第2話


屋敷の中の書斎のような部屋の扉に一定のリズムでノックを鳴らし、アンバーは部屋主の返事が来る前に勢いよく扉を開いた。


「おかえりアンバー。相変わらずだな」


声の主は書斎の椅子に腰を掛け、アンバーが扉を開いた瞬間に読み掛けの本を閉じて口を開く。

顔を上げて此方に顔を向けた人物を見るなり、アンバーは目を輝かせた。


「マスター!久し振り!」


「ああ、久し振り。ギルドは楽しかったか?お前のことだから好き勝手やってるんだろうが」


「マスターが何も言わないからなー、好きにさせてもらってるぜ」


マスターはその呼び名の通り、最高峰の冒険者であるアンバーのマスターだ。

アンバーよりも低い背丈と細身な身体、微弱にしか感じられない魔力は明らかにアンバーよりも弱そうではあるもののアンバーからすれば彼は立派なマスターであって、それを否定しようものなら直ぐ様首が斬られるだろう。


「最近のギルドはどうだ?昔は外見的にも内面的にもかなり汚い場所だったんだけど」


「あー、今もそれなりに汚いけど....それよりマスター、この森何て呼ばれてるか知ってる?」


「この森?名前なんか無いただの辺境の森だろ」


「それがさ、今日はじめて知ったんだけど、俺達が住み始めたせいで"黄昏の魔境"とか言われてんの!笑うの堪えるの必死だったぜ」


「黄昏の魔境....?ちょ、冗談だろ?いやいや人間のセンス笑えるなァ!逆に拍手してやりたいくらいだ」


黄昏の魔境というなんとも言えない命名センスに二人が笑い声を上げるが、問題はそこではなかった。

ただの森だった場所が黄昏の魔境と呼ばれ始めたのは"俺達が住み始めた"せいだとアンバーが述べていたが、その何気ない一言は人間側からすればかなり大切な情報である。

彼らの家とその周辺はもれなくギルドの特別危険指定ダンジョン扱いだというのに暢気なものだ。


アンバーがコットに何度頼まれても報告書を書こうとしないのは、曰く「自分の家の情報晒す阿呆いないでしょーが。てかここの情報ばらしたら俺の首があぶねぇし」とのこと。

事実、マスターは自分の屋敷を大っぴらに公開するのは避けたいらしく、アンバーにはこの森のことに関して何も話すなと言ってある。


「....はー、いくら本物の魔境に近い環境になったとはいえそんな命名するもんかねぇ。まぁいい。此処まで辿り着いて生きて帰れる奴が居ないんだし魔境扱いもしょうがないよな」


実は黄昏の魔境にいい素材を求めて入ってきた冒険者は少なからずいたが、帰らない者が大半で良くても皆が皆屍となって森の手前に投げ捨てられていたのが少数だ。

そんなやり口から高い知能を持つ魔物が森の奥にいるともギルド内では噂されているが、その魔物に遭遇したとしても逃げる前に消されてしまうのが落ちだと知っている賢明な冒険者達はいくらギルドから頼まれようと絶対に森に入ろうとはしなかった。

実際はアンバーやドクター、その他の住人が手合わせと称して戦闘に巻き込んだり素材が欲しいからと屋敷に引きずり込んだりしているのであって知能を持つ魔物などいないのだが。


「あ、アンバー。お前魔力足りてるか?」


「少し欲しいかなー、ぐらい。くれんの?」


「明日からちょっと人里に降りてくるからお前ら全員に補充して回ってんの、お前が最後から二番目。ジェダイトだけ全然見当たらなくて補充終わってないから、見掛けたらお前がラストだっつっといて」


「はぁい」


返事を返すなりマスターの目の前にアンバーは跪く。

マスターはアンバーの額に手を翳し、呪文のような言葉の羅列を発音すると、アンバーの腹部が鈍く橙色の光を帯び、どことなくアンバーも血色がよくなった。


「ほい、補充完了。コアが光るのもうちょっと控えめになるように改良したいな...」


マスターはアンバーの服を捲り、腹部に埋まる橙色の大きな石をまじまじと見詰めては呟いた。


「えー、俺この光る演出好きだからそのままでいいって。俺の意思を尊重したいって言うならこれはそのままでいーの、」


「うちの自動人形オートマタ様は我儘だなァ....ま、それだけ良く出来てるってことだしな、俺の腕に免じてその我儘聞いてやるよ」


アンバーの要望に応えるマスターはどこか自慢げに目を細めた。


「....人並みの人格を持つなんてなァ........流石俺の自慢の自動人形オートマタだ」



Sランク冒険者、アンバーは作られた人間だがそれを知る者はいない。

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