第4話

 ―――王の執務室


 廊下でリアムはノックをしようとするが、ためらう。

 ヴィエナに相談に行った時点でかなり夜も更けていた。

 それでも顔色が全く変わらない蝋人形のような王の顔が頭をよぎる。


「ふぅー…っ」

(不躾をお許しください)


 コンッ、コーン―――


 ドアの音が廊下に鳴り響く。

「何用だ?」

 中からゴア王の声がする。

「失礼します」

 重い扉をゆっくりと開けると、ゴアは椅子に座り、書類に目を通していた。

「何の用だ。手短に話せ」

 目線をリアムに移すことなく喋るゴア。

 

 ―――寂しいと言いたかった。


 けれど、リアムはすでに17歳。

 これからは、自身で物事を考え、兵や民を導かなくてはならない身。

「…王よ、もう夜もだいぶ更けております。お体に障りますからおやすみください」

 リアムは自身を律し、王に提言を伝える。


「なんだ、そんなことだけのために来たのか」

 王は呆れたような声でつぶやく。

「そんなこと…。しかし、父上。兵や侍女たちにも聞いております。王であるあなたが寝ているところを見ていないと。あの魔女が来てから、ずーっと」

 リアムは先ほど出会ったルシアの顔を思い出す。

 何も考えていないようなルシアの顔を。



「ルシア殿は元気にしてるか?」

 リアムはショックを覚えた。

(息子である自分の近況など全く求める気配がなかった父上が・・・魔女であるルシアを気にかけただと…)

 リアムは拳を震わせる。


「…えぇ。あの能天気な魔女は、王の仰せのままに客人として丁重にもてなしていると伺っています。そして、宮殿内を自由に歩く権限も…先ほども母上のところに尋ねておりました」

 告げ口とは言わないが、少し皮肉を込めてリアムはゴアへ報告する。


「不服そうだな、リアム」

「えっ」

 久しぶりにリアムに関心を向けるゴアに、リアムは少し驚いた。

「いえ…王が決定されたことに…不服など…」

 あるはずがない、その言葉がリアムは言えない。


 リアムが訪れてから、ゴアは初めてリアムを見て、そしてその顔を見てため息をつき目線を落とす。

「私の決定だからか、リアム」

 ゴアはまたリアムを見る。


「私が眠ることはない、リアム」

 ゴアはまた書類に目を通し、ペンを取り、指示書を作り始める。

「それではっ、死んでしまいます!!」

「私は死なない。ルシアの魔法によって。そして…愚息のせいで」

「は、いっ?」

(私のせい…?)

 体が緊張と不安で痺れたように固くなるリアム。


「よく見ろ、リアム。お前の澄んだ青き瞳は、私の背けた真実をも見透かせる。そして、私は…お前に託したい」

 リアムは瞬きをする。一瞬ゴアの瞳に光が灯ったような気がした。

 深い、深い深淵の海の色の瞳に懐かしい温かさが。

「もうお前に割く時間はない、リアム。邪魔だ、立ち去れ」

 ゴアの目はまた光を失ったように冷たくなり、リアムはその場を離れるしかなかった。


 廊下でリアムは考える。

(私以外に、託す可能性がある…?)

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