」

「そうかもね……」

「どこのダシだろな?」

「んんっと……わからない……」


 ──ああーっっっ!

 俺はいったい何を言ってるんだぁ!?

 学食のうどんのダシなんて、どうでもいいじゃないか!


 もっと気の利いた話題は何かないのかよ!?

 ああっ、無言の時間がどんどん流れて、気まずいったらありゃしない。


 えっと……あ、そうだ。バイトのことを話題にすりゃいいんだ。『もう慣れたか?』とか『やりにくいことはないか?』とか、いくらでも話題はあるじゃないか。

 そんなことにすら気がつかないなんて、俺はどうかしてる。やっぱ緊張のせいだ。

 よし、バイトの話をするぞ。


 そうやってようやく見つけた話題を振ろうと思った瞬間、すぐ横から聞きなれた声がした。


「あっ、ゆーじぃ! 学食来てたんだぁ」


 横を見ると、それは幼馴染のあおいだった。

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