宮垣という名の街【開始〜午後1時】1

【午前11時30分 水落悠斗 名もなき邸宅2階】


 急に流れ出したメロディーは、学校のチャイムのように聞こえた。しかし、音程がちょうど気持ち悪くなる程度に外れており、理解不明な状況も相まって、なおさらに気持ち悪く聞こえた。


 ショルダーバッグを肩にかけたままだったことに気づいた水落は、恐る恐るとジッパーに手をかける。――また変な罠が作動したりはしないか。もう一人の自分がささやき、慌ててジッパーから手を離した。


 頭は自分でも自覚できるほどに混乱していた。だからとりあえず自分を落ち着かせるために、現状を知るべきだった。現状を把握できていないのに、やみくもに動いたって意味がない。情報が得られるのであれば、それを収集するのが最優先だ。


 水落悠斗は今時の大学生だった。別に勉強はそこまでできるわけではないが、出席日数の比率を考えて講義を休んだりする策士ではある。今時では逆に珍しいとも言われるが、やや長めの髪の毛は金髪に染めていた。恋人はいないが、たまにコンパなどで知り合った女の子をつまみ食いする程度のことはしているから、不自由しているとは思っていなかった。良くも悪くも今時というやつであり、俗に普通というたぐいに入るのだと本人は自負していた。


『皆さま、おはようございます』


 メロディーが流れ終わってからしばらく。急に女性の声が辺りに響いた。真っ先に連想したのは高校野球などのウグイス嬢だ。声が反響して聞こえているからなのかもしれない。やや音割れをしており、またノイズがかかっている辺り、小さい頃に地元の町でも活躍していた町内アナウンスのようだった。


『どうやら、皆さま全員が目を覚まされたようですので、これより説明に入ります。皆さまに配布されたショルダーバッグの中に、携帯端末が入っております。まずは、それを取り出してください』


 少し演技がかったようなウグイス嬢の声。状況が掴めない水落は、とりあえず言われるがままにするしかなかった。一度は怖くて手を離したジッパーに再び手をかけると、思い切ってショルダーバッグを開いてみた。爆発したり、廊下が急に迫ってきたり――なんてことは起きなかった。


 バッグの中には携帯食糧らしきものと小さな紙袋、それとスマートフォンさながらの携帯端末が入っていた。どういう理屈で立ち上がったのか分からないが、真っ暗な画面に【SGTシステム】と白文字が浮かび上がる。


『そちら【サゼッションポータル】と申します。今後は【サゼッション】を略した【SGT】と呼ばせていただきます。今しがた皆さまの端末の電源を立ち上げさせていただきました。こちら、操作に戸惑う方がいると困りますので、現在流通しておりますスマートフォンをモデルに作成したものになります』


 いちいち反響するから、声を聞き取るのが大変だ。聞き耳を立てるなかSGTとやらが立ち上がる。それは正しくスマートフォンであるが、どうやらウグイス嬢の言葉をそのまま書き起こしているのか、画面に次々と文字が浮かび上がっていた。画面はスマートフォンみたにカスタマイズできるのかもしれない――なんて、どうでもいいことを考えてしまうのは、現実からの逃避行動なのだろうか。


『さて、これより皆さまに何をしていただくか――ちょっとしたゲームを行なっていただきます。しかし、ご安心ください。殺し合いをするわけでもなければ、競争するわけでもありません。いたるところに罠が仕掛けられたこの街――宮垣にて、皆さまで力を合わせて困難を乗り越えるという素晴らしいコンセプトのゲームです』


 いくつかすでに疑問がある。これからゲームとやらをするとして、果たしてどんな内容のゲームをさせられることになるのか。そして、どうして自分がゲームの参加者に選ばれたのか。情報をひとつずつ把握していきたいのに、情報が増える度に疑問点も増えていく。


 ――素晴らしいゲーム。開始早々壁にプレスされかけ、一歩間違えば死んでいたかもしれない。しかも、強制的に参加させられているのだ。素晴らしい要素なんてひとつもない。水落は存在そのものが閉ざされてしまった部屋に視線をやり溜め息をひとつ。


『では失礼して皆さまのSGTをリモート操作させていただきます。SGTの画面に映し出されるのは、これから皆さまが行うゲームのルールとなります。こちらのルールは後で何度も確認できますので、今はサッと目を通す程度にしておいてください』


 慣れとは恐ろしいもので、ウグイス嬢の無駄に反響するような声も、なんとか聞き取れるようになるから不思議だ。SGTの画面は、恐らくホーム画面であろう場所へと戻り、本のマークを象ったアイコンが点滅する。すると、ずらりと箇条書きされた文章が画面に浮かび上がる。


『多少の時間を設けます。一読のほどよろしくお願いします』


 箇条書きにされたものはゲームのルールであり、上から順にルールに番号が振られている。パッと見る限りルールは全部で8まであるようだ。


 【ルール1】――プレイヤーは全員で20名。そのうち19人は普通のプレイヤーですが、1名はゲームの犯人役となる【ブービートラップ】です。この犯人役を特定することが、プレイヤーのみなさんの目的となります。ただし、誰が【ブービートラップ】なのかは本人さえも知りません。


 水落はまず、ひとつ目のルールを読んで、少しばかり安堵の混じった溜め息を漏らした。もっとも、安堵と一緒に混じっていたのは不安感であり、その割合は明らかに不安感のほうが大きかったのであるが。


 このような状況に陥っているのは、どうやら自分だけではないらしい。同じ境遇の人間が、少なくとも自分を含めて20人はいるようだ。ただ、気になるのは、その中に【ブービートラップ】なる犯人役がいるということ。しかも、面倒なことに【ブービートラップ】自身も、自分が【ブービートラップ】であることを知らない――その自覚がない。それを特定することを目的とするのであれば、かなり難しいのではないだろうか。


 流し読み――とまではいかないが、目に飛び込んできた文章を素早く頭の中に叩き込み、それを分かりやすく咀嚼そしゃくする水落。


 【ルール2】――各プレイヤーはそれぞれ別々の地点よりスタートします。スタートするに伴い、各プレイヤーに物資と【サゼッションターミナル】を支給します。ただし支給される物資はプレイヤーにより異なります。また【サゼッションターミナル】内にあらかじめ提示されている【固有ヒント】も異なります。物資が役に立つものだとは限りませんし、全ての【固有ヒント】が正しいとも限りません。


 自分の運の悪さを呪う水落。なんせスタート地点が、罠の仕掛けられた部屋だったのだから。他のプレイヤーの中にも、すでに罠に見舞われた人がいるのであろうか。そんなことを考えながら、水落は改めてショルダーバッグの中を漁る。


 スマートフォンのようでスマートフォンではないデバイスがSGTと呼ばれる端末であることは説明されるまでもない。正確には【サゼッションポータル】と呼ばれるらしい。どんな機能を搭載しているのかは未知数であるが、ゲームの鍵を握ることだけは間違いないだろう。恐らく【固有ヒント】とやらも、SGTを操作することにより見ることができるのであろうが、それは後回しにしたほうがいい。全体像を把握することが最優先だ。


 ショルダーバッグの中から出てきたのは、携行食糧と水入りのペットボトル。そして茶色の紙袋だった。さっき確認してみた通りだ。

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