序章 親友と信頼

僕は刑務所の鉄籠の中に放り込まれていた。

 何があったのかといえば、僕が不老不死の薬を完成させる前から、その開発が政府委託の研究機関で独自に行われていたというのだ。政府と委託機関しか知らない秘密裏の情報を外部の人間が持っていると、リークをした人間がいたのだ。

 もちろん、すぐに誰がリークしたのか分かった。リークしたのは難波だと僕は確信していた。難波しか、あの薬を作っているのが僕だと知らない。

 ただ、この時、僕は初めて難波に対して疑念を持った。難波に手伝って貰っていた時に、仮に作っているのが薬だと分かったとしても、それが不老不死の薬だと普通気付くだろうか……


 僕は警官に追われていた。

 確かに未来から情報を盗みはしたが、僕の記憶が正しければ、その薬の開発が始まるのはまだ先の話だった。ということは、それを知ることが可能なのは、同じ能力、虚像干渉を持つ人間だけのはずだ。

 僕は難波をますます疑っていった。

 しかし、今はそんなことを言っている場合ではなかった。

「とりあえず、この場を切り抜けないと……」

 警官には届かない声で呟いた。

 しかし、そう上手くいくはずがなかった。

 僕はたくさんの警官の前で、一人の警官に捕えられ切り付けられた。警官は僕の不老不死を確認するため、持っていた刃物で切り付けたのだった。瞬く間に傷口から溢れだす血が固形物になった。そこで、僕が不老不死だということが露見してしまった。

 薬のよって、血液が空気に触れるだけで恐るべき早さで凝固するようになっていた。


 それが、僕が刑務所に入れられている理由だった。

「やっぱり、そう上手くはいかないか……」

 僕は最悪な事態を想定していた。もし、難波に虚像干渉の力があれば、僕を出所させるつもりがないことは分かっていた。難波の思惑は分からないが、リークしたのが難波なら、彼なりに様々な手を使ってくるだろう。

「でも、僕にも考えがあるんだよ」

 。僕が捕まったのは、自宅から出て僅か十分後の事だった。警官にマークされていたことに気が付かなかった僕は、あっけなく捕まってしまった。しかし、未来が分かっている僕は過去を変えるため警官のマークを避けて逃げた。これで僕が警察に捕まっていない未来ができた。

「ふう、何とか逃げ切れたかな」

 そう思い未来に戻ってきたはずだった。しかし、目前の光景は何一つ変わってはいなかった。

 なぜか僕はまだ鉄籠の中にいたのだ。

 そして、僕は再び過去に行った。何度も同じことを繰り返したが、それでも過去から戻ってきた僕に待ち受けていた現実は鉄籠だった。

「おかしい……。なんでなんだ」

 やはり、僕と同じ能力を持っている者がいるのか、僕はそう確信した。ただ、何故彼がなぜそんなことをするのか、僕には理解できなかった。もう誰かを、いや難波を疑うことしかできなくなっていた。

 それは、先ほど過去を変えたのが一二回目になっていたからだ。

 僕は志桜里に十二回目にしてようやく賭けである約束をしていた。

 それからは体力の消耗も激しいから、過去に行くのを諦めていた。

「僕はこれから刑務所に入らなければいけないんだ。理由はすぐに分かると思うけど、何も心配いらないよ。でも、し僕が何ヶ月たっても出所できなかったときは、迎えに来てくれる?」

「当たり前だよ。迎えに行かないはずがないじゃない」

「ありがとう……。志桜里、好きだよ。愛してる。だから待ってて。すぐに帰ってくるから」

「うん、分かった。私も竜也くんのこと大好きだよ。ずっと待ってる。だから早く帰ってきてね。竜也くんが帰ってくる場所は私が守るよ」

「すぐに帰ってくるよ。じゃあ、いってきます……」

「……いってらっしゃい」

 この約束からもう三ヶ月が経っていた。

 僕は子供が生まれた時に志桜里に、僕の虚像干渉の能力について話していた。簡単にしか説明ができなかったが、夢の中の過去や未来を変えることができることは伝えていた。

 そして、あの時の約束の通り、未来が変わらないことに不信感を抱いた志桜里が、面会に来た。僕か捕まってから、志桜里は虚像干渉を使える人間について密かに調べていた。面会に来た理由を彼女は、その調べた結果を伝えるためだと言った。

 志桜里が言うには、虚像干渉の能力を使える人が一人が二人居てもおかしくないらしい。志桜里がどうやってそのことについて調べたのか、その時の僕は全く気にもしなかった。それよりも、僕や志桜里にとって知らない方が良かったのではないかと気になっていた。

 僕は刑務所内で三ヶ月の間、毎日独房の掃除、ネズミの死体処理など、普通の人では絶対に経験することのないようなことをしていた。いつしからか一日の区切りがつけられなくなるほどに疲労していた。

 そんな時、志桜里の髪型や子育てに疲れきった顔を見て、こんなにも時間が過ぎていたことを改めて実感した。特に志桜里の髪型がショートからロングになって、印象がガラッと変わっているのを見た時は、初め志桜里だと気付くことができなかった。

 帰り際に志桜里は僕の仮釈放が二ヶ月後に決まったことを話した。まだ面会時間には余裕があったが、それ以上は何も話さなかった。

 ただ、仮釈放が決まったことは嬉しいが、なぜ三ヶ月もの間、過去を変えることにしか集中していなかったはずの僕の虚像干渉が、一度も未来に反映されていないのかという心のもやが残った。

 そして、僕は予定通り二ヶ月後に仮釈放された。刑務所での、とても人間のすることではないことをやらされていたことを思うと、仮釈放されただけでも志桜里に感謝しなければいけない。

 その志桜里たちが刑務所の前で僕の帰りを待ってくれていた。

 五ヶ月ぶりの再会となった息子の成長した姿を見ると、自然と頬を涙が伝った。

「恒平、ずいぶんと見ないうちに大きくなったじゃないか」

「竜也くんが長い間刑務所に入っているからよ。もう恒平も大きいんだから、早く出てきて欲しかった……一人じゃ大変なんだよ」

「ごめん……志桜里。本当はもっと早くに出られるはずだったんだけど能力がうまく使えなかったんだ」

「そっか……なら仕方ないよね。やっぱり話かが邪魔してたのかな? でも良かった、帰ってきてくれて……。お帰り、竜也くん」

「お父さん、お帰り」

「志桜里、恒平……ただいま」

 恒平は五ヶ月の長いようで短い間だけ、離れていただけのはずなのに、かなり大人に近づいていた。息子は幼いが幼いなりに、父親に代わる大役を果たしていたことを感じさせ、成長したことも嬉しいが、一番父親が必要な時に、その僕がいてやれなかったことを後悔した。

 刑務所を出所してから、五ヶ月ぶりに家族団欒の時間を楽しんでいた頃、僕の親友、難波は世界を敵に回す計画を考えていた。そして、僕が難波からある事実を聞かされた時、志桜里と難波が隠している秘密を知ることになるのだった。

 しかし、今の僕にはそんな近い未来ですらも分からなくなっていた。

 短期間に虚像干渉を使った反動なのか、過去や未来を薄らぼんやりとしか視れなくなっていた。ただ、出所後は能力を使うことを控えていたが、確実に能力は失われつつあった。

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