第33話 麻痺

 姉貴と仲が悪くなったのは割と最近、三年くらい前だった。

 理由はくだらない、と言われるかもしれないようなことで、自分でも何でこんなに固執してるのか分からない。

 それでも当時の自分にとっては大きなことで、自分の中にあった姉貴の信用は全て無くなった。

 元々家は居心地が悪くて、ぶっちゃけ姉貴と一緒にいれたからいたようなものだ。

 その姉貴とも仲違いして、私は全く家に居つかなくなった。

 放課後はいつも梢殺の家に入り浸って、食事と寝るためだけに家にいるような感じ。

 梢殺は『広い家なのにもったいないねぇ』なんて言うが、広いのは見た目だけ。私の居場所は狭くて、梢殺の家の方がよっぽど広く感じる。

 いつも家に知らない大人が来て、その人の目を感じる。

 やることなすこと思想まで全部評価されて、それが家に繋がるからと親に言われる毎日。

 私は家族だが、家そのものじゃない。

 そんな窮屈な家が苦手で私は逃げている。

 親からは叱言を言われたが、聞き流すようになるまでそう時間はかからなかった。

 梢殺は幼稚園の頃からの付き合いだ。

 小さい頃は自然と目が合って話してたってのに、今じゃ背も胸も一丁前に育ちやがった。変わってないのは性格だけ、一番変わって欲しいところなのに。

 その無駄に体の成長に使ってるエネルギーを頭に回すか、私に分けるかして欲しいものだ。

 自由気ままでいつもボーッとしていて、放っておいたら風に飛ばされるかフラフラどこかに行って消えてしまいそうだ。

 いつも人から見られている私とは正反対で、そこは素直に羨ましい。

 そんな消えそうな梢殺がいなくならないように一緒にいたら、何だかんだ高校まで着いてきてしまった。

 高校に入ってから何となく一緒にいるようになった友達、それが大刀石花だ。

 梢殺ほどじゃないけど、大刀石花も結構ボーッとしている。というか、物事に関心が薄そうに思える。

 人付き合いはするし、話しかければ普通に答えてくれる。

 でも逆に言えばそれだけ。大刀石花から何か聞かれたことなんてほとんどない。

 それは私に限らず全てにそうで、面倒事には基本的に関わらないようにしている。

 だからこそ四月の終わりくらいに、キーバトルで入院したって聞いて驚いたけど。

 龍虎祭の話が出た時、梢殺と大刀石花を引っ張り込むのは決めていた。というより、他に組もうと思うヤツがいなかった。

 となれば問題は最後の一人だ。

 なんて勿体ぶってみるが、実際のところ目星はつけていた。

 海金砂 瘧。ウチのクラスで知らない人はいないだろう、最悪な意味でだけど。

 キーが使えない、それだけでイジメを受けてるって噂はちょいちょい聞いていた。

 心底くだらない、そう思う一方で、使えないことについて気にはなってた。

 実際一度話す機会はあったが、何故か途中で不機嫌そうに帰っちゃったからロクに話せてない。

 そしてある日、海金砂が大刀石花と共に入院したことを知った。

 詳しいことは聞かされなかったけど、いじめてた側も入院したって噂を聞いた時、頭の片隅にあった予想は確信に変わった。

 アイツはとんでもない才能を秘めている。最後の一人は海金砂しかいない。

 ただ話すきっかけがなくて、どうしたものかと思ってたけど、幸いにも大刀石花と仲良さそうで、私が誘う前に組んでいたらしい。

 向こうも私と組む気だったから、私ってばツイてるよねぇ。

 梢殺も引っ張り込んで、ついに私の求めていたチームが完成した。

 やる気は無いわ、チームワークは無いわでめんどくさいが、私が求めていた居場所だ。




「よっしゃ!行くぜぇ!」

 五百先輩達と私達、その間に割り込んだ歩射は敵へと突撃する。

「馬鹿な………何故体を動かせる?」

 どうやら毒にやられた私が動けるのが予想外だったらしい。五百先輩達が目見開いて驚いてやがる。

 いや、五百先輩達だけじゃない、周りの人達みんな、私だってそうだ。

「大刀石花、あれどういうこと?」

「いや、私に聞かれても………」

 どうやら大刀石花も何のことだか分からないようだ。

「オラァッ‼︎」

 歩射が銃の引き金を引いて乱射する。

 たしかに大抵ならこれで怯んで倒せるけど、先輩達はそうはいかない。

「こうなれば………やむを得まい!椿!」

「ハイハ〜イ!」

 絡新婦先輩は五百先輩の肩をポンと叩き、五百先輩の姿へと変身する。

 それを確認し、五百先輩の手から再び冷気が発せられた。半端なものではあったが氷を作り、一時的に私の脚を床に縫いつける。

「「はっ!」」

 二人は凍らせると同時に素早く矢をつがえて発射する。

 歩射は避けることが出来ずに、二本の矢は私の胸に突き刺さる。足元の氷が砕け後ろに飛ばされた。

「ぐっ!」

「「歩射!」」

 確実に急所を射抜かれて歩射は倒れる………はずだ。

 しかし歩射は膝をつくこともなく、フラついた脚で立ち直り顔を上げた。

 その顔は苦痛に歪むどころか笑っている。

「全ッ然、効かねぇなぁ!」

「何だと⁉︎」

 自分に突き刺さった矢を力任せに引き抜き、歩射はまた駆け出した。

 並んでいる二人の五百先輩片方に二つの銃口を向けて乱射する。

「きゃあッ⁉︎」

 撃たれたのは絡新婦先輩の方だった。状況に追いつけず、体勢を崩してしまう。

 さらに追い討ちをかけようとするが、寸前で光弾をバク宙でかわした。

「チッ!仕留め損なったか」

「歩射、大丈夫なの?」

「見て分かんねぇのかよ。ちっとも痛くないから、全然問題ないっての」

 そうは言うが、顔色は悪いままだし矢の刺さった箇所からは血が溢れ出ている。

 あんな攻撃受けて痛くないって、そんなことあり得ないだろう。

 ボロボロになった歩射にみんなが戸惑っている。

 しかしその中で、五百先輩だけは何かに気がついたようだ。驚愕に目を見開く。

「ッ⁉︎まさか九十九、貴様………!」

「おっ、やっと気がついたか?」

 心底面白そうに歩射は笑った。梢殺の肩をポンと叩く。

「梢殺はあらゆるものの存在感を消せる。人はもちろん、大刀石花の転移陣もな。そして、感覚ですらも」

 その言葉で全員が気がついた。そして唖然としている。

 予想外、なんて言葉じゃ言い表せない。めちゃくちゃだ。



「くっ!やはりそうか。貴様、痛覚の『存在感』を消したな」



「そういうこった。中々イカしてるだろ?」

「だろ〜」

 二人揃って胸を張る歩射と梢殺。

 動物にとって痛みは危険信号だ。身の回りの危機に対して警告を発して、自然と近づけなくさせる。

 それを取っ払ってしまえば、どんな危険も顧みず戦う無敵の戦闘マシンと化す。

「ヒヒッ!いいないいなぁ、その表情。姉貴のそういう顔見てみたかったんだよ!」

 ニヤッと笑った歩射は、もう狂ってるとしか思えない。それでもどこか頼もしいと思ってしまうのは、味方だからだろうか。

「この世界で最も強い兵士ってのは、痛みを感じないヤツだ。姉貴だってよく知ってるよなぁ?」

「九十九………そんなマネをして、身体が長く保つわけがないぞ」

「だろうな。正直気抜いたら今にもぶっ倒れそうだもん。私だけじゃない、梢殺も毒喰らってるからな。たぶんその内倒れる」

 そうか。梢殺がさっきから毒の効果が表れてないのも、感覚を切ってるからなんだ。

 よく見たら歩射と梢殺の足元がおぼつかなくなってる。

 ダメージが認識出来ていないだけで、しっかりと身体にダメージは蓄積されている。

 そんな状態で戦えば、限界が来るのも時間の問題だ。

「でもなぁ、別に構わねぇんだよ。姉貴ら全員の度肝抜いてやれるなら、それで充分だ!行くぞ梢殺!」

「よ〜し、道連れだ〜!心中だ〜!」

 梢殺、今すごい不穏なこと言わなかった?

 止めようとする前に歩射と梢殺は飛び出してしまう。

 二人は揃って絡新婦先輩に襲いかかった。

 私と大刀石花はもう唖然とするしかない。

「ど、どうする、大刀石花?」

「はぁ………もう二人を助けるしか無いでしょ。でなきゃ私達で三人相手することになるし」

 額を押さえてため息をつく大刀石花。

 刀を構えると歩射達の近くな転移ゲートを開く。

「歩射、梢殺。さっさとトドメ刺して」

「あぁ!」

「任しとけ〜い」

 歩射は梢殺と共に、絡新婦先輩をゲートに引き摺り込んだ。フィールドの端まで転移する。

「マズい、今の椿では………!」

 五百先輩がすぐに助けようとするが、その前に私がドーム状のバリアで先輩達の動きを封じた。

「どうやら、海金砂の読み当たってるっぽいね」

「貴様ら………気づいていたのか」

 大刀石花の言葉に、五百先輩は悔しさに顔を歪めた。

 絡新婦先輩の変身能力。どんな能力もコピーできる万能の能力に見えるが、実際はそんなことない。

 今だってそうだ。もし万能なら、大刀石花に変身して転移で逃げることだってできる。私の能力で攻撃して距離を取ることも。

 それだけじゃないさっきまで戦ってた人達の能力を使えば、もっと上手く立ち回れてたはずだ。

 それをしなかった、つまりやれない理由があったんだ。

 先輩は誰かれ構わず変身出来るわけじゃない。

 おそらく変身する者に触れなければならないんだろう。

 大刀石花、歩射、五百先輩。三人変身した時も、絡新婦先輩は彼女達に一度触れていた。

 逆に私には一度も触れてない。だから変身出来ない。

 それなら何で一度触れた大刀石花や五百先輩に変身しないのか。

 理由はきっと、触れてから変身出来るまでに時間制限があるからだ。この状況で、さすがに出し惜しみするはずがない。

 ついさっきまで変身してた五百先輩に変身していないってことは、その時間もそこまで長くないはず。

 つまり今絡新婦先輩が変身出来るのは、戦って触れている歩射と梢殺だけだ。

 それをさっき話したのだが、だからと言ってこんなことをするとは。

「私に化けて撃つなり、梢殺に化けて斬るなり好きにしろよ。全然効かねえけどなぁ!」

「おりゃりゃ〜!」

 広い範囲で攻撃できる歩射が絡新婦先輩の行動範囲を狭めて、リーチの長い梢殺が細かい動きを封じた。

 話さずともお互いの足りない動きを補い合い、確実に追い詰めている。

 絡新婦先輩も軽やかな動きで攻撃をかわそうとしているが、さっきまでのダメージもあってか動きは鈍くなっていく。

 一方で歩射と梢殺は、蹴りも斬撃も物ともせず特攻している。先輩にしがみつき確実に追い詰める。

「ちょッ!五百、大蛇!ジョーダン抜きで助けて、ぐっ⁉︎」

「つ〜かまえた!とりゃあっ!」

 梢殺が絡新婦先輩の後ろに回り、大鎌の柄で彼女の首を押さえた。

 瞬時に歩射が距離を詰める。

「め、めちゃくちゃすぎるヨ、キミ達………」

「当たり前だろ、これは戦いなんだから」

 梢殺にダメージが入ることも構わず、先輩の腹に銃口を突きつけた。



「戦いってのはなぁ、イカれた方が勝つんだよ」



 姉である五百先輩に見せつけるように笑い、歩射は引き金を引いた。

 けたたましい銃声と光弾の眩い光が会場を包む。

 轟音と光が収まり、全員が結末を固唾を飲んで見守る。

 押さえつけられていた絡新婦先輩は、血塗れだ。服は擦り切れ、双剣が滑り落ちて床に突き刺さる。

 力が抜けて崩れ落ちる。

「まったく、ジョーダンじゃないっての………」

 それが最後の言葉となった。瞼が閉じて、身体が動くことはない。

「っしゃあ………やったな、梢殺」

「いぇ〜い………」

 二人は腕を上げてハイタッチした。

 その直後、全ての力を使い果たしたかのように、床に這いつくばる。

 もう動ける状態じゃない。そんなことボロボロの二人を見れば明らかだ。

 絡新婦先輩を押さえつけていた梢殺は、歩射の攻撃を喰らって服に血が滲んでいる。

 歩射に至ってはもっと酷い。顔色は真っ青だし、未だに血が溢れ出ている。服のダメージが大きすぎて、一部はもはやただの布切れだ。

「がはっ!歩射、バンバン撃って酷いよ〜………お弁当たっぷり貰うからね〜………」

「ぐっ………帰りに何か買ってやるから、ほどほどにしろよ………」

 笑い合った二人は頭だけ起こし、私達を見つめる。

 自分達の使命を果たし切ったかのような、清々しさすら感じる笑顔だ。

「お前ら、後は頼んだぞ。降参とかしたら、ぶっ飛ばすからな………」

「それじゃあ、おやすみ〜………」

 私達に向けてグッと親指を上げると、身体の力が抜けて二人は目を閉じた。

『こ、これはまさかの展開だ!Ms.Phantom、99 Bullet、Grim Reaper、ダウン‼︎』

 実況の声にも負けない歓声が、倒れた三人の健闘を讃えた。

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