第28話 鬼燈聖①
/other
…………。
「俺は、殺さないのか」
ようやくの静寂の中、力尽きた少女に向かって、少年は問いかける。
「…………」
少女は血塗れだった。
返り血と、自身の血で。
放っておけば死ぬ。
それほどの深手を少女は負っていた。
「ここに残るのは、もう俺だけだろう? 俺を殺せば、とりあえずの復讐は果たせる。悲願じゃなかったのか?」
「……死にたいの?」
「いや」
あっさりと首を横に振った少年には、何の感情も浮かんではいなかった。
これだけの殺戮を目の前にして。
自分の家族全てを殺されて。
――なぜ?
「ああ……気にするな。二年前に、母と兄は君らに殺された。父もその時に重傷を負った。それで今夜、助かるはずもない。死ぬのは当然だ」
「……私が来ると、わかっていたの……?」
「来て欲しくはなかった。正直に言えば」
少しだけ、少年が目を伏せる。
ようやく見せた、感情らしきもの。
「で、どうする? 俺を殺すと言うのならば、君を殺すが」
「できると、思っているの……?」
少女が睨んでくる。
しかし微かにも怯むことなく、少年はまたあっさりと頷いた。
「できるだろう? もちろん、一対一で敵う相手じゃないのは百も承知だ。
少女がどれだけ強かろうと、すでに深手を負い、致命に近い状態であっては、もう殺し合いにすらなりはしない。
「犠牲にしたって言うの……? 親を、一族を。自分一人が生き残るために……?」
「したくはなかった。だから来て欲しくはなかったと言った。しかしやはり君は来た。俺は同情で君に殺されるわけにはいかないからな。これからやることがある」
「……なに、をっ」
少女が血を吐き出す。
常人ならば、意識など保てない出血でありながら、彼女はそれを手放すことはなかった。
そんな少女の様子に、少なくとも表面上は何の変化も見せず、少年は淡々と答えてみせた。
「九曜を、滅ぼす」
「――――」
まったく予想だにしなかった答えだったせいか、少女は驚きを顔いっぱいに作った。
なぜ、と瞳が問いかけてくる。
「世界は変えられるだろう? その気があれば」
「だから……九曜、を?」
「変えるための手段ならば、他にもある。だが手段として、俺はこれ以外を考えない。最初の目的は、あくまで九曜だからな」
「…………」
朦朧とする意識の中、少女は困惑しつつも思考を巡らした。
この少年は何を言っているのか。
彼は九曜の一族のはず。
にも関わらず、九曜を滅ぼす……?
「そんなに難しい顔をしないでくれ。動機としては単純なんだ。復讐、それ以外に何がある?」
「……私へなら、わかる。でも、どうして……それが九曜、なの?」
「俺と、君の家族が滅ぶ原因を作ったからだ。利用されて、捨てられた。お互いに」
そう。
少年の一族と少女の一族は、相容れぬ立場でありながら古くから旧交があった。
あくまで仕事上の、と言えばそれまでだが、それでも縁があったことは間違い無い。
「君は泣き寝入りをしなかった。俺もしない。もっともその対象は、君じゃない」
「…………」
長い長い沈黙の後、少女は立ち上がる。
流れる血に構うことなく数歩進み、少年の前まで来ると、半ば崩れるように膝を折った。
そして問いかける。
「……私は何をすればいいの?」
「今は」
少年は、手を差し伸べて。
「生きろ」
そう、命令した。
…………。
/要
「何だか凄く明るいね」
録洋台の前まで戻ってきたところで、由羅が今更のようにそんなことを言った。
私は空を軽く見やってから、そうですわねと頷く。
「今夜は満月ですわ。なので当然です」
「満月? あ、ほんとだ」
つられて彼女も空を見上げて、なるほどと納得する。
「うわ、おっきい……」
確かに今日の月は、妙に大きく近くに感じられる。綺麗といえば綺麗だが、存在感がありすぎてどこか気味悪くもあった。
「由羅。目立たないようにして下さいな」
「うん」
携帯電話の時間表示を確認しながら、私と由羅は校内へと入る。
時間は午後十一時四十八分、か……。
「……そろそろ教えてはもらえませんの? あなたの言う、違和感を」
「うん……」
中庭付近まで来たところで、由羅は立ち止まった。
「もしかしたら間違っているかもしれないけれど、もう他に考えられないから」
今日の放課後、由羅がほのめかした違和感の正体。
これまでの時間、何度か聞き出そうとしたものの、彼女はなかなか答えてはくれなかった。
「彼女がね、一番変だったの。この学校の生徒の中で。違和感は彼女のせい」
彼女……?
「誰、ですの? それは」
「縁谷聖子」
「な、え……?」
聞き間違いかと思った。
どうして彼女が、と聞く前に、由羅が思い切り視線を鋭くさせる。
――私の背後へと向かって。
「ふふ、なんだ。やっぱりばれちゃってたのね」
声が、響く。
「な――」
知った声に振り向こうとした瞬間、飛び跳ねるように由羅が地を蹴った。
私をまたぐようにして宙へと躍り出た由羅は、何かと交錯し、押し戻される。
「っく……!」
態勢を崩しながらも私のすぐ傍へと着地した彼女は、肩口に裂傷を負っていた。
滲み出す、赤いもの。
「由羅……!?」
「ご挨拶ね。いきなり飛び掛ってくるなんて」
苦笑すら含んだ声音で、第三者である少女は、手にしていた長大なものを真横に振るった。
びちゃり、と由羅から抉った肉片と血液が、地面へと払われる。
大鎌。
まるで死神が持っていそうな禍々しい鎌を手にしてこちらを眺めやるのは、間違いなく縁谷聖子だった。
「どういう……!?」
わけが分からない。
「こんばんは、お二人さん」
大鎌を地面へと突き立てて、縁谷さんは軽く会釈するように挨拶を寄越してくる。
「事情が飲み込めない? でもそちらの彼女は、私に気づいていたでしょう?」
「由羅……?」
彼女が指すのは、紛れも無く由羅だ。
由羅は肩口を押さえながら、射るような視線で縁谷さんを睨みつける。
「……ずっと、変だったの。時々凄い嫌な違和感がして、苛々して……。思い出してみれば、その時には必ずあの人がいたから」
「苛々って」
確かに時折、由羅の様子がおかしな時があった。
その原因が、縁谷さんだと言うのだろうか。
「この不愉快さって、経験があるの。あなた……私を食べたの……?」
食べた……?
「ふふ、まさか」
縁谷さんが笑う。
三日月のように、口の端を歪めて。
「ただ、あなたが流した血を頂いただけ」
「勝手にそんなこと……!」
ぎり、と由羅が歯を噛み締める。
「私は嗜んだことはないけど、きっと極上の美酒って、こんな感じなんだなって思ったわ。あまりに強すぎて、少しあてられちゃった。でもとても素敵」
ふふ、と彼女は妖艶に笑う。
「どういうことですの……? 縁谷さん……!」
半ば睨みつけるようにして詰問すれば、縁谷さんはどこか嫌そうに表情を歪めた。
「そんな、借り物の名前で呼ばないで。私には鬼燈という名があるの。
「鬼燈……ですって?」
その名は耳にしたことがあった。
西日本最大の異端の名家、鬼燈。
でもあの一族は、何年か前に九曜によって滅ぼされたって聞いたことがある。
一族根絶やしにされて、全て死に絶えたと。
「では……あなたがこの学校にいるという、異端種ですの……?」
紫堂くんの言葉を思い出す。
この学校にいるという異端者。もしかすると今回の幽霊騒ぎの首謀者かもしれないと、彼が考えていた相手……。
それが、縁谷聖子――いや、彼女の言葉を信じるならば、鬼燈聖。
「ふうん。もしかして、紫堂くんに聞いていた?」
私は答えなかったが、彼女はそれを肯定だと受け取ったようだった。
「そ。ま、ばれないように気をつけていたつもりだけど、疑われるのはしょうがないか。彼、九曜の咒法士だものね」
「――――」
彼が九曜の人間であるということまで知っている……なんて。
「彼も今夜は警戒していたようだけど、もう辿りつけなくなるわ。……さて、そろそろ時間だし、改めてご招待するわね」
そう前置きすると、彼女――聖は、微笑を浮かべてわざとらしく一礼してみせた。
「――ようこそ。銀に映り込まれた、偽りの世界へ」
その瞬間だった。
小さく悲鳴を上げて、由羅が地面に膝をつく。
「ぁう……!」
「由羅!?」
まただ……!
確認するまでもなく、また由羅の傷口が開いたのだ。
午前零時。
今まさに、その時間になったに違いない。
「ふふ。今夜はこれまでとは違うわ。仮初めなれど、
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