第陸章 帝都
壱
現在、最も欧化が進んでいるのが他でもない帝都である。
その帝都の街並みは、その噂に恥じないほどにさまざまな国の文化が溢れていた。
まさに和洋折衷。どこを見ても和と洋が混じった物があって、幻は瞳を輝かせた。
「すごい…」
そんな幻の様子におかしそうに笑って、紺は漂ってきた香ばしい香りに鼻を動かす。
「…いい匂いがする」
それに、巴も気づいたようで鼻を動かし、周囲を見渡す。幻は未だに感動に浸っていた。
「あ、あれじゃない?」
少し離れた場所に、鶏の絵が描かれた看板がある店を見つけて、指を刺した。
「ちょっと買ってくるネ」
そう言って歩き出してしまった紺を見送って、彼女は苦笑した。
「本当に食べ物に目がないわね…」
「紺の旅の楽しみは食べ物が半分だから」
幻の言葉に、巴は納得したようにうなずく。そして、笑った。
「私も、復讐が終わったらネロと二人で自由に旅をしようかしら」
「それがいい。きっと楽しいよ」
笑い合って、二人は街並みを改めてながめる。
「…やっと来れた。ずっときてみたかったんだ」
「そう。私も、貴方とは目的は違うけれどずっとこの地にきたいと思っていたから、嬉しいわ」
必ず父を見つけ出して、復讐を果たしてみせる。そのために、ここまできたのだ。
決意を再度固める巴の目の前に、見たことのない食べ物が差し出された。
「匂いの正体、これダッタ」
嬉しそうに笑って、紺は幻にも同じものを渡した。
「ありがとう」
受け取って、幻はそれをマジマジと見つめる。
鳥の足のようだが、骨がついたままだ。唐揚げのようなものだうか。
三人は挨拶をして、かぶりついた。
じゅわりと熱い肉汁が口全体に染み渡り、程よい塩気と辛味が舌を刺激した。
「「うまっ!」」
「美味しい…」
紺と幻が声を揃えて、巴がゆっくりと言った。
「これ、なんていう料理なんだろう。初めて食べた」
「えっと…ふらいどちきんって、書いてあったはず」
その言葉に、巴が顎に手を添える。
「意味は揚げた鳥ね」
「ってことは、日本でいう唐揚げかな?」
「今度作ってミヨウ」
紺の提案に、幻もうなずく。是非とも作れるようになって、好きなだけ食べれるようにしたい。
「二人とも、お料理ができるの?」
「「うん」」
同時にうなずく二人に、彼女は珍しく口をへの字に曲げた。
「…私、お料理できないの」
意外である。なんとなく、なんでもできそうだと思っていた。
「…だったら、オヤジさんに一泡吹かせたあと、俺たちの故郷においでヨ。一緒にやろう」
紺がへらりと笑った。幻も笑ってうなずく。巴が目を丸くする。
「いいの?」
その聞き方が幼い子供のように思えて、二人はおかしそうに笑ってうなずいた。
巴の父を探すため、幻は店を開き、紺と巴は別々に行動し、聞き込みを開始した。ちなみに、店を出す許可証はとても簡単に手に入ったので、幻はそれもさまざまな店が並ぶ理由なのだなと、感心されられた。
すっかり看板猫となってくれたネロの頭を撫でながら、客が来るのを待つ。
ここでは西洋品を売る店はあまり珍しくはないので、来客が少ないであろうことは予想している。
「気長に待とうね」
「にゃん!」
短く鳴いて、ネロは返事をした。
「すみません、お伺いしたいことがあるんですけれど」
巴が声をかけると、幻と同じように一人で西洋品を売っていた青年が目を丸くして固まった。
それに、彼女は不思議そうに首をかしげて彼の顔のあたりにひらひらと手をチラつかせた。ようやく青年が我に返ってはっとする。
「な、なんでしょう!?」
そんなに驚かせてしまっただろうか。
少し罪悪感を感じながら、巴は口を開く。
「あの、この時計に彫られた椿の家紋、ご存知ではありませんか?」
袂から懐中時計を取り出して、それを渡す。受け取って、青年はじっと観察した。
そして、緩く首を振る。
「…残念ながら、知りません。お役に立てずに申し訳ない」
「いいえ。ありがとうございました」
頭を下げて、そっとその場を立ち去ろうとした巴を、青年が呼び止めた。
「あ、あの!」
それに、首をかしげて振り返る。
「これ、よかったらもらってください」
差し出されたのは黒く艶やかに塗られ、装飾部分に一輪の赤い薔薇が取り付けられた簪だった。
「…ありがたいですが、受け取る理由がありません」
怪訝そうに眉を寄せる巴に、青年は少し慌てたように手を振った。
「貴女みたな人にこの簪を使って欲しいんです!どうか受け取ってください」
必死に両手でそれを差し出してくる青年に、巴は困ったように笑って受け取る。
(さすがに、ここまで言われて断るのも悪いわよね)
「じゃあ、いただきます。ありがとうございます」
にっこりと微笑んで、彼女は今度こそ立ち去る。その背を、青年は呆けた顔のまま見送った。
聞き込みを続けている中で、紺はたまたま武器屋を見つけたので入ってみる。
店内には紺が見たことのない武器はもちろん、ありふれた武器も沢山あって、瞳を輝かせる。中には何にどう使うのかよくわからないものもたくさんあったが。
「すごい…」
紺にとっては宝の山である。
「あんた、旅人かい?」
突然後ろからかかった声に、彼は反射的に距離を取って背中の棒に手をかける。
声をかけてきたのは、小柄な丸い眼鏡をかけた老人だった。
(…全然気づかなカッタ…)
紺の気配察知能力が鈍ったのか、はたまたこの老人が気配を消すのが上手いのか。
幻と初めて会った時のことを思い出しながら、相手に敵意がないことを確認して手を下ろす。
「はい、旅人デス」
うなずく紺を、老人は全体的にじっくりと観察してからふむと一つうなずいた。
「腕がいいみたいだな。ワシはここの店主だ。いいもんを見せてやろう。ついてきな」
そう言って、彼は店の奥へ入って行ってしまった。戸惑いつつも、紺は言われた通りについていく。
奥にはさらにさまざまな武器で溢れかえっていた。表とは違って、こちらは小ぶりなものが多いように思える。
店主が棚から一つの小ぶりの箱を取り出し、それを紺に手渡した。
「それをやる。好きに使うといい」
「エ…」
初めて会って、何もしていないのに。
「貰えまセン」
戸惑いながら、それを押し返すが、店主は頑として受け取ることはしなかった。
紺もそれに、だんだん意地になってくる。
「受け取ってクダサイ!」
「やると言っている!若造は黙って年上の好意に甘えていれば良いのだ」
憤然と言い切る店主に、紺は口をへの字に曲げた。
「…突き返す前に、中身を確認してみろ。それでいらなかったら受け取る」
腕を組んで言う店主に、彼はため息混じりに箱の蓋を開けた。
中には、平べったく小さなナイフが二本入っていた。
試しに持って、全体的に見てみる。全長は2.31寸程度で、刃と柄が一体化していることによりとても薄い仕上がりになっていて、服の下などに忍ばせることができそうだ。
たしかに、これがあれば小回りも効くし万が一窮地に陥った時に不意をつくことができるだろう。飛び道具としても使えそうだ。
それに、薄さの割には結構しっかりとした刃をしているので、充分殺傷能力には優れている。
「ラペル・ナイフという。西洋品だ。あんたには大きい獲物はもう必要なさそうだからな。小物がいいだろうと思った」
これがもらえるとなると、とてもありがたい。ありがたいが、だからこそ無償で受け取るわけにはいかない。
「…すごく欲しいですケド、タダでは受け取れません」
「なんだ、頑固だなぁ。それは非売品だ。いつかワシが待つのにふさわしいと感じたやつに渡すと決めていた」
つまり、紺は店主に認められたと言うことになる。
それに、彼は考えた末にへらりと笑って、それに蓋をした。
「…じゃあ、ありがたく受け取りマス」
「おう。こき使ってやれよ」
彼の言葉にうなずいて、それを持っていた巾着の中に入れた。あとで服の中にでも忍ばせておこう。
「…あんたのオヤジは元気か」
その言葉に、紺は目を丸くした。店主をみると、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべている。
まさか。
「その棒と三節棍、まさか息子に譲るとはなぁ。あのクソ生意気な家出少年がご立派になって」
カッカッカッと腹の底から笑っている店主に、紺は口をぽかんと開けて放心する。
そして、ようやく口を閉じて、開いた。
「オヤジが武器を買って、もらった武器屋ってここだったんだ…」
「おうよ。ワシも最初、あんたの背中に背負ってるその二本を見たときゃ、信じらんなかったがな。見れば見るほど昔うちにあったやつだし、年齢的にもあのガキが子供こさえててもおかしくはねぇからな」
面白そうに笑う店主に、彼は苦笑する。
「オヤジとは血の繋がりはないヨ。捨て子だった俺をオヤジが引き取ったンダ」
「ほーう。アイツがそんな善行をするようになるとはねぇ」
ニヤニヤと笑う店主に、紺は首をかしげる。
「そんなに悪人だったノ?昔のオヤジ」
「悪人ってわけじゃなかったよ。けど、粋がってたなぁ」
粋がっていた、繰り返して、彼はおかしそうに笑う。割と簡単に想像できてしまうのが少しだけ申し訳ない。
「その武器、上手く使えよ」
「モチロン」
目を細めて、紺はニンマリと笑った。
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