第32話 来援

 すかさず反応した聖が振り返った刹那、金属のぶつかり合う悲鳴が轟く。

 誰かが剣のようなものを手に踊りかかり、それを寸でのところで聖が受け止めたのだ。


「誰……!?」


 突然現れた男に向かって、聖がもう一度誰何する。


「邪魔するぜ……!」


 不敵な、知った声。

 それにさっきの銃声。


「真斗……!?」


 声を上げたのは由羅だった。

 そう――飛び込んできたのは桐生真斗。

 彼は答えず、力押しで聖を後ろへと押し退ける。


「何だか知らねえけど、ぎりぎり、ってか?」


 大鎌が弾かれる。

 たまらず、聖は後ろへと跳んで避けた。


「この……!」

「おっと、もう手出しはさせねーぜ」


 見たことのない剣を持った真斗が、低く構える。


「にしても、何て騒ぎだよこれは」


 警戒は解かないまま、半ば呆れたように真斗が洩らした。


 それはそうだ。

 だって周囲は聖と由羅が撒き散らした血だらけで、しかも校内の校舎の半分が吹き飛んでいる有様なのだから。


「帰った早々、繁盛してて結構だ」

「馬鹿言うなって。俺は平穏が一番なんだよ」

「ふむ、そりゃそうだ」


 え……?

 真斗が誰かと話してる。

 男のひと。


 これ……この声って……?

 瞬間、身体が宙に持ち上がった。


「ひゃ……!?」

「おっと悪い。痛かったか?」

「あ、兄上……!?」


 あ――

 まいった。

 困ってしまった。


 だって私を抱き上げたのは、私の尊敬する兄――柴城定だったのだから。


「無茶をしたと怒るべきか、よくやったと褒めるべきか、微妙だな」

「あ、う、あ……」

「褒めてやれよ。怒るなら俺らの方だよ。ちっとばかし、甘くみてた」


 答えながら、真斗がこっちとは逆に視線を走らす。――由羅の場所へと。


「そっちはどうだ?」

「大丈夫でしょう。この子なら」

「よし」


 彼女がいた場所には、また別のひとが膝をつき、由羅の介抱をしていた。

 黎だ。


「ジュリィ……」

「安心なさい。もう大丈夫だから」


 彼女に優しく告げられて、由羅は安堵したような、それでいて困ったような、複雑な表情になる。


 気持ちは……よく分かった。

 私だって、同じだったから。


「誰だと聞いたわ」


 三度目となる問いかけを、聖は真斗を睨みながら尋ねる。


「あいつらの仲間だよ。桐生っていう」

「桐生……?」


 その名を聞いて、聖は微かに戸惑ったようだった。


「あなたは桐生由羅の、何だというの……?」

「は?」


 今度戸惑ったのは真斗の方だった。

 それもそうである。

 彼は由羅が勝手に桐生由羅と名乗っていることを知らないのだから。


「何だか知らねえけど、あいつは俺の大事な奴だ。可愛がってくれた礼はするぜ」

「…………この世界を破ったのは、あなたね?」

「この妙な空間のことか? だったらイエスだよ。力づくってのは性に合わねーけど、俺ならできるとか何とかエクセリアに言いくるめられてさ。ま、時間もなかったし」


 おかげで久々にこんなもの使ったぜ、と真斗は肩をすくめながら洩らした。


「その剣、原理崩壊式咒ゴルディオスというわけではないようね。力ずくで破るなんて……」

「ああ、こいつはもらいもんだよ。詳しいことは知らんけど、どこぞの魔王っが自慢してた程度には、頑丈だぜ?」

「ま、おれが造ったんだしな。当然だか」


 はい……?


「兄上……今妙なことを言いませんでしたか?」

「ん? 気にするな」


 いや、でも……?


「ま、真斗……私まだ、戦える……!」


 由羅が声を上げる。血塗れの姿に真斗は顔を僅かにしかめたものの、ゆっくりと首を横に振って、やんわりと拒否した。


「いいから大人しくしてろって。後は俺に任せろ」

「でも……!」


 何とか起き上がろうとする由羅を見て、私はその傍にいる黎へと言った。


「――黎、由羅を外に。この変な空間は、由羅の血を源泉にしている可能性がありますわ。今、これだけ壊れている状況ならば、彼女がこの場から離れればきっと崩れる……!」

「――真斗」


 私の言葉に、黎が確認を求めるように真斗を見た。

 頷く真斗。


「ジュリィ、お願いだから……!」

「駄目よ」


 行きたくない、とまるで子供のように駄々をこねる由羅へと、黎は優しく、でも揺らがない意志でもってそれはできないと告げる。


 そしてそのまま抱き上げると、その場から離れた。

 それを視界の隅にて見守っていた真斗は、二人の姿が完全に消えたのを待って、私にへと声をかけてくる。


「さて、と。要、んで、俺はどーすればいい?」

「え?」

「だから。お前はどうするつもりだったんだ?」

「あ、はい」


 真斗たちがどういう事情でこの場に救援に来てくれたのかは分からない。

 現状を把握できているのかどうかも。


 いや、きっと把握できていない。

 だから私に聞くのだから。


「――彼女は異端、鬼燈の生き残りです。九曜に私怨をもっているようですが、今は拘束を」

「鬼燈……?」

「異端の名家だったな。確か」


 首を傾げる真斗へと、兄が補足する。


「数年前に滅んだって聞いたがな。……確か本拠は滋賀の山奥だって噂には耳にしたことがあるが、どうせ地図には無い場所だ」

「滅んだって、なんで」

「――九曜に滅ぼされたんです。彼女はその生き残り……」

「……なるほど。それで私怨か。でもだからって、どーしてこんな学校で騒ぎなんか起こしてるんだよ?」


 最後は聖自身に向かって、真斗は問いかける。

 返ってきたのは嘲笑だった。


「……答えるとでも?」

「そうかよ。ま、そいつを確認するのは俺の役目じゃねえし。今は要の言う通り、あんたを捕まえる」

「ふん、興信所の所員か。九曜の犬のくせに――」


 最初に動いたのは聖だった。

 即座に真斗も応じる。


「――バイトだけどなっ!」


 ギィン!

 再び、火花が散った。


 彼女の振るう大鎌に全く怯むことなく、真斗は長剣を凌ぎ、あるいは反撃して打撃を加えていく。


「……すごい」


 兄の腕の中でそれを見守りながら、私は素直な感想を洩らしてしまっていた。

 あんな重そうな剣を自在に操り、聖の怪力を前にまったく力負けしていない。

 動きは私の目指す茜にどこか似ていて、流麗だった。


 ……真斗があんなに強かったなんて。

 あれなら、茜とだって互角以上に渡り合えるんじゃ……?


「っ!」


 幾度か、真斗の振るう剣の切っ先は聖を捉えていた。

 浅い。

 でも、今までと決定的に違うことがある。


 僅かとはいえ、出血が止まっていないのだ。

 由羅に抉られた胸の傷さえ消えていた彼女だというのに、今度はそれが無い――


「ち……っ」


 焦り似た感情を、聖が洩らす。

 由羅がいない。

 それがこの場を決定的に変えた――それはきっと、間違いない。


「はあっ!」


 切り裂く。

 今度は深い。


「この……っ!」


 聖が炎を生み出した。

 淡い鬼火。


 見るだけならば美しいともいえる炎は、魂すら焼き尽くす致死性の揺らめき。

 それを、聖は全開で解き放った。


「真斗っ!」


 思わず叫んだ。

 あれは危険だ。

 由羅がいなかったら、あれを相殺するすべなんて――


「エクセリア!」


 真斗がその名を呼ぶ。

 瞬間、彼に向かって収束しかけていた鬼火が、あっけなく霧散した。

 不可視の壁に阻まれるように。


「な……?」


 今度こそ、聖の目が驚愕で見開かれる。

 何だこの相手はと、彼女の目にありありと警戒の色が浮かんだ。

 だけど――遅い。


「ぐ……っ!?」


 僅かな隙を見逃さず、真斗は剣の腹を聖に対してしたたかに打ち付けた。

 骨が砕ける異音がして、聖が真横に吹き飛ぶ。

 そのまま地面を転がって、止まったところで骨折の痛みにのたうつ。


「よ、くも……!」

「!」


 それも僅かなことで、即座に起き上がった聖は、動きの止まった真斗の懐へと飛び込んだ。


 そのタフさに、彼もさすがに目を見張る。

 再び、剣戟が響き渡った。

 長剣と大鎌が、しのぎを削り合う。


「……物騒なもんを持ってると思ったら、それあいつイリスのじゃねーのか」


 真斗も気づいたのか、大鎌を見て目を細める。


「だったら、何だっていうの……!?」


 折れた腕は使えず、片手だけで信じがたい怪力を発揮しながら、聖はじりじりと真斗を圧していく。


「何だか複雑みたいだなって思ってさ。色々と!」


 真斗は不意に力を抜いて、一歩下がる。


「……っ!?」


 支えが消え、ほんの一瞬体勢を崩す聖。

 その瞬間を見計らい、半歩踏み込んだ真斗は、その長剣を下から上へと閃かせた。


「あ……っ!」


 鋭い斬撃に、大鎌が舞った。

 片手では支えきれず、手放してしまったのだ。


「――動くなよ」


 すかざす後ろへと退避しようとした聖へと、真斗の鋭い制止の声がかかる。


「そんなもので……」

「充分通じると思うけどな?」


 銃口を向けられて、憎々しげながらも聖の動きが止まった。


「んで、大人しく捕まる気は?」

「……愚問って言葉、知ってる?」

「ああ、たぶん」

「なら――」


 彼女に捕まる気など無い。

 それも当然といえば当然か。


 彼女が本当に鬼燈の生き残りだとすれば、九曜は聖を殺し損ねたということになる。

 再び目の前に現れて、抹殺を躊躇うとは思えない。


 茜がどう判断するかはともかく、少なくとも聖にとってみれば、捕まることは死ぬことと同義だ。

 それを承知で捕まえろと言ったのが私である以上、ここは、自分自身が覚悟しなければならないことなのかもしれない。


 そう――これは覚悟。

 茜にも、由羅にも言われたこと。


「真斗!」


 叫んだ。


「――要?」


 相手から視線は逸らさず、真斗が名を呼んでくる。


「……兄上、おろして下さいな」


 そう言えば、兄は何も聞かずにおろしてくれた。

 地面に立って、すぐに目眩を覚えたけれど、何とか踏みとどまる。


 痛みとだるさが全身を駆け巡って、調子は最悪だった。

 でも、それを無視して。


「後は、わたくしにさせて下さい」

「って、お前……?」

「馬鹿にしているの?」


 私の言葉に、聖は怒気をはらんだ声で、ねめつけてくる。


「そんな余裕など、ありませんわ。これはわたくしの責任……いえ、ただの我侭です」

「……ふむ」


 少し考えた挙句、真斗はあっさりと銃を下ろした。

 即座に後ろへと下がり、間合いを取る聖。


「――ん、ああ。いいんじゃねえの。俺はあくまで助っ人だし」


 彼は誰にともなくつぶやいて、軽く肩をすくめてみせた。


「要」

「はい」

「なら後は任す」

「……良かったんですの?」


 思わず聞けば、真斗は苦笑した。


「今回のことはお前と由羅が担当だしな。俺はまあ、最低限お前らの命が無事なら問題ねえし。――つうわけで、これ頼む」


 言い切って、彼はこれはもう必要ないとばかりに、長剣を宙へと放り投げた。

 一瞬だけ宙にエクセリアの姿が現れると、大事そうに剣を受け取って、そのまま姿を消してしまう。


 何だかよく分からないけど、彼女が鞘代わり、といったとこなんだろうか。

 とにかく、真斗は譲ってくれた。

 聖も、距離はあるものの動こうとはせず、警戒したままこちらを睨んでいる。


「――鬼燈聖。あなたはわたくしが倒しますわ」

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