第3話 黒子

 王女マリアンヌは人目を避けるため王国の外れにある別邸に居た。


「侍女長は教育熱心だったのね、知らなかったわ。今は元侍女長だけれども」

「……あれは、物覚えが悪かったに過ぎません。私とて本意ではありませんよ」


 身代わりになったマリア達に教育を施したのは侍女長とその部下たちだ。約一ヶ月で王女の身代わりを仕立てるのは苦労した。同じ事をもう一度やれと言われたら自分はこの職を辞すると思う。マリアンヌの言った通り元侍女長だが、いつでも戻ってくれて構わないと言われている。王女に報告はしていないが。

 

「上手く行くでしょうか……」

「ふふ、心配性ね」


 帝国の使者は王ではなく、偽王女マリアが対応した。使者は王女が影である替え玉だとは思いもしなかったはずだ。王族として余りに礼にかけているからだが、マリアンヌは帝国に尻尾を振った王である父親も欺いていた。人目を避けているのはそのせいでもある。

 王国には現在三名後継ぎがいるが、全員女性で、内政強化で姉である第一王女は既に結婚していて王位継承権は夫に移っている。このままだと腹違いの妹が婿を取り王国を継ぐか、もしくは、将来産まれてくるはずの姉の子供が継ぐ事になる。


「でもこれで後継者争いからの離脱ね……、今までの苦労が水の泡」

「マリアンヌ様……」

「なんて、思っていてくれたら助かるのだけれど」


 水面下で行われていた後継者争い。姉も妹も自分だってこの国の先導者になるために生きてきた。道半ばで王命で潰されたが、身代わりを立てる事で回避出来た。暗躍するなら今が好機だ。


「お爺様の子飼いの者が近くに住んでいたはず、まずは接触してみましょう」


 その子飼いの主な任務は情報収集と暗殺なのだが、そのことを元侍女長は知らなかった。情報は秘匿するものだし、暗殺を依頼する訳でもない。自分はまだまだ若輩者だ。優秀な統治者であったお爺様の話でも出来れば今は満足だ。


「マリアは今どの辺かしらね……」


 復讐してくるほどの気概がある少女だとはとても思えない。帝国を牛耳る才覚もないだろう。自分の代わりに帝国の慰み者になるのがお似合いだ。王女はそう本気で思っていた。

 途中で死んでも別に構わない。そうなれば、今度は妹が帝国に送られるかもしれない。そう思うと自然と口角が上がってしまう。

 元侍女長は王女が異常なのではなく、王族が異質なのだと、震える心を押し殺した。

 



 

  


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