第12話重傷からの復活と過去

「これはひどい状態ですね」

クラブ異世界の一室に俺は転移魔法で運び込まれていた。


出迎えたのはクラブ異世界の店長のヴァンパイアロードのキロクだ。

魔力も回復したらしく人形に戻っていた。


「魔将軍様は私のスペアの服でも来てください」

素っ裸の魔将軍にキロクは言う。


「さあ、タモツさんはソファに横になってください」

キロクは肩を貸してくれソファに案内する。

そして優しく横たえた。


「悪いね」

俺は言った。


「いえ、この世界に案内したのは私です。面倒を見る義務がある。ですからお気になさらず」

(良いヤツだなぁ)

素直に思う。人間時代はこんなに気遣われる事など無かったと思う。

何せ実の親から虐待を受けていたから…


どうやら思いの外重傷の様だった。

体の痛みは治まったが代わりに痺れが現れる。


「キロク。蜂蜜酒しか癒しの手だては無い。

在庫は」

キロクの服を着ながら魔将軍は言う。


「実は…」


どうやら在庫が無いようだった。


「…他店舗の在庫を回して貰います」

キロクが言う。

え、こんな店他にも有るの?そう思った。


「ブエル、キロクだ。すまないが至急蜂蜜酒を融通して欲しい」

キロクは念話なのか一人で喋っている。


「ああ。利用者が重傷をおった。その回復には転生しかない。頼む」

虚空に頭を下げる。まるで電話している社会人の様だった。



「ブエルかぁ」

服をやっと着た魔将軍が対面のソファに座る。


「癒しの悪魔ブエル。キロクと同じ十二魔の一人で通り名通り癒しを得意としている」


「安心しろ。ブエルと蜂蜜酒が揃えばお前は復活出来る」

優しく魔将軍は言った。



「すぐ来るそうです」

キロクが戻ってくる。すると。



「もうきてるよ」

聞きなれない獣の様な声が聞こえる。


ソファの部屋を仕切っていたカーテンを開けて現れたのは。



スーツを着たライオン頭だった。

精悍な顔立ちのオスライオン。

たてがみをドレッドヘアーにしていてなかなかお洒落?な悪魔の様だった。


だが侮れない量のオーラ?魔力が充満していた。


(格好いいなぁ)

体だけではなく頭迄痺れたのかライオン頭がかっこよく見えている。

キロクの様に『チャーム』の魔法でも掛けているのだろうか…?


だがカーテンを掻き分けて入ってきた全身を見て驚愕する。


「む、胸がある…」


「そりゃああるさ」

初対面のブエルが言う。


「悪魔は男女に縛られないからね。お望みなら頭をメスライオンにすることも出来るけど…」


「いえ、今のオスライオンで」

俺は即答した。顔は好みだったので…



「はい、お望みの蜂蜜酒」

ブエルはワインボトルをキロクに渡す。

その姿は体が女性ぽいからか妙に艶がある。


「助かる」

キロクは受け取った。


「あら、魔将軍様お久しぶりです」

ブエルは着替えた魔将軍に礼をする。


「うむ。ブエルも息災で何より」


「有り難うございます」

ドレッドヘアーが揺れる。

あー、顔は好みなんだよなぁ!

悶々とする。



悶々とソファで横になっていると、

「タモツさんお待たせしました」

キロクが金色の液体を半分迄注いだグラスを持ってくる。


「また飲むのか…」

俺は渋い顔をする。何せ人間を辞める飲み物だ。そうそう気分も良くないし…


「好き嫌いはダメね」

魔将軍と話していたブエルが無理やり顎を固定して口を開かせる。


「またこのパターンか!」


「とう!」

何がとう!なのか、素早い動きでキロクは俺の口に蜂蜜酒を注いだ。



前回よりも早く視界が歪み始め、意識が朦朧としてくる。

だがまだ意識がある。魔将軍の声が聞こえる。



「…今魔力が十全に回復した。おそらく…ガンツが死んだのだろう」

ガンツ…あの人間が死んだ?


「ギアスが完全に解けた。これで十分に力を発揮できる」


「人間なんかとギアスを交わされたんですか?」

ブエルが意外そうに言う。


「うむ。人間には捕虜交換が付き物とケイが言うものでな。試しに二週間のギアスを仕込んだ書面を交わしたのよ」

魔将軍はため息をつく。


「だが結果は契約の穴を突いた一方的な虐殺であったがな」


「人間はこずるいですから…」

ブエルがまだ何か言っている。



ドクン


心臓が跳ねた



「タモツさんしっかり!」

肉体がグニョグニョ変化しているのに今回は意識が途切れない。キロクが異変に気付く。


ブエルの言葉が耳に残る。

「人間なんて所詮は信頼に値しないモノ達ですわ」



ドクン


また心臓が跳ねた



「む。タモツ、しっかりせい!」

魔将軍の声がくぐもって聞こえる。


「あら、不味い。癒しよ、かのものの命を繋ぎ止めたまえ」

ブエルが体に触れてくる。



「わしの血の癒しもくれてやる」

手首を切った魔将軍の血が体に浴びせかけられる。



「やだ、この子…自殺しようとしてる…」

触れているブエルには分かるのか、込める魔力を強くする。


「あら、この子…一度人間の時に自殺を図ってる」

ブエルが言う。



(読むな…俺の心を読むな…)

そうだ。俺は両親を殺す前に自殺を図った。

複数の薬局を回り、睡眠導入剤を買い込んだ。


(俺が死ねば解決する)

そう思って数十錠を服用して、ビールをあおった。

後はアルコールと睡眠導入剤が静かな死を与えてくれるだろう。



(ブエルの言葉で…思い出してしまった)

自殺を図った過去を。



「この子には悪いことを言ったわね…人間が信頼に値しないモノ達なんて。」


「この子も立派な人間なのに」

ブエルの魔力が優しさを増す。


「大丈夫、大丈夫。ここには貴女を苛める親なんか居ないんだから安心して産まれて来て」

ブエルがそう言いながら鼻歌で子守唄を口ずさむ。


「そうじゃ。お主には生きる権利がある。勿論死ぬ権利も…だが決めるのは早いぞ」

魔将軍はぎゅっと手首を搾り、血を更に浴びせかける。



「タモツさん。私は祈ることしか出来ませんが、一度は眷族とした者。私は貴女の親も同然。死ぬなど許しませぬ」

キロクはそう言ってくれる。



(好き勝手言いやがって)



ドクドクドクドク


心臓の暴れが治まり始める。


(また死にぞこなうのか…)

あの時だってそうだった。

入眠しそうになったら胃がもんどりうって暴れた。

そして消化される前の錠剤を寝た布団に吐いた。

人間は簡単には死ねない。そう思った。



(今は…生かされようとしている…)

蜂蜜酒が体内を暴れまわる感覚が自殺を図った時のビールの酩酊に似てはいたが、血液と馴染むかの様に段々と揺り篭で揺られる様な感じに変わってきた。



ぐにゃぐにゃ変化を続けて来た体が徐々に固まっていく。サナギの中身の様に。



「生きるのじゃ、タモツ!」


「そうよ、貴女は生きて良いの。誰も邪魔しない」


「タモツさんは種族は変わっても我が子です」




「…生きるよ…」

俺は出来かけの声帯で答えた。

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