第3話 レスト・イン・ピース。

薄暗い室内の中、私の眠るベッドを見下ろす様に立つ何かが居た。



物の輪郭が分かる程度の明るさの室内は、窓からほんのり入る月明かりを背に、真っ黒い塊の様にも見える。

人? それとも…物の怪的な類? いや、これは前世でも終ぞ遭遇することの無かった幽霊ではないのか?

幽霊に遭遇したという人の話を見聞きする限り、夜中、しかも寝る時や、ふと目が醒めた時などに枕元などに現れている率が高い気がする。

ドクドクドクと重たく早く打っていた心音は、幽霊かもと分かるとドッドッドッと早く軽くなった。


――え、異世界でまさかまさかの幽霊を見たの!?


やがて暗闇に目が慣れ、何となく顔っぽい位置が判別出来る様になってきた。

異様な空気の中、その両眼が爛々として、ベッドで固まる私を見つめている事も。


コクリ……と喉が鳴ってしまった。


肉食獣に出遭った、草食動物の気持ちが痛い程わかる。


段々と目が闇に慣れるにつれて、幽霊という有耶無耶な存在ではないと気づき始めていた。


幽霊にしては眼力がありすぎる。

全く逸らされない視線も怖すぎる。


……あんまり考えたくないけれど。


もしかして、これって暗殺者とかいう…?


さーっと血の気が下がった様な気がして、手が冷たくなってくる。

ジッと凝視しても、向こうもジッと凝視してくるだけ。


なんなのこの時間……


結構な時間見つめ合ってるけど、殺される様な空気もないんだけど。

見られるのが不味いんじゃないの暗殺とかって。

いや、見られても殺すんだから問題ない?



殺されるというには、ちっとも動いて来ないし、怖い空気はない。

実物サイズの人形をここに置いておきましたってアンナに言われても納得出来るくらいだ。


やっぱり、こんなに時間はかけないよね?暗殺者の類なら。大声出される可能性もあるし。


……今の様に見つめ合ったりはしない筈だと思う。



相手が何もアクションをして来ない為、考える時間はたっぷりあった。


幽霊?暗殺者?妖怪!?と、最早妄想の世界に飛び立ってしまう。


どよーんとなったり、びくびくしたり、パッと顔を輝かせてみたり…と、考える内容の順番に合わせて、百面相の様に表情がコロコロ変わった。



思考に耽るその間さえ黒い塊から見える両眼は一度足りとも逸らされない。


全く動かず見つめてくるから、また怖くなってきた。

ここまでずっと無言で見つめられているのだ。


人間だったとしても、まともな人じゃない気がする。


この幼女の記憶の中にもこんな経験は一度も無かった。

知り合いだという感じでもない。


少しでも逸せば、喉元を噛まれそうな気さえした。


気不味い時間が流れる……。



それにしてもさ…

もう長すぎだよ……


……ねぇ、こんな見つめ合ったりしなくない?



「「・・・・・・」」



お互いにどれくらい見つめ合い固まっていたのか。

何もかも見抜こうとする様にジッと見つめられている。


「誰なの……?」と尋ねようとしてやめる。


何故かわからないけど、刺激してはいけない気がした。


森の中でクマに出遭ったら、絶対に目を逸らさず後ろ向きに去っていくって言われたよね?

目を逸らさずにそっとベッドから降りて、後ろ向きに去っていけば見逃してくれるんではないだろうか?


もう人喰いクマと同列である。



見上げてるから何となく大きく感じていたけど、長い時間で更に目が慣れたのか、真っ黒いのはそんなに大きくないと分かった。


大人というより、むしろ子供だよね……?


髪色は明るい感じ。

色までは分からないけれど、茶色とかの暗い色だったら黒色に見えるはずだから、金髪とかそんな感じの色かもしれない。


身体の大きさは中学生くらい?の男の子…多分。

正面から判断出来るのはこのくらい。


見つめ合い真っ最中だというのに、相手が子供だと理解すると余裕が出来る。

人間の男の子って分かるだけで随分気楽な気持ちになった。



長い時間見るだけで何もして来ない事に安心して、ますます警戒心が薄れてくる。


まして中身が女子大生の私からしたら、可愛い男の子だ。

恐れるに足らずだわ!オーッホッホと脳内で悪役令嬢笑いをする自分を想像してしまい、妄想に1人でニヤリとした。



それにしても、何も言わないよね、この子。

私からは話しかけにくい。

恐らく間抜けな寝顔も見られちゃったし。


何の用かくらい自分から言いなさいよねー。

半目になってしまったに違いない。


分析しながらも目を逸らさず、むしろ少しずつふてぶてしい態度で見つめ続けていると、ふいにその子が腕をあげ私に手を伸ばしてきた。


段々と余裕が生まれていた癖に、暗闇の中で急にアクション起こされると怖くなる。

無意識に肩が強張った。


伸ばされた手はそのまま私の顔に触れた。そして私の目を掌で覆う。

ビクッと肩が跳ねた。


えっ!?


ピシリと石像にでもなったかの様に身体が固まってしまった。

予想外の行動を取られ、触れられた瞼に置かれた手をどかす事も出来ない。

意味が分からず固まり続ける。



ふと何かを小声でぶつぶつ呟く声が聞こえた。


「…rest in peace…」


最後に聞こえたのは英語の発音だった。

rest in peace…って、それ…っ…て…

意味を考える間もなく急激に睡魔が襲ってきて、真っ暗な闇に包まれた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る