第3話第二の変身

「なるほど」

黒い犬がしゃべる。

少し前までイケおじだったヴァンパイアロードのキロクだ。


「私はいつの間にか惚れられて」


「いつの間にかフラれたと」

噛み締める様に言う。


「おう」

俺、安田保ヴァンパイア♀がソファに腰掛けながら言う。

態度が大きい。

理由は眷族であるキロクが弱っているからだ。


くしゅん…ずずっ


犬アレルギーの俺は行儀悪く鼻をすする。

見た目はシスター服を着た中々の美少女なのに今は外面を外しているからかがさつだ。



「でも殺しあいは中々に楽しかったでしょう?見てただけでも」

キロクはなるべく離れて言う。

けっこう気を使ってくれている。


(もう二人殺してるからな)

心の自分が答える。流血するような殺人はしていないが、特に感慨もなく親殺しをした自分をキロクはどう思うだろう。


「まあ殺人は初めてでは無いようなので闇のサイドの我々としては貴女は逸材ですよ」


「!」


「初めに血を吸ったでしょう?血はヴァンパイアにとっては履歴書の様な物なのです。色々な記憶や経験が溶け込んでいますからね」

キロクは言った。


「知ってたのか…」


「ご心配無く。別に此方の警察につきだすつもりは有りません。変わりに我々の勇者になっていただきたい」


「勇者に?あの光の勇者ワタルみたいな?」


「役割としてはそうです。我々の戦力の中核を担って頂きたい」


「黄金の蜂蜜酒は人間にしか効果が無いアーティファクトでしてね。ハイレベルに変化出来る一方、私達生まれついてのモンスターには効果が無いのです」

変化出来るのは人間だけと言うことらしい。



ガチャ


クラブ異世界の扉が開く音がする。



「よお、やってる?」


「貴方は…先生!」

軽い調子で入って来たのは此処を勧めた男性講師だった。



「魔将軍様、お帰りなさいませ」

キロクは講師を魔将軍と言った。

つまりはモンスターないし関係者と言うことだ。


「どうだその殺人鬼は、使えそうか?」

学校とはうってかわって饒舌に魔将軍は言う。


「殺人鬼…って?」

俺は外面を着け直した。

見た目はシスター服を着た少女だが、関係者なら俺が安田保だと分かっているのだろう。


「中々に良い手際の犯行だよ。毒使いとは恐れ入る。新聞にも載らない病気に見せかけるとはね」

魔将軍は楽しそうに言う。


「まあ多少怪しくとも解剖迄は行かないと踏んだな?海外より司法解剖はこの国では行われない。それに君からはほの暗い悦びが感じられた。」

区切ってから。


「逸材と思って誘ってみたんだ」

魔将軍はドヤ顔をする。

此方からしたらただのおじさんがドヤってる様にしか見えないが…


「流石は魔将軍様。初めての戦闘でも取り乱さずに見ておりましたよ。

今回は敵に勇者がおりましたので能力解説の途中でハリネズミにされてしまいましたが……」

キロクは照れた様に言う。


「勇者か…初めての異世界案内にしてはツイてないな。光のサイドの奴らは勇者に加護をモリモリ付けるからなぁ…」


「ええ。案内人を仰せつかっている私でなければ生還は難しかったかと…」


「そうだな…お前達案内人は十二魔の一員。実力は折り紙つきだ。だからこその生還か」


「はい。最後は情けなく消滅するふりしか出来ませんでしたが…勇者の結界は厄介です…」


「だから魔力節約のブラックドックか~」

そう言って魔将軍はキロクに近づき。


「よーしよしよし~俺はこの姿のが好みだぞ~」

どうやら魔将軍様は犬好きらしい。


「いえ、魔将軍様威厳がのう御座いますよ。それと彼女は犬アレルギーらしくて」


「それで二人きりなのにビミョーに離れて居るのか。納得」

納得した魔将軍。


「安田保さん、此方私の上司の魔将軍様です。此方の世界に逸材を探しに来る任務の前までは四天王の一人でもあったお方なのです」


「先生スゴかったんですね」

普通に返す。


「いえ、だから敬意をですね…」


「いやいいのだよ。此方の世界では講師と生徒だったのだから」

魔将軍は気にしない。


「それに見栄を張って本性をあらわしたら服が破けてしまう…意外と高いんだなこれが…」


「そんな貧乏な理由で…よよよ」

キロクは悲しんだ。


「我らの金貨を買い取りに出しても良いのだが、光のサイドに気づかれないとも限らないのでな。余りやりたくないのだよ」


「流石思慮深い」


二人?は俺を置いて異世界あるあるトークをしている。


「あの。話に付いて行けないんですが…」


「あ、すまんね」

魔将軍


「失礼しました案内人失格です」

と、キロク。


「そうだぞキロクは案内人。このルーキーを文字通り案内せねばならないな」


「ですが今の私はブラックドック…アレルギーには勝てませぬ」


「ふむ、じゃあ今回は魔将軍自ら我が軍を案内するか」


「畏れ多い…」


「たまの里帰り位ワシにも許されよう」

魔将軍様はどうやら里帰りしたいらしい。


「で、どうだルーキー。ヴァンパイアには慣れたかな?」


「ヴァンパイアチェンジで」

俺は言った。


「え。人間に近いよ?便利だよ?変えたいの?」

魔将軍は聞いてくる。


「確かに便利かもですが…女子なのがちょっと…」


「あー、トイレとか困るよね」

理解ある魔将軍。

本当はトイレ問題は考えていなかったが勘違いしてくれて助かった。


「蜂蜜酒はまだあるかキロク」


「御座います」


「じゃあパッとやっちゃおうか」

また手品の様に魔将軍の手に金色の液体の入ったグラスが現れる。


「変化は精神にも来るからな?持っていかれるなよ?」

そう言って魔将軍は俺の顎を掴むと無理やり液体を流し込む。自分で飲ませるって選択肢は無いのか!


そこで意識が途切れた。





「うん…」


「お、気が付いたか」

魔将軍にお姫様抱っこされた状態で目が覚めた。


「立てるか?」

魔将軍が聞いてくる。


手足に力を入れてみる。感覚が戻ってくる。

大丈夫そうだ。


「立てます」

ん?声が高くないか?

魔将軍がゆっくりと降ろしてくれる。


「おめでとうルーキー。君はオーガ♀に変化した!」


「オーガ♀!」

また女子…


「視界を半分共有してやろう。姿が気になるだろう。此処に鏡は無いのでな」


バチッ


魔力のパスが入る。


姿はまたも人形だ。少し大柄な女子に二本短い角が生えてセミロングの黒髪。眼は白目が無く黒目が多い。

シスター服が突っ張る位の筋肉はある体のようだ。

体格のせいかヴァンパイアの時より胸が大きくお尻も大きく感じる。

様はプロポーションが良い。鍛えられた美しさがあった。


「どうだ。気に入ったか?」

魔将軍が聞く。


「良い女過ぎないですか?」

俺は外面関係なく言った。

これは町を歩いていたらスカウトされるレベル…


「いや、オーガの♀は大抵そんな体つきだ。ルーキーは元が人間だから少し小柄か」


(オーガ♀ってモデル並みなのかよ!)

俺は心で叫んだ。これが自分じゃなきゃまじまじ見れないレベル。まじまじ見たら捕まる。


「共有切るぞ」


バチッ


魔力のパスが切れる。


「今回は服が傷んでないですね」


「ああ、何せ短期間の二回目だからな。母の腹の中で子供が進化を辿って人間の形になるように、初回は様々な要素を体験する。まあそれで狂う人間が多いんだがね。何せ自意識が有るのに『産まれなおす』訳だからね」


「やっぱり狂うのかい!」


「だがルーキーは二回目だからその産まれなおす過程がかなり飛ばされてな。同じような人形の種族になったと言うわけだ。着替えたかったか?」

魔将軍は少しからかう様に言う。


「いえ。女装癖は無いつもりです」

俺は返した。


「あの、所で此処は何処なんでしょう?」

俺は気づいて問う。


「おう。ワシの古巣の一軍が城攻めをすると聞いたのでな。やって来たと言うわけだ」

そう言われて回りを見る。

各々武装したモンスター達が数百は集まっていた。自分達は小高い丘に布陣していた。人形も動物タイプもコミコミの混成軍だった。


「空も見てみろ」

言われて空を見上げる。


するとフィクションの世界に登場する恐らくワイバーンと言われるドラゴンが数十の群れを作って舞っていた。


「どうだ俺の古巣は。今はデュラハンのケイが指揮官だ」



ドドッドドッドドッドドッ


丘を首の無い馬に乗った首の無い騎士が駆け上がってくる。


そして俺達の前に来ると下馬して礼をする。


「魔将軍様自らのお出まし、負けられませぬ」

脇に抱えた兜から声がする。


「久しいなケイ。よくワシの後を継いで兵を鼓舞してくれた」


「畏れ多い。私の様なアンデットで不足が無ければ良いのですが」

そう言ってケイは俺を見る。


「其方は?」


「ルーキーだ。我ら闇のサイドの勇者になるかも知れぬ逸材よ」


「そうでありましたか」

ケイは俺に向き直る。


「麗しのオーガよ。この剣は貴女に捧げましょう」

そう言って抜剣し、剣の刃を握り持ち手を俺に向ける。


ドキン


胸が高鳴った。


(騎士って格好いい…)

俺は少年心と乙女心を鷲掴みにされた。

首の無い漆黒の鎧に赤いマント。兜はフルフェイス。これまた漆黒の首無し馬を従えてこれでもしイケメンだったら反則だ。


「その思いにこたえましょう」

その場のノリでそう答えていた。


「はっ、姫君」

そうケイは答え礼をすると首の無い馬に跨がり指揮に戻っていった。


「惚れっぽいノォ」

魔将軍はひとりごちた。




「かかれぇ!」



パパラパパパラパパパラパパ…


進軍のラッパがなる。


人間達はモンスターが数百しかいないのと、ワイバーンが城を囲んだのを見て、指揮官を討つ方針に変えたようだ。二千程の歩兵が展開される。

更に城壁には弓兵を残しワイバーンを牽制する。


(弓兵は潰したな)

ケイはひとりごちた。

飛び道具は魔法と共に厄介だ。その一つを潰せたのは大きい。

更に武装したモンスターを前列に配置し槍衾を牽制する。

虎の子の魔法担当に攻撃が集中しないようにしている。


両軍の鬨の声で前進が始まる。


トロルが魔法で作られたり集められた巨石を投石する。

コントロールは良くないがそれでも槍衾の一部を崩す。

そこにウルフに乗ったゴブリンライダーが長槍で突き崩しにかかる。


城壁から弓兵の矢が散発に飛んでくるが、その度にワイバーンが羽ばたきで邪魔をする。



更にトロルの投石がまたも槍衾を直撃する。モンスター軍が崩れた槍衾に飛び掛かりついに半分を崩した。


(よし)

ケイは勝利を確信する。

少数精鋭魔将軍様直々の軍。負ける謂れが無い。


「ケイさん格好いいなぁ…」

俺は軍団を指揮するケイに釘付けだった。

場所はケイの居る本陣の更に後ろ。木々が残っている小さな林の影だ。


「まだ言っとるのか…惚れっぽいのぉ」

何度目かの事態に魔将軍は呆れる。


「だが此処からが踏ん張りどころぞ、ケイ」

魔将軍には自軍の危うさも見えていた。



攻略は順調だったが…だが敵の前線の崩れが自軍の崩れも招いた。自軍が前線に釘付けにされたのだ。



城の城門の影から騎馬の騎士の一団がケイに向かって矢のごとく迫る。


「落伍者は置いていく!大将を落とせ!」

決死隊だ。

ケイは自分の馬廻りでは防ぎきれないと判断し、オーガの姫君に捧げた剣を抜いた。


「まさか本隊を囮に使ってくるとは…」

ケイは臍を噛む思いだった。



本陣の更に後ろ。木々に隠れる様に魔将軍と俺は居る。

そこからはケイの危機が手に取るように解った。


「ルーキー、オーガの強さを教えてやろう」

魔将軍がいきなり言う。


「ヴァンパイア並みの怪力と筋肉の鎧、つまりは素人でも間違わなければ人間など紙屑よ」

そう言われた瞬間、シスター服の裾を破りスリットを入れる。

そして何度かジャンプして体を暖めると、

一気にケイに向かっている騎馬集団に駆けた。


(スゴい身体能力だ、下手したら馬より早い)

俺は思った。

何より剣を掲げてくれたケイを死なせたくない。その思いが体を突き動かした。



「大将と見受ける!覚悟!」


「我が名はデュラハンのケイ、そうそうやられぬぞ!」

ケイは剣を抜いた。

だが敵は馬上槍だ。直撃したら落馬は必至だろう。

敵が兜の下で笑ったのが見えた。


その時


何者かが風の様に先頭の騎士に飛びかかった!


バキバキ…


バチャバチャ…


敵の騎士の頭が赤く咲いた。


「姫君!」

俺の拳が騎士の頭を吹き飛ばした。


「かかってこいやぁ!」

騎士一人を潰して着地し俺は叫んだ。

敵の数騎の騎士が怯んだのが判った。

『バインド』と言う魔力だと後で知った。

そして足並みが揃って団子になった騎馬集団に躍りかかる。


(戦い方は前に見た)

そう。キロクの戦い方だ。無茶苦茶に蹂躙する。

馬上槍は騎馬の突進力を乗せるから意味がある。

只でさえ小高い丘を登ってきているのに先頭が潰され馬が騎士が怯んだ。そうなったらもうモンスターの力に人間などかなうはずがないのだ。

更にオーガはモンスターの中でもランクが高い。勝負は数分ですんだ。



それを見ていたのだろう。

城の城壁から白旗が上がった。


勝負は付いたのであった。





「姫君お怪我は!」

ケイが慌てて走り寄ってくる。


「ケイさん」

ケイが無事で本当に良かった。心からそう思う。

怪我らしい怪我は無い。馬上槍で横殴りされたが打撲程度だった。

俺は元は人間で、今回人間を一方的に殺戮したのに罪悪感もない。自分も立派なモンスターだな。と今さら思う。

虐待された人間は他者を虐待する傾向にあると言われている。

遠くから眺めていた魔将軍はその欠点を素質として見ていたのだろう。


「いや、今回は姫君に救われました。人間も侮れない」

ケイは己の慢心を恥じた。


(ケイさん謙虚だなぁ)

血に酔ってるのもあり俺の頭はお花畑だった。


「身勝手をお許し頂きたい。私は慢心したらしばらく兜を脱ぎ身を引き締める誓いを立てているのです」


「え、ケイさんの素顔!」

花畑が満開になる。

きっと金髪碧眼の凛々しい…


「よいしょっと」

ガチャガチャ




ケイの素顔は


イケメン王子様ではなく、


例えるならゾンビとスケルトンの間。


萎びた玉ねぎの様であった。




「無いわー」

俺は呟く。



「いやはや、この誓いは羞恥が高いですぞ…」


「そうですね」

俺は心此処にあらず。



人間の軍が続々と捕虜になっている様を見て


「ははは、ゴミの様だ」

と俺はのたまっていた。

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