第5話 エクセリアに学びて


     /由羅


「……どうだ?」


 昼下がり。

 どこぞのビルの屋上にてうーんと街を睨みつけている私の横で、無機質な声が響いた。


 小さくて良く澄んだ綺麗な声で、ずっと前から何となく好きだった。

 でも今はそんな声に聞き惚れている余裕も無い。


「……由羅?」


 続けて声をかけられて、私は諦めて横を見た。

 隣には、小柄な少女が私を見上げている。


 私と同じくらい長く伸ばした銀髪に、紅い瞳。

 私より年下に見えるけど、雰囲気は私よりずっと大人びている。


「う~……。やっぱりよくわかんない……」

「まだ始めたばかりだ。すぐにできずとも、別段不思議ではない」


 ……そうかなあ。


「でも私って才能無いし……きっと……」


 無理だ、と言おうとしたところで。


「う」


 思い切り睨まれてしまった。

 エクセリアは普段から無表情で、ついでにとっても美人なものだから、そんな顔で感情を込めて睨まれるととても怖い。


「わたしは唯一そなたに優先権を認めている。だからこそ――こうしてもいる。だというのにできぬと言うのならば、わたしは遠慮無く割って入る」

「……そんなあ」


 エクセリアが何を言わんとしているのかは、よく分かる。

 きっと真斗とのことだ。


 この小さい少女は一見人間であるが、正体は観測者と呼ばれる存在である。

 名を、エクセリア・ミルセナルディスといい、私のずっと昔の義理の姉の一人だった。


 このエクセリア、以前は無口で何事にも消極的だったはずなのに、それは私の誤解で、最近特に自己主張をするようになっている。

 二年くらい前にあった例のことが、そのきっかけになったのは間違い無いと思う。


「でも……遠慮無く割って入るって、普段からもう割って入られているような気がするよ……?」

「――――」


 あ、また睨まれた。

 もっとも自覚があるのか、エクセリアはすぐに視線をあさっての方向にそらしてしまったが。


「……わたしはそなたが羨ましい」

「え? な、なんで?」


 突然そんなことを言われて、私は慌ててしまう。

 私が羨まれる理由なんて、これっぽっちも思い浮かばないからだ。


「真斗が、周囲の存在でもっとも気にかけているのは――今もそなたゆえ」

「そんなことないんじゃない……? だって、真斗が一番優しくしてくれるのって、どう見てもエクセリアだし。私、滅多にあんなに優しくしてもらえないもの」


 これは本当である。

 真斗って、いつも私のこと馬鹿馬鹿って言うし。


「それは、わたしが真斗の命を握っているからだろう。そう考えれば、わたしを気にかけるのは必然とも言える。しかしそなたの場合、もはやそういった繋がりは何も無い。だというのに、何も変わらぬ。わたしにはそれが少々――悔しい」

「でも……」


 このエクセリアと、真斗との関係はけっこう複雑だ。

 きっかけは私であり、私のせいだとも言える。


「わたしはそなたに負けたくない」

「う」


 何だかよく分からないけれど、これってライバル宣言……なのかな。


「だが同時にそなたのことは認めている。だからこそ、こうやって教えてもいる。できぬとは言わさぬ」

「うう~……。エクセリアって、茜より厳しいし……」


 とはいえ、これは半ば自分が望んだことでもあった。

 観測者、と呼ばれる存在がある。

 まあ、このエクセリアがその一人だったりするわけで。


 その観測者には、認識力というものがあって、これはそこに存在している以上、誰もが持っているものらしい。

 観測者とはその認識力が桁外れに備わっており、この世界に『存在という意味』という最初のきっかけを与えた存在だとか何とか。


 この力は普段は何てことないが、その気になればそこに元々存在していないものすら、捏造してしまうほどのもので、誰かさんアルティージェはこれを擬似運命とまで呼んでいた。


 もっともその誰かさんは、その擬似運命すら自分一人の力で打ち破ってみせて、満足しちゃってたけど。


 まあそれはともかく、その認識力というのは誰でも持っていて、その力はその存在の、存在力によって比例するらしい。


 で。

 エクセリアが言うには、本来いる観測者に次いでもっとも個人において存在力が強いのは、何でもこの私だとか。

 捏造できるほどには無理だろうが、すでに存在しているものにならば、かなりの力を与えることができるかもしれないって言うのだ。


『――以前、わたしが真斗を見れず、力を失った時、それを曲がりなりにも回復させたのは由羅、そなただと聞いた。生気を与えたと言っていたが、器そのものが希薄になっていたのに、生気だけでそこまで回復するとは思えぬ。確かにそなたの生命力は桁外れとはいえ、あの時は、そなたの認識力が強く作用したからだろう――』


 とも、エクセリアは言っていた。


「――当然だ。仮にわたしに何かあった際に、そなたがいれば真斗は辛うじてでも命を繋ぐことができるようになる。わたしが唯一の必要不可欠な存在でなくなる。それがどれだけ必要なことか、そなたならば分かるであろう」


 そうであるならば、確かにそれは凄いし、私も役に立てるってことで嬉しいけど……。

 本当にそれだけかなって思ってしまう。


 桐生真斗。

 彼は私にとって、なくてはならない存在である。

 私が私であるために――私を保つために依存している相手。


 だけど彼は一度死んでいる。

 ……私が殺してしまったからだ。


 でもエクセリアのおかげで、生き返ることになった。

 ううん、生き返ったというのは正確ではなくて、生きている者と区別がつかない状態として存在しており、エクセリアによるいわゆる捏造の産物であるという。


 そんなせいで、真斗の存在はひどく不安定だ。

 エクセリアの意思一つ、視線一つで簡単にその存在が傾いてしまう。


 でもそこに、私の力で補助することができれば、彼の存在は今よりずっと安定することになる。


 もっとも、今の真斗とエクセリアの関係を見ていれば、不安定になるなんてこと、絶対にあり得るはずがない。

 それに真斗ったら、いつの間にやらちゃっかりとエクセリアに『刻印』してるし。


 だから私にしてみると、今エクセリアが言っていたように、自分が絶対必要な存在でなくなったとしても、今までと変わらず彼は接してくれるのか――その辺を確認したいからではないかと邪推したくもなる。


 もっとも邪推するまでもないかもしれない。

 あの真斗のことだから、そんなことじゃ一切態度は変わらないと思うんだけどなあ……。


 でもいいな、真斗。

 エクセリアにこんなに想われてて。


 エクセリアがこんなにも誰かを強く想う相手は、レネスティア実の妹一人だけのはずだった。

 なのに、今ではそうじゃない。


 ……何だか、悔しい。

 エクセリアにも、真斗にも。


 などと考えていた私は、本来の目的を思い出して、頭をぶるぶると左右に振った。

 エクセリアとのことは……気になるけど、今は置いておく。


 私が認識力の使い方をエクセリアに教わっているのは、さしあたっては真斗云々のためではなくて、茜のためだ。

 茜のお姉さんが行方不明になってから、けっこう経っている。

 だけど今のところ、何の手掛かりも無い。


 私も私なりに捜してみてはいるが、闇雲に捜したって駄目なのは身に染みた。

 けれどこの認識力というものは、使いようによっては人捜しにも大いに役立つ。

 特に大きな存在力を持った対象は、よく目につくようになるとか。


 身につけておいても損は無いと思って、こうやってエクセリアに教えてもらっているわけではあるのだが。

 実際にはなかなか上達しないでいた。


 エクセリアは、私には観測者に準じるくらいの存在力があるから、当然認識力もそれについてきているはずだと言う。

 でも本当にそうなのかなって、溜息をつきたくなる。


「あー、だめだめっ! 溜息なんか後! 頑張らないとっ」


 大きく息を吸って、吐き出して、気分を入れなおす。


「……そなたに大きな認識力があるのは、もはや間違い無い。感情に左右されやすいようだが、そもそもそういうものだ。わたしの……場合とて」

「え、そうなの?」


 こくり、とエクセリアは頷く。


「しかしそなたが今学ぶべきことは、それではない。存在力を与える力ではなく、存在力をる力。そうであろう?」

「う、うん」


 人捜しに必要なのは、視る力、だ。


「今日は一日、真斗から離れてまでしてそなたに付き合っているのだから、それなりの成果を出さねば許さぬ」


 しれっと、エクセリアがそんなことを言う。


「う~」


 エクセリアって、絶対以前と性格変わったと思う。

 というか、こっちが地というか、本性なのかもしれない。


 もう、絶対負けないんだからっ。

 そう心で誓って。


 私は再び街を見下ろしたのだった。

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