第十三章 冬空を貫く雷光

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「うわぁ! 綺麗……」

 駐車場の周囲にも誘導灯代わりのイルミネーションが配置されてたが、そこから遊歩道を登って高台に上がり、受付を通過すると、まさに光の洪水のような煌びやかな世界が広がっていた。

 キャッチフレーズの「虹幻想」の言葉通り、色とりどりの灯りが冬の夜を彩っていた。


「じゃあ、この後は自由行動にして、七時にゲストハウスで集合にしましょ!」

 こういう場面では、いつの間にか仕切り係になっている真実の提案で、広い会場内を自由に散策することになった。


「暗いから、女の子は必ず男子と行動してね」

 と言っても、当の真実は健太と、珠美は巽と、という風にペアは決定している。美矢には、強制的に俊にその役目が振られた。残るは保護者役の弓子と、和矢・斎・正彦の男子三人組である。


「久しぶりの山道の運転で私は疲れちゃったから、ちょっと見たら早めにゲストハウスでお茶してるわ」

 という弓子に「僕も」と和矢がついていった。待ち合わせの間に寒さが堪えたらしい。


「……で、男二人で、イルミネーションか……」

「そんなこと、予測できただろう? 大体、美術部の集まりとは言っても、実際は俊と美矢ちゃんをデートさせる口実じゃないか。部員でもないのに、ぬけぬけと参加しておいて、文句言うもんじゃないよ」

「今日に変更になったから一緒にって誘われたんだよ。昨日は部活があったからダメだったけど。まあ、俊がどんな顔して遠野の妹と過ごすのか、見たかったって言うのはあるけど」

「で、どうだった? 三十分近く、車内で隣合わせだったんだろう? 少しは進展したのかな?」

「全然。森本の彼氏さんとかが気を遣って話しかけたりしていたけど、二人では話している様子はなかったな。まあ、俺は助手席でミラー越しに見ていただけだし、俊達は最後尾だったから、細かい様子は分かんね」

「ふーん。間に森本さんとその彼氏を挟んでいたんじゃ、視界に入れるのもツラかったんじゃないかな?」

「へ? ……あ、そうだよな。俊と違って、お前にはお見通しだよな。……てか、お前だって、そうなんだろ? 森本のこと……」

「ん? まあ、好きだよ」

 あっさり認める斎。なのに、それほどショックを受けている様子もないことを正彦は訝しんだ。


「あの、さ、俺から見たら、お前結構本気で森本のこと、好きなんだって感じていたんだけど……そこまでじゃなかった、とか?」

「うーん、正直、僕の中で他人に対する感情って、『好き』か『無関心』、でしかないんだよね」

「『無関心』? 『嫌い』じゃなくて?」

「そもそも、何かを好きになるのって、僕にとってはすごく困難なことなんだよね。とりあえず、興味関心が持てたら、まあ、それがみんな『好き』に分類されるんだよ。だからそういう意味では、君のことも『好き』だよ。友人としてだけどね」

「間口が広いのか狭いのか、よく分かんねえな」

「狭いんじゃないのかな。家族レベルで、巽と珠ちゃん、友人レベルで、君と和矢と俊、三上さんと美矢ちゃんは、ボーダー上かな」

「……俺の方が、三上より上なんだ? 意外だな」


「うん、君って、とっても面白い精神構造しているしね。俊とセットで見比べると、さらに面白い。俊って複雑そうな感じするけど、中身はかなりシンプルだよね。いろいろ気にしてそうな割には、心の機微に疎いって言うか、人の心の裏を読まないって言うか。で、君は、逆に天然を装いつつ、実はものすごく深謀遠慮に長けている。本質的にはすごく臆病で用心深く、他者の思惑を気にして本能的に調整しようと行動する。その行動基準は君自身の利益ではなく、俊の利益だ。こんな斜め上の帰結主義、哲学的ですらあるよ。来年、社会科目は『倫理』取りなよ」


「嫌だよ、あんな訳の分かんない科目。せっかく点とれそうな社会科、落としたくない。ていうより、希望者少なくて、開講されないって噂だろ?」

 三年時の選択科目は、文系は社会科を二科目選択できる。ほとんどが地理と世界史、少数派で日本史を選択する中、倫理を選ぶ生徒はほとんどいない。

「やってみると面白いもんだよ」

「なんで、来年の科目の内容分かっているんだよ」

「教科書読めば解るじゃないか? あ、社会科研究室行けば、教科書も見せてもらえるよ」

「……お前に訊いた俺がバカだった」


 斎の言う「読めばわかる」は、全貌が朧げに分かる、という意味ではなく、内容が詳らかに解る、と意味なのだ。授業を聞いてなくても筆記試験問題が余裕で解ける斎の頭脳構造は知れば知るほど無力感が増すだけなので、正彦はその話題から離れようと試みる。


「で、お前にとって、森本も友達レベルの『好き』だったわけ?」

「ああ、その区分けで言ったら、女性として『好き』、かな。前は、クラスによくいる、平凡に悪目立ちしないように本音を隠しながらひっそりと埋もれていようとする、空気を過剰に読んで保身に走っている、小市民っぽいって言うか、面白みのない人だったんだけどね。美術部に本入部したあたりから、変わったんだよね。さっきみたいに仕切るなんてこと、しなかったし。というか、本性が出たのかな? それを僕にまで隠していた辺りも、気に入っているけどね。うん、配偶者にしたいくらいは、『好き』だね」

「配偶者……って、それって結婚したい、って?」

「人生の伴侶だよ? 一緒にいて面白くて、疲れない人がいいじゃないか。……まあ、僕は彼女を幸せにできないってことも分かっているから、大人しく身を引くけどね」


「……幸せに、できない?」


「うん。森本さんを女性として好きでも、一番好き、ではないから。そうだね、今は一緒に過ごす努力はできても、未来の約束はできないし、するつもりもない。他に優先したい関心事ができたら、簡単に裏切りそうながある。だから、彼女にそれを強いるつもりもない。それに、森本さんが彼氏と仲良くしている様子をみて、ちょっとムカついたり胸が痛いのは、なかなか新鮮な感情だ。これが『好き』『無関心』以外の『嫌い』って感情に近いものなのかな」


「……『嫌い』まではいかないと思うけど。正直、悪い人ではないと思うし。でも、確かにちょっとイラつく。あの健太って人に、俊もなついているんだ」

「奇遇だね。おまけに、和矢もなついているみたいだよ。恐るべき人タラシだな。僕達の好きな人は、みんな掻っ攫っていくつもりかな。ちょっと巽に絞めさせた方がいいかな?」


 それ冗談に聞こえないからやめてくれ、と脱力しながら、話題に上がった和矢への気がかりを、正彦はぶつけてみる。


「遠野……和矢って、最近どうしたんだ? お前んちに入りびたっているって聞いたけど。趣味とかの話は置いといて、前より拒否られている感じがするんだけど」

「ああ、和矢はね、反抗期の真っ最中なのさ。今までイイ子でいた分、反動が大きいんだよ。表面上は何ともない顔しているけどね。……それに気付くのは、さすが正彦クンだな」

「おちょくるなよ。……反抗期って、あの、弓子さんて人に? その割には、一緒について行ったけど。大丈夫なのか?」


「一度はぶつかってみないとね。まあ、孫悟空がお釈迦様の掌から出られないことを知って成長するように、自分が井の中のかわずだって知ることは大事な通過儀礼なんだよ」


「……また、そういう難しいことを言って」

「自己理解は、他者の存在なしにはあり得ない。誰かを一方的に守ろうとしても、気が付けばその腕から、指の間からすり抜けていく。自分の矮小さを知って、初めて人は大きな世界に飛び出せるんだ。和矢は今、本当の意味で自分の在り方を知るために藻掻いている最中なんだよ。自分だけの世界の狭さを知って成長した和矢が、どんな広い世界を作るのかを、僕は見てみたい」


「……『されど、空の青さを知る』か」

 井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さを知る。

 最近有名なフレーズなので、文系コースの正彦はきちんと覚えている。ただ、意味として実感したのは初めてだったが。

 斎って、すごいヤツだな。いや分かってはいたけど、ホント、ちょっと尊敬する。


「で、アイデンティティ模索中の和矢は置いといて、俊達の様子見に行かないか? あの奥手の俊が、もしかした手をつないじゃったりするかもね」

「……ないな」


 今の尊敬と感動を返してくれ!



 心の中で叫びつつ、いそいそと俊達の歩いて行った道を追いかける男子二人であった。

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