異世界から帰ったら周囲の異世界の考え方にイラついたので現実を見せることにした。

希望の花

雲の上から

異世界転生、異世界転移、VRMMO。

現実とは全く異なる世界に憧れを抱く人は多いと思う。


 でもそれは現実逃避をしたいという言葉を異世界に行きたいという言葉で表しているだけだ。


 こっちで上手く世を渡っていけないから、この世界とは合っていない。僕、私は本当はこの世界に生まれるんじゃなくて、他の世界で生まれるはずだったんだ。と思い、人間は異世界という概念を作り出した。




「おー。なかなかにいい始まりだねー。続きお願いしていいかな?」


 隣に立つ手足のスラッとした女教師の三上彩が続きを催促してくる。


「わかりました」


 生徒はその催促を受けて、持っていた紙を教室の床に捨てた。


「ちょ、ちょっと、加瀬君。紙を捨てたらスピーチできなくなりますよ。折角夏休み頑張って書いてきてくれた物なのに......」


そう言って生徒が落とした紙を拾った三上先生は目を軽く見開いた。その紙には何も書かれていなかったのだ。


 生徒は机を叩き、眼前に広がる39人に向けて


「これからお前らが見るのは、俺が造り出した幻想でも、夢でもない。現実だ。お前らの欲望が産み出した空想の現実だ」


 そう言い放つ。


 その言葉に誰もが困惑を顔に出す。


 だが、加瀬と呼ばれた生徒は自身の右腕を真上に伸ばし、指を鳴らす。


 途端、教室の外壁が消え去り、宇宙空間のように世界が黒に塗りつぶされる。ありえない光景に誰かが声を上げる前に、また景色が反転し、白い雲の上に全員が降りる。




「どうなってんの?雲の上に立ってる......」


「智樹君、これ、どういう状況?教室から空までどうやって翔んできたの?」


「智樹?」


「どういうことなの?」




 様々な視線が向けられた先で智樹は


「言っただろ」


 そう言って雲のさらに上を仰ぐ。それに釣られた数人の生徒が顔を上に向けた時、空が金色に輝き、一つの泡が落ちてくる。




「え、え?」


「なんで!?」


「智樹が二人?」


 その泡の中から見える人物の顔に、また声が上がる。


 泡はそのまま流れるように智樹達を無視し、雲の下へと降りていく。


「あ、」


 一人の女子生徒が泡を追いかけて走り、一瞬開けられた雲の穴に身を出す。


「どうしたんだよ、皆川。」


「中世ヨーロッパ?いや、それよりもっと古い王朝?」


 皆川のその言葉に全員が下を見るが、既に雲の穴は閉じていた。


「皆川、何が見えたんだ?」


「遥奈ちゃん、教えて」


 次々とクラスメイトが集まる中で、皆川遥奈は必死に頭を回していた。やがて、考えがまとまったのか遥奈は口を開いた。




「多分だけど、ここは現代日本ではないわ。そして、おそらくだけど西暦2000年にもいっていない。建造物から推測すると昔のヨーロッパという印象が強いけれど......」


そう言って遥奈は視線を智樹へと向ける。


 詳しい説明を。そう言っている視線を横目で流しつつ智樹はため息をつく。


「お前らさ、ここに来る前に俺は何の話をしてた?異世界の話をしてただろ」


「じゃ、じゃあ、ここは異世界だって言うのか!?」


「え!?じゃ、じゃあ美人で優しいお姫様は!?」


「何!?魔物とかもいるのか?俺のチート人生の始まりだぜ!」


「私、イケメンの王子様と結婚したーい」


「私はお金儲けをしたいな」




 異世界であると断言した途端、全員が騒ぎ始める。


 無理もない。北海道屈指のバカ校なのだから。空気を読むこともできない。上手くいかない現実を嫌い、創られた自分が活躍できる世界に入り浸ってきた彼らだ、異世界という非現実的な言葉は関心しかないのだろう。


「黙れ」


 ざわめくクラスメイトを智樹は一喝する。


「確かに雲の下からは異世界だが、ここはまだ狭間の位置だ。地球と異世界とのな。」


 それを聞いたクラスメイトの何人かが唐突に立ち上がり、雲の端へと走り始める。その光景を眺めながら智樹は手の平を彼らに向ける。


拘束バインド


 瞬間、雲の中から鎖が飛び出し、走り出した5人をまとめて縛り上げる。


「何すんだよ!」


「今から異世界に行くんだろ!?先に行ったって別にいいじゃねえか!」




 智樹はまたため息をつく。


「お前らさ、俺がさっき言ったこと覚えてないのか?『今からお前たちが見るのは』って言ったんだ。お前たちはあくまで見るだけだ」


「加瀬君、どういうこと?」




「俺が夏休みの間体験した世界を、お前らに見せる。勿論、ただ遠くから眺めるんじゃあない。俺が実際にみて、どう感じたか、まで徹底的に体験させる。」




「もっと詳しく説明しろ!」


「無理だね。これが十分過ぎる説明だからな」


 頭上からの太陽の光が一層強くなる。




「お前らの言う異世界は、理想郷なんてものじゃないことを教えてやる。『感覚体験エクスペリエンス』」


 指と指が音を鳴らし、太陽の光が滝の様に降り注ぐ──




「これで考え方を少し変えてくれ......」

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