②
ガラガラと馬車特有の足音を鳴らして、幻と紺、それに裕福そうな老夫婦を乗せた馬車が道を進んでいく。
「お二人は、どのくらい旅を?」
男性の方がのんびりと尋ねてきて、幻が答える。
「もう二年になります。故郷をでてから一度も家族に顔を見せていないので、そろそろ見せに行こうかと」
「あらそう。きっとご家族の方々も喜ぶでしょうね。私たちもこれから娘夫婦のところに行って、孫の顔を見にいくのよ」
穏やかな声音でいう女性に、紺がへらりと笑った。
「いいダスネ。お孫さんも喜びマス」
「だと嬉しいわ」
にっこりと微笑む女性に、二人も柔らかく微笑んだ。
「よければ、お二人の旅の話を聞かせてもらえないかな」
「まぁ、それはいいわ。お願いできるかしら」
それに、二人は顔を見合わせる。そして、笑顔でうなずいた。幻は、今回ばかりは嘘はなしで、本当の旅の話をしようと思うのだった。
旅の話を老夫婦に聞かせていると、馬車が止まった。どうやら目的地に着いたらしい。
「着きましたよ」
少女の父親が声をかけた。それに、二人は老夫婦に挨拶をして馬車を出る。
幻が料金を払おうとしたら、その手をやんわりと横から出てきたシワのある手な包み込んだ。
「ここは私が払っておこう。楽しい話を聞かせてくれたお礼だ」
男性が朗らかに笑って言うのに、幻は困ったように笑う。
「それはさすがに…」
「いいから。こういう時は甘えておくのが私たちの顔が立つと言うものさ」
それに、幻は紺をちらりとみる。紺は、苦笑して肩をすくめた。
「今回はお言葉に甘えようヨ、幻ちゃん」
「…じゃあ、ありがとうございます」
頭を下げる二人に満足げにうなずいて、男性は少女の父親に声をかける。
「そういうことだから、あとで私たちの目的地についたらまとめて払うよ」
「わかりました。安くしときますね」
からりと明るく笑う父親に、少女も含め柔らかく笑うのだった。
馬車を見送った幻と紺は、ひとまず紺の実家である道場へと足を向けた。幻がコロンに会いたいと言ったからである。
サクサクと音を立てて歩いていると、街の子供たちが二人に気づいてわらわらと群がってきた。
「幻兄ちゃん紺兄、やっと帰ってきたー!!」
「ちょくちょく帰ってくるって言ってたくせに、全然帰ってこねぇんだもんなぁ!!」
わーわーと一斉に囲まれて、二人は苦笑する。こればかりは返す言葉も見当たらない。
「ごめんごめん、とりあえずちょっと紺の道場に行きたいから、またあとでね」
馬をあやすようにどうどうと子供たちを落ち着かせて、幻は未だにもみくちゃにされている紺の腕を引っ張ってやる。
出てきた紺の髪の毛を整えながら、幻はため息をついた。
「いやぁ、覚悟はしてたけどすごいね」
「…いや、本当ニ」
乾いた笑い声をあげて、紺は首を回す。子供の元気さにはさすがに敵わない。
その時、子供たちにも負けないくらいの大きな犬の鳴き声がして、次にタッタッという軽い足音が近づいてきた。
そちらに目をやると、見覚えのある茶色い毛並みをした芝犬が。
「あ、コロン!」
「ワンッ!!!」
紺が呼ぶと、コロンは力一杯鳴いて、その勢いのまま彼の胸に飛び込んだ。
「ウワァ!」
ドスッという鈍い音がして、紺が軽くうめき声をあげる。どうやら鳩尾にコロンの頭が直撃したようだ。幻は少し気の毒そうに紺を見やる。
「大丈夫?」
「へ、平気…」
咳き込みながらも、紺ははちきれんばかりに尻尾を振る愛犬の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。
「ヨーシヨシ、久しぶりだなぁ」
「俺も撫でたい」
幻も手を伸ばしふわふわの頭を撫で始める。と、首輪に散歩紐がついていることに気づいて、彼は苦笑した。
「コロン、散歩中に抜き出してきたんだね」
「本当だ。お前、悪いヤツダナ」
丸い顔を両手で覆って軽いお仕置きをしていると、少し離れたところからコロンを呼ぶ聞き慣れた声が響いてくる。
「ふっ…オヤジだ」
懐かしい声に、紺はへらりと笑った。コロンを抱き抱えて、幻と共に声の方へと歩いていく。
「おぉーい、コローン!!どこいったー?」
未だに愛犬の名前を叫んでいる
紺は気配を消して、足音を立てないように湊の背後に立とうとする。
「コローン!」
「ワン!」
「うぉぉ?」
が、あと少しというところで名前を呼ばれ、コロンが返事をしてしまった。突然後ろで聞こえた鳴き声に、湊は肩を竦める。
ばっという音を立てて、後ろを振り向くと今しがた探していた愛犬と、久々に見る息子の顔があったので、彼は目をこれ以上ないほどに丸くして固まった。
「は、え?」
「…大丈夫?オヤジ」
「お久しぶりです、湊さん」
様子を見守っていた幻も紺の隣に移動して、にっこりと微笑む。
「あ、あぁ、大丈夫…うん。え、本物?」
ごくりと生唾を呑んで、紺と幻の真ん中あたりを指さす。それに、紺は苦笑した。
「本物デス」
「はぁぁぁ、えー、急だなおい」
なんだかよくわからない顔をして、彼は紺の腕の中にいるコロンに目を向ける。
「なるほどな。紺たちが帰ってきたから急に走って行ったのかー…お前、せめて俺も連れてけよ…自分だけ先に会いに行きやがって…」
コロンの頭をわしゃわしゃと撫でつけて、湊は自分を落ち着かせるように深呼吸を一つする。紺と幻は、それを笑いながら見守った。
「…あー、なんだ。とりあえず、お帰り」
「「ただいま」」
苦笑混じりの出迎えに、彼らははにかんで答えた。
「にしても、まさか二年も帰ってこないなんて思ってなかったから、今目の前にお前らがいるのが信じられん」
湊がじっとりと疑わしい視線を向けてくるので、紺が不満そうに口をへの字に曲げる。ちなみに、今は道場の台所で三人でお茶を飲んでいる状況だ。
「その言い方だと、まるで俺たちが旅の途中で死んだみたいな感じに聞こえるんだダケド?」
「んなこと言ったってよぉ…お前ら、なんの連絡もよこさないんだから。せめて手紙とか寄越せよなぁ。卯月なんて、この前心配しすぎで自分も旅に出るとか言ってたぞ」
「え」
それは思ってもみなかったので、幻は困ったように眉を寄せる。それは申し訳ないことをしたかも知れない。
「ま、無事だったならいいけどな。幻はもちろんだけど、紺も卯月んとこあとで顔出しに行けよ」
「ウン」
当然、元からそのつもりである。
「カナちゃん元気?」
「ああ…でも、最近何しでかしたのか知らんが親指の爪剥がして、血流しながらうちまで来たぞ」
その言葉に、幻が顔色を悪くして立ち上がる。
「だ、大丈夫なんですか?それ」
「うーん…まぁ、あんまり状態は良くないかもな…」
深刻そうに言う湊に、幻は焦った様子で台所を出て行く。それを見送って、湊と紺はのんびりとお茶を啜った。
一拍置いて、紺が湊を睨みつける。
「…オヤジ、今の嘘デショ」
「ありゃ、やっぱお前にはバレるか。幻は素直じゃないからな〜」
ニンマリと人の悪い笑みを浮かべる
「…幻ちゃんがひねくれたの、半分くらいオヤジのせいだと俺は思うヨ」
それには笑って何も答えず、湊は黙ってお茶を啜った。
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