第30話 豹変

「死ねやぁッ‼︎」

 見た目も性格も豹変した海鏡先輩は跳び上がって私達の遥か頭上へと迫ってきた。鋭い爪が襲いかかってくる。

「か、回避‼︎」

 歩射の合図で私達は素早くその場から飛び退く。その直後に海鏡先輩が床に直撃して、爪が突き刺さる。何とか斬り刻まれるのは回避できた。

「うわっ‼︎ちょ、何なに⁉︎」

「えっ、あの人どうしたの?」

「すごい威力………」

 突然の出来事に会場は騒然となった。しかし試合を止める理由は無いのか、みんなが眉を顰めて様子を見守っている。

「おいおい、逃げてんじゃねぇよ」

 そんな中、海鏡先輩はゆったりと立ち上がる。あれだけの高さから床に直撃したにも関わらず、身体には傷一つない。

 さっきまでは身体の一部だけを変化させていたが、今は身体の半分以上が化け物のように変化している。とても人間には見えない。

 試合が始まる前は緊張でガチガチになっていた人とは思えないような獰猛な笑みに、本能的な恐怖を感じる。

「えっ、何あれ⁉︎」

「怒らせちゃったのかなぁ?」

「それだけであそこまで変わらないと思うよ」

 たしかに怒って性格変わる人もいるけど、先輩の豹変はどう見てもそんなレベルじゃない。人が変わるにしても限度がある。

 あんな姿になったことからもそれは間違いないだろう。

「おい、クソ姉貴‼︎あの先輩どうした!」

 歩射が振り向くと、五百先輩は苦虫を噛み潰したような顔で叫んだ。

「くっ!………ハーム!やめろ!」

 ハーム?………何のこと?

 よく分からないが、海鏡先輩は五百先輩の方を振り向き睨みつけた。

「五百か。んだよ、テメェまでアタシの食事の邪魔しようってのか?」

 さっきまで誰にもさん付けだったのに、五百先輩にすら呼び捨てになっている。明らかに様子がおかしい。

 五百先輩は周りの目線を気にしながら必死に叫んだ。

「今は試合中なんだ、お前は出てくるな!」

「ハッ!冗談よせよ。久々に好き勝手に喰そうなんだ、しばらくは遊ばせてもらうぜ」

 五百先輩の叫びを鼻で笑い、海鏡先輩は私達を見て舌舐めずりをする。

「よく分かんねぇけど、もっぺん吹き飛ばすか!」

 歩射は素早く思考を切り替えて銃を構えた。引き金を引き光弾を撒き散らす。

「甘ぇんだよ!」

 しかし海鏡先輩は叫ぶと、光弾に怯むことなく立ち向かって駆け出した。

 屈折した脚はバッタのような脚力を持っているのか、光弾を余裕で避けて歩射の目前まで迫ると体を回転させる。

 助走をつけた蹴りが歩射の腹にめり込んだ。

「吹き飛べぇッ‼︎」

「ガハッ⁉︎」

 小柄な身体から放たれた蹴りとは思えない威力に、歩射は血を吐いて会場の端から端まで吹き飛ばされる。

「歩射!」

 私は反射的に叫び身体が動いていた。

 氷壁に激突する前に、歩射の背後に転移ゲートを展開させる。

 その中に飲み込まれた歩射は、私の目の前に転移された。歩射を抱きしめて受け止める。

 しかし勢いを殺し切れずに、私達は諸共後ろに倒れた。床を転げ回り、何とかフィールド内に収まる。

「ぐっ!か、歩射………大丈夫?」

「ゲホッ!はぁ、くっ………あ、あぁ」

 歩射は苦しそうに頷いた。余程強い蹴りだったのか、腹を押さえて口元の血を拭う。

 そんな私達の体勢を立て直す時間も与えてくれず、また海鏡先輩が飛びかかってくる。

「オラァッ‼︎」

 すかさず受け身を取ろうとするが、ダメージのせいで身体が上手く動かず刀を振るえない。歩射もすぐには動けない。

 海鏡先輩が牙を剥いて、私達に腕を振り上げる。

「大刀石花、歩射!」

 私達が切り刻ませる寸前、目の前に光のバリアが生まれた。先輩の爪が阻まれて弾かれる。

「っと。何だぁ?」

 弾かれてもバランスを崩すことなく海鏡先輩は着地した。首を回してバリアの発生源の方を見る。

 そこには私達に向けて手を向けている海金砂がいた。

「テメェ、邪魔してんじゃねぇ‼︎」

 私達に向けられていた拳が、今度は海金砂に向けられた。人間離れした脚力で、一瞬にして海金砂に肉薄する。

「ア゛ァァッ‼︎」

「はぁっ!」

 海金砂もすぐに防ごうとバリアを展開させた。バリアと拳がぶつかり、震えた空気がこっちにまで伝わってくる。

 力強い拳にバリアが僅かに歪み、海金砂は押され気味になる。

「ぐっ!」

「弱ぇ‼︎」

 何とか防いだかに見えたが、再び放たれた海鏡先輩の拳によって、バリアはガラスのように砕け散った。

「きゃっ⁉︎」

 バリアの破壊による反動で、海金砂は吹き飛ばされた。しかしすぐに腕をついて顔を上げ叫ぶ。

「梢殺、今!」

「はいよ〜」

 海金砂の合図で、気配を消していた梢殺が海鏡先輩の真隣に姿を現した。鎌を大きく振りかぶりスイングさせる。

「よいせ、っと!」

「ッ⁉︎」

 予期しない梢殺の攻撃を、海鏡先輩は跳んで避けようとする。

 しかしいくら身軽でもここまで近づかれては攻撃を避けることはできない。

 梢殺の刃は海鏡先輩の腕を深く切り裂いた。すかさず海金砂がその後ろからエネルギーボールを放ち、海鏡先輩を吹き飛ばす。

「やぁっ!」

「ぐはッ⁉︎」

 しかしさっきは歩射と海金砂の連携で吹き飛ばせたが、今度はそうはいかないようだ。

 宙を舞いながらも海鏡先輩は身体を捻らせて、フィールド外に飛ばされる前に着地した。長い爪を床に突き立ててブレーキにして勢いを殺す。

「──────ッ‼︎へぇ、思ったよりやるじゃねぇか。面白れぇ、一方的に殺すんじゃつまんねぇからな」

 思ったほどにダメージを与えられていない。あの姿になった影響なのか、耐久力も上がっているようだ。

「何なんだアイツ………」

「さぁね。でも、このままだとマズいのは確かだよ」

「降参しとく〜?」

「それで止まってくれるなら、ね」

 私は歩射に肩を貸して立ち上がった。刀を握り直して身構える。

 私も今すぐに降参したいところだが、どう見ても狂ってる海鏡先輩が降参したところで攻撃を止めてくれるかどうか………

「さぁて、そろそろ一匹くらい仕留めてぇなぁ」

 こちらに狙いを定めた海鏡先輩が、口元を歪めて身を屈める。

 こうなったらやれることをやるしかない。

 私達がどう出るかを思案していると、私達と海鏡先輩の間に割り込むように氷の矢が降ってきた。

「あぁ?」

 床に突き刺さった矢から氷が広がり、下手に進めばまた足が凍りつく。

「そこまでだ」

 矢を放った五百先輩、そして屍櫃先輩と絡新婦先輩が海鏡先輩を取り囲む。

「ハーム、それ以上やるならこの場で貴様を狩るぞ」

「五百。テメェ………」

 海鏡先輩に睨まれて、五百先輩は次の矢を弓につがえる。

 おっ、このまま海鏡先輩を止めてくれるのかな?

「協力には協力で、拒否には拒否で返す。貴様が私達の制止を拒否するなら、私達も貴様の欲を拒否させてもらおう」

「彼女達は、侮ると危険」

「せっかく暴れるなら、アタシ達と暴れるよーヨ!」

 屍櫃先輩と絡新婦先輩にも言われて、海鏡先輩はめんどくさそうに舌打ちをした。

「チッ!仕方ねぇな」

 一旦とはいえ攻撃をやめた海鏡先輩に、五百先輩は口元を緩める。

「それなら、仕切り直しといこう」

 四人は立ち並び、各々武器を構えた。

「えっとぉ………歩射、これどういう状況?」

「知るかよ。まぁ、あのイカれた先輩の餌にはならずに済んだみたいだけど………こりゃ面倒になったぞ」

 さっきまでやる気に満ちていた歩射も、ここまでやられて引き腰になっている。

 どうせならこのまま暴れて欲しかったな。そしたら五百先輩が止めてくれたのに。

「何か作戦とか無いの?」

「そうだなぁ………あっ!海鏡先輩を上手いこと煽ってさ、闘牛よろしく氷の壁に激突させるのどうよ。壁か先輩が崩れてくれたら、割と楽にならない?」

「なるほど、それはいいね。そのためにはまず………」

「何グダグダくっちゃべってんだよ‼︎」

 私が言い終わる前に、海鏡先輩がこっちに突っ込んできた。慌てて転移ゲートで全員を安全な場所に転移させる。

 私と海金砂が右に、歩射と梢殺が左に散った。

「煽る余裕を手に入れないとだね」

「できる?」

「無理っぽいかな」

 顔を引き攣らせた海金砂に、私も苦笑いで返した。

 機動力が高すぎる。何とか煽れても闘牛みたいにギリギリで避けるのが難しい。

「おいハーム、勝手に突っ込むな。まったく………いくぞ」

「あぁ」

「りょーかい!」

 足並みは揃えられなかったものの、五百先輩達も私達へと突入してきた。

「梢殺、全員消せ!」

「あいよ~」

 歩射の指示で、梢殺が私たちの姿を消した。気配を消して先輩たちの後ろに回り。体勢を立て直す。

「歩射、どうするの?」

「とにかく今はアイツらの動きを止める。海金草、屍櫃先輩を頼む。毒で麻痺されたら終わりだ、エネルギーでふん縛るか閉じ込めるかして動きを止めてくれ」

「わかった」

「梢殺は私と一緒に姉貴と絡新婦先輩の相手だ。万が一凍りつくか絡新婦先輩の妨害があったら私が対処する」

「はいは~い」

 海金草が屍櫃先輩、梢殺と歩射が五百先輩と絡新婦先輩を相手するのか………

「となると私は………」

「あぁ、海鏡先輩の相手は大刀石花がしてくれ」

「えぇ………」

 嫌な声が出てしまうのも無理ないでしょ。一番嫌な役回りじゃんか。

「なんで私が?」

「仕方ないだろ。海金草のバリアがぶっ壊されたんだぞ?防御じゃかなわないんだから、転移させて私たちの邪魔をさせないでくれ」

「無理だって。秒速でやられるから」

 あんな身体能力持ってる人を一人で相手できるわけがない。転移ゲート展開させる前に吹っ飛ばされて終わるって。

 すると海金草が顔を上げて頷いた。

「それなら、私が大刀石花を手伝う。守りながらなら、転移させる余裕もあるでしょ?」

「えっ?大丈夫なの?」

 これまでは攻撃力の強い相手でも、大体海金草がのバリアで何とかなった。しかし先ほどそのバリアが破られて吹き飛ばされたのだ。今度はどうなるか分からない。

「破られたのだって一発じゃないし、傷ついてもバリアを再構築すればいける、と思う」

「思うって………」

「大丈夫。大刀石花は私が守るから」

 おぉ、海金草がいつになくやる気だ。さっきやられたというのに恐怖よりも頼もしさが感じられる。

 ここまで言ってくれてるんだし、ここは頼らせてもらおう。

「分かった。頼りにしてるよ」

「うん」

 どこか嬉しそうに微笑を浮かべて海金草が頷いた。

「それなら梢殺、基本的に私達全員の気配を消しといてくれ」

「見てる人混乱しない?」

「知るかそんなん。よし、行くぞ!」

 梢殺が気配を消してくれたのを確認して、私たちは駆け出した。

「気配を消したか。全員警戒態勢!」

 チームメンバーに号令を出して、五百先輩は弓を構えた。

 こうなったら歩射と海金砂に遠距離から攻撃してもらうか………

「そんなのいいって!アタシに任せなてヨ!」

 あくまで守りを固めた五百先輩の肩を叩いて、絡新婦先輩が前に出た。

 クルッとその場でターンすると、彼女の姿が変わっていく。

 五百先輩と並ぶ長身長が縮んで、私の見慣れた姿へと変身した。

「歩射か………」

「いっくヨ〜!」

 手にしていた双剣はサブマシンガンとなり、私達へと向けられた。

「ヤバい!」

 歩射の姿と能力をコピーした絡新婦先輩により、私達の場所はあっさりとバレてしまう。

 私達が動き出すのと、絡新婦先輩が引き金を引くのは同時だった。

 さっきまで心強い攻撃だった光弾が、今度は私達に向かって撒き散らされる。

「うわわわっ⁉︎」

 何とか弾丸の直撃は避けられたが、おかげで梢殺の能力が解けてしまう。

「そこかぁッ‼︎」

 目線の先にいた私達に狙いを定めて、海鏡先輩が飛びかかってきた。

「今度こそ!」

 海鏡先輩の拳が届く前に海金砂が動いた。バリアを広げて私を守ってくれる。

 バリアは禍々しい拳をしっかりと受け止めて防ぎ切る。軋むような音と振動が鼓膜を刺激する。

「ぐっ!大刀石花!」

「任せて」

 次の攻撃で耐えられないことを知っていた私は、すぐに転移ゲートで海鏡先輩の背後に転移して刀を振るう。

 いくら凶暴化したって人間は人間、背後から攻撃すればいける。

「はぁっ!」

 しかし気合と共に放った刃は、海鏡先輩によって受け止められてしまった。

 弾かれたわけでも、刀を掴まれたわけでもない。刃はたしかに海鏡先輩に通った。

 しかし海鏡先輩の身体はぐにゃんと曲がり、刀の衝撃を吸収し受け止めたのだ。

「えっ⁉︎」

「残念だったなぁ、頑丈なだけがアタシの特徴じゃねぇんだよ‼︎」

 首を回して笑みを浮かべると、海鏡先輩が跳び上がった。

 キツい跳び蹴りが放たれるが、すぐに転移ゲートを展開することで蹴りは転移され、海鏡先輩本人の腹に突き刺さる。

「がぁッ⁉︎」

「海金砂」

「うん!はっ!」

 海金砂がエネルギーボールで追い討ちをかけると、二人揃って間合いを開けた。

 自分の蹴りだ、結構なダメージは入っただろう。

「海金砂、これ私達だけで何とかなる?」

「せめて、誰か一人でも脱落させられれば、もしかしたら………」

 たしかに、それならいけるかもしれない。

 まぁ誰か一人、というより具体的に言うなら海鏡先輩を潰したい。

 それには、まずさっきまでのお淑やかな先輩に戻ってもらわないと。

 どうすればできる?

 原因は不明。でも、海鏡先輩は性格が変わったと同時にあの姿になった。そしてあの姿はキーの能力によるもの。

 つまり、先輩の豹変とキーの能力は繋がってる。それなら、彼女のキーを止められれば、元に戻るんじゃないかな。

 そのために一番いい作戦は………

「シッ!」

「うわっ⁉︎」

 風を切る音で我に帰ると、屍櫃先輩のクローが目の前まで迫っていた。慌てて転移ゲートで攻撃を受け流すと、横に転がって避ける。

「ッ⁉︎反射神経はいいな」

「それはどうも」

 短く礼を言って間を開ける。そこに海金砂が割り込んできた。

「はっ!」

 ロープのようにエネルギーを細く伸ばすと、屍櫃先輩に向かって投げる。

 海金砂の思い通りに動いているのか、あっという間に屍櫃先輩はぐるぐる巻きにされた。

「ぐっ!」

 海金砂に拘束されれば解除は困難。実質一人戦闘不能だ。

「よし!これで………」

「調子乗ってんじゃねぇぞ‼︎」

 安心するのも束の間、さっき吹っ飛ばしたばかりの海鏡先輩が飛び込んできた。息を吸い込み大声を放つ。

「ア゛ァァァ────────ッッッ‼︎」

 とても人が放ったとは思えない声は、凄まじい衝撃を持って私たちを飲み込む。

「きゃあッ!」「ぐっ!」

 あまりの威力に私と海金砂は吹き飛ばされた。同時に海金砂の拘束も解除される。

「オイ、アタシの足引っ張ってんじゃねぇぞ」

「分かっている、助かった」

 吹き飛ばされた私達はフィールドに張り巡らされた氷壁に叩きつけられた。

「「ぐあッ‼︎」」

「海金砂!大刀石花!」

 私達がピンチだと感じたのか、歩射はフルオートで連射して間合いを開けると駆けつけてきた。

「大丈夫か?」

「な、何とか………」

「私は、ちょっと気分悪い………」

 さすがに能力を使いすぎた。頭がクラクラしてくる。

 歩射も攻撃を受けて血を流しているし、梢殺も屍櫃先輩の毒で本調子じゃない。

 この状況を何とかするには………

「歩射、『必殺技』を海鏡先輩に使わない?」

「はぁ?」

 手をついて立ち上がった私は歩射に提案する。

「お前何言ってんだ。あれは姉貴用の最終手段だ、ここで使ったら………」

「今の私達じゃ、そのお姉さん倒す前にあの化け物先輩にやられるって。全員がいないと無理なんだし、やるなら今だよ」

 正直私もここで使うのは惜しい。一度使えば、まず次は使えなくなる。本当の最終手段だ。

 というか使えば間違いなく説教される。

 でも、ここで一人削れれば、その分これから有利にはなる。使うなら今しかない。

「………分かった。梢殺!『アレ』やるぞ!」

「おっ、りょ〜かい」

 歩射の呼びかけに梢殺も私達と合流した。

「とちるなよ」

「努力する。海金砂、やろう」

「うん!」

 海金砂にも手を貸して立ち上がらせると、私達は並び立つ。

「さぁ、いっちょ全員の度肝抜いてやろうぜ、Ragged Useless‼︎」

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