第3話 ガラスの動物達

 次に会ったのは、小学六年から高校まで彼女と同じ学校だった旧姓、伊達伸子、通称ノンコだった。僕の故郷の町で町内会長をし、工務店を経営している人の娘。僕とは小中学校で一緒だった幼なじみだ。彼女の両親には僕の親が亡くなった時にもお世話になっている。これは葬儀の事を記したメモで分かった。彼女は現在は故郷を出て、都内に住んでいる。昔の共通の同級生の話でもおり、故郷での幼なじみという僕達の関係性もあり、N氏抜きで話す事になった。

 待ち合わせ場所は駅前にある、老舗のパーラー。現れたノンコは、僕を見つけて大きく手を振った。美人とは言えない。でも明朗ではつらつとして、親しみやすそうな笑顔の持ち主。正直、前回の小林氏の辛辣しんらつな証言から推察されるイヤな性格の女性の友達とは考えにくかった。

 

 「私が杏と出会ったのは紅葉の山の中にあるカトリック系幼稚園の中庭だったわ。知ってる? 君も一緒だったのよ。それも忘れてしまったの?」

 ノンコはそう言って、注文したチョコレートパフェの上の生クリームをすくった。



 ノンコによると、幼稚園には孤児院も併設されていて、僕達は小六の時、社会科の授業の一環として孤児院でボランティアをしていたらしい。

 その時、彼女は母親と現れた。家族でカトリック信者であったため、これから住む事になる地域の教会を訪れていたのだった。

 父親が亡くなって国内でも最西端に近い地域にやっで来た彼女は、これまで住んでいた地域との日の入りの時刻の差に戸惑っていたらしい。なぜなら、昨日までは漆黒だった時間に夕陽が辺りの紅く色付いた山をさらに燃えるように染め上げていたから。『まだ日が暮れてないんだ』とつぶやいたらしい。

 紅葉とまぶしいくらいの夕陽の中で僕と彼女はしばらく見つめ合っていたと言う。彼女の髪は少し長めのボブで内巻きにして、控えめだけど可愛かったらしい。これは、僕の持っている写真も裏付けている。



「今だから言うけど、私ってさ、君、温史君の事が好きだったの。だからショックだった。私なんか、当時はテレビの子供向けアニメとコラボの文房具位しか持ってなかったけど、彼女はもう少し上の中高生が持つようなファンシーで素敵な文房具を持っていて、それも羨ましかった。それまで温史君とは一緒に図書館で勉強したり仲良かったけど、彼女の登場で、私の出番はなくなったの」

 ノンコは豪快に笑った。その後、好きなミュージシャンや野球選手の話題を同じテンションで話している。

 ノンコによると、中学の一、二年まで僕と彼女とはまるで付き合っているんじゃないかと噂が立つ位、よく一緒にいたらしい。

 でもおそらく大人しくて何もアクションを起こさない僕に彼女は不満で去って行ったんだろうと苦笑い。それは後になってノンコが思った事。

「今、考えると全部、些細ささいな事よ」

 ノンコは結婚し子どもも3人いる。明るくて幸せそうだ。こちらへは夫の転勤で来たそうだ。



 ノンコは他にも色々話してくれた。杏はお嬢様育ちに見えたので、アパートに暮らし始めた時、意外に思った事等。これは父親が亡くなっているので仕方がないだろう。 

 高校も同じ女子高だったが、杏は高校で演劇部に所属していた。ノンコはその隣に部室のある山岳部で、彼女の噂はよく聞いていたらしい。つまり、そこでちょっとしたトラブルメーカーだった事。顧問の先生のアドバイスになかなか従わないやりにくいコというレッテルが貼られ、皆から距離を置かれていたとの事。


「あのコはね、要領が悪いのよ。自分が納得いくように、とことんやりたかっただけ。だから正しいと思ったらその場で口に出してしまう。陰で言う代わりにね。


 そんな状態で居づらくなった時、窃盗疑いもあったの。結局、間違いだったんだけど。部のマドンナ的存在で主役級だったコのブランド品の財布が失くなったとかで。でも、結局そのコが家に忘れて来てただけだったのよ。バカみたい」


「じゃ、財布はちゃんとあったんだ、家に」


「もちろんじゃない。なんでそんなにホッとしてるの?」


「いや、何」

 僕はニューヨークでの醜聞が異国での出来心であってほしいと願っていたからだ。


「でもね、結局居づらくなった彼女は退部したの。そうよね。泥棒呼ばわりされたんだもの。その後、自分で探した地元の小さな劇団に飛び込んで、そこに所属するようになったのよ」

 ノンコはスプーンですくったチョコレートシロップ付きのアイスクリームを満足そうに眺めていた。パフェはまだガラスの器の半分位は残っていた。

「話すと、全然そんな高飛車なとこのないいいコなんだけどね。演劇部って陰険なトコだったのよ」



 付き合いでノンコは芝居のチケットを買ってあげ、父親と一緒に行ったりもしたと言う。僕にもノンコ経由でチケットあるから行かないかと誘いがあったらしい。


「本当に憶えてないの?『ガラスの動物園』。君はその舞台を見てすっごく感動してたの。涙を浮かべて見てたわ。同じ舞台を何度も何度も見に行ってたのよ。それが進路を変える事になっちゃって。温史君のお母さんが近所でこぼしてたって聞いて、私はチケットを譲った身として責任感じてたのよ。


 つまり、それまで理工学部志望だった

 僕の高校卒業後の進路を180度変えたらしい。関東にある大学の芸術学部という、舞台、マスコミ関係へも柔軟に対応している学部に。



「ねえ、この写真なんだけど」僕は持って来ていた彼女の写真のうち、舞台稽古中の一枚を取り出した。共演の俳優と一緒に何か下にあるものを穏やかに見つめている一枚だった。

「これは二人して何を見つめている所なんだろう?」


「それ、『ガラスの動物園』の衣装よ。二人が見ているのはガラスの動物達なの」



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