理想の世界

「難波、悪いな。尾行されていることに気付かなくて。それにしても何で尾行されてたんだろう」

エレベータの中で僕は難波に謝った。

「久遠、国防省に電話したんじゃないか?」

「電話……したけど」

 僕は言葉に詰まった。

 難波に全てを見透かされていて、返す言葉もなかった。

「電話したんか」

難波は小さく呟いていたが、僕の耳はその声を拾っていた。

「じゃあ、そん時に久遠の位置情報が向こうに伝わったわけだ。それで、あいつらがスマートフォンのGPSをつけてきたんだろうな」

そんな、と思いながらも僕は違うことを考えていた。

電話のことを難波は知らなかった。

さすがの虚像干渉といえども、虚像干渉を使える人間の未来は視えないのだろう。現に僕が虚像干渉を使えていた時も、難波の未来は視えなかった。そう考えると、最後再生を作っている三ヶ月の間、難波が僕たちに何の危害も与えなかったことに納得できる。虚像干渉を使う人間の未来が視えないということは、僕たちは自由に行動ができるということになる。

「それで難波、僕に見せたいと言っていた、計画の第二フェーズっていうのは具体的にどんなことをするんだ。もしかして……まだ人を殺すのか。今まで難波の計画のせいで、何人の罪のない人が無残に殺されたのか知ってるのか。それでもまだ、難波が自分の計画の完成のために人を殺すのなら、僕は難波の味方……いや、親友でいられなくなる」

僕の言葉を聞いた難波は顔を曇らせた。

僕はこの時、難波のこの計画が難波にとっての理想の世界を作るものだと思っていた。

「そうだな、まだ人を殺すのも悪くないかもな。でも、俺の考えた第二フェーズは、大量の犠牲者を出さないと思う。原子爆弾を発射して、久遠と志桜里に会って、そして、久遠と志桜里が俺の前に現れなくなった三ヶ月の間で俺は人を殺しすぎた。有能な人までも殺してしまった。久遠もニュースで知っていると思うが、俺は久遠たちが現れなかった三ヶ月の間に悪人という悪人をほぼ全て殺した。久遠はこう思ってるだろ、そんだけの人を殺したのに、まだ殺す必要のある人がいるのか、第二フェーズとはどんな計画なのか。その前にこっちに来てくれないか」

 難波に案内されて、僕は一つの扉の前に立っていた。この扉の奥には最高顧問しか入れない本の保管庫があった。

「此処に今この世界に生きている人間、久遠も含めて俺以外の誰も知らない秘密がある。見たらお前も驚くぞ」

難波は僕をその中に案内した。

 いつもなら、簡単に開くはずのない保管庫が難波によって軽々開けられた。電気が通っていないのだろう。しかも、この地下三階にだけ。難波が此処に来る電気を全て切断したんだろう。それによって、この保管庫が簡単に開いた。

「見てみろよ。これは誰もが驚く事実だろ」

難波はなぜか安堵の表情を浮かべていた。

難波に案内され入った保管庫の中には、今までに殺されたとニュースで報じられていた人の姿があった。それも両手だけで数えられる人数ではなかった。

「なんでこの人たちが此処に居るんだ? 全員ニュースで難波に殺されたと報じられた人たちだぞ。どういうことか説明してくれないか?」

「俺は有能な人間以外を殺そうと考えた。でも、人によって限界はある。そうなると、俺の考える範囲で人を殺してしまうと、実は有能な人まで殺してしまうことになるだろう。だから、初めにこいつらを脅して、俺の言うことを聞くようにした。それからは簡単だ、不老不死の薬を飲ませ一度殺す、その残虐な現場を報道者たちが報道する、報道されればあとはこっちのもんだ。こいつらを監禁しておくだけでいい。不老不死になったこいつらは正義の味方だとか言って、俺をいつ襲ってくるか分からない。そうなると困るから、日本でも優秀なこの保管庫を選んで監禁することにした。ここは中からだと開けられないからな。これで久遠は俺の味方になるし、それに親友のままでいられる……そうはならないか?」

難波の計画は自分の理想とする世界を作ることだった。

そして、僕と親友でいることだった。

それでも、僕はまだ難波がこの計画を考え、実行している本当の理由を知らなかった。

「難波と僕が親友、それは永久不滅かもしれない、でも、味方にはやっぱりなれないな。だって、難波は不老不死になった人間といえども一度人を殺しているんだ。さらに、襲ってこないよう監禁までしている。そんな難波の味方にはなれないよ」

難波はさっきからどうしてそんなに悲しい顔をしているんだ。

「そうか、そうだよな……」

難波は小さく呟いた。

その呟いた声が、僕の心を揺さぶった。

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