灰色の世界で君と出会う。

遊莉

第1話 新入生代表

 ありふれた環境、ありふれた学生、そんな中に紛れている私もきっとありふれた人なのだろう。特別賢いわけでもなく、天才的な才能があるわけではない。だから、通える範囲で合格できるレベルの高校を、あたかも自分で選択したかのように思わされ、進学した。

 桜咲くこの季節、進学シーズンに浮足立った人々の様々な期待と不安の混ざった表情を眺め、他人事のように感じながら、これから3年間お世話になる学校の校門をくぐった。

 「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます!学生の方々はこちらへ、親御さん方は奥へお進みください」

 他の人の歩みに習って、周りを見ながら進む。

 「じゃあまた後でね」

 「もうちょっと笑ったらどう?」

 無愛想な私に母が投げかける。

 「ここで3年間、いいことも悪いことも、いろんなことを学んで、感じて、過ごしていくのよ。あなたが今どういう気持ちでいるのかは、母さんにはわからないし、聞き出そうとも思わないけど、一瞬一瞬を自分なりに考えて、それを大事にしなさい」

 「うん、ありがと」

 母の優しさが身にしみる。ときどき母はいいことを言う。この言葉がいい言葉だと思うかはきっと私次第だ。ならば、母の言葉っを借りるならば、この感性もきっと大事にすべきものなのだろう。


 両親と別れ体育館の中へ入ると、すでに多くの人で賑わっていた。緑色の床にパイプ椅子がこれでもかというほど並べられ、そこに座る人々も黒や紺色ばかり。視覚的に暗い色合いに、これが何かを祝う式典とは思えず違和感を感じずにはいられない。

 事前に指定された席を探し、そこに着席。しばらくすると男性教諭がマイクを持って壇上へ上がり入学式が始まった。

 定型文的な挨拶や学長のありがたいお言葉をいただき、生徒会長からの祝辞を聞き、次は新入生代表の挨拶となった。

 「新入生代表、一ノ瀬優愛さん」

 「はい!」

 元気よく返事をし、立ち上がったのは私の左隣の女の子だった。退屈を感じていたところに急な衝撃で驚いて、体をビクつかせてしまった。少し早る心臓を落ち着かせる私と対照的に、冷静な様子で歩いていく一ノ瀬さんはいかにも優等生といった様子で、姿勢よく前に立った。

 「桜が咲き誇るこの季節、このような貴重な機会をいただき誠にありがとうございます。中学校を卒業する以前、高校生というものは私にとって憧れの存在でした。大人に近い存在でありながら、子どものように眩しい青春の日々を謳歌する。そんなイメージがあったからです。」

 なんとなくわかる気がする。少し前までの私にとって、基本的に私より背が大きいというだけで大人のような雰囲気を感じていた。そして高校生の人たちは、そんな大人たちの中でも、学生生活だけでなく日常生活においても、何かに打ち込んだり、全力で遊んでいたりというものがよく目立っていた。

 私の兄も高校生の頃は一生懸命勉強していながらも、文化祭や体育祭を見に行くと、クラスメイトのみんなと肩を組みながら笑っていて、休みの日には夜遅くまで外で遊んでは、母に怒られていた。

 「ここまで私を育ててくれた父と母に、この場を借りてお礼を言いたいと思います。本当にありがとうございます。そして山上高校の皆様、これから三年間ご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。以上、新入生代表一ノ瀬優愛」

 拍手が上がる、形式的な。

 別に彼女のスピーチに感動したからとか、そういったものではない。あえて言うのであれば、誰かが前で話したあとは拍手をするのがマナーだから、といったところだろうか。皆それをわかっていながら、あるいは当たり前だから行うし、それを受けた側も皮肉に思うわけも当然ない。だけど私はこういった細かいものに、空虚な何かを感じてしまう。

 私がそんな考えをめぐらし、上の空のまま右に習えで手を叩いているうちに、一ノ瀬さんは隣に着席した。


 その後も滞りなく式は進み、その日は今後のスケジュールを渡され下校となった。校門前は部活勧誘のチラシを渡して回る先輩たちでごった返していたが、惹かれるようなものも特になく、両親と合流しそのまま下校となった。

 「どうだった?」

 父が要領を得ない会話をよこしてくる。

 「どうと言われても普通じゃない?」

 「そうじゃなくて、期待とかワクワクとか、そういった楽しそうみたいな感情はないのかって話だ」

 父の気持ちはなんとなくわかる。娘のことを知りたい、娘のことを思う気持ち、そういった様々な父親としての心から出る優しい感情だ。

 「まだわかんないよ。入学式があっただけで、クラスの人との顔合わせも近くに座った人だけでほとんどわからなかったし」

 「それもそうか」

 その後もたわいない話をしながら帰宅した。

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