第26話 第二試合

 開会式は無事に終わった。といっても私たちが特に何かしたわけでは無いが。

 よくある運動会の開会式と何も変わらず、校長先生の長めのお言葉だの、来賓祝辞だの、校歌静聴だの面倒なことばかりだ。

 そういえば選手宣誓してたの五百先輩だったな。さすが生徒会長、先生からも信頼されてるんだなぁ。

 開会式が終わり、普通なら控え室に戻るところだが、私達の初戦は第二試合。第一試合が終わってすぐに始められるようにバトルフォールドの側の待機場所で待機している。

 そんなわけで私達『Ragged Useless』は待機場所で試合の様子を見ることになった。

 開会式を経てある程度の緊張は抜けたけど、それでもやっぱり落ち着かない。

 小学生の頃の運動会とかはまったくそんなことなかったんだけどなぁ。やっぱりクラスの代表ってなると、心持ちも変わってくるものだ。

 まぁ、私以上に緊張してそうな人がいるし、あんまり顔には出さないようにするけどさ。

 私はチラリとその緊張してる人、海金砂を横目で見る。

 海金砂の衣装は薔薇の模様が描かれた黒いロングパーカーだ。少なくとも私よりは現代に馴染んでる。

 そんな海金砂だが、いつもより表情が硬い気がする。元々表情豊かな方では無いから………いや、最近は何か違うな。赤くなったり緩んだり変化が激しい。

 とにかくあまりみんなを心配させたくないのか、表には出さないけど緊張しているのは分かった。

 無理に話しかけて余計緊張させても悪いし、ここは静かにさせておこうかな。

「歩射、第一試合ってどことどこが戦うの?」

「ん?えっと………『苺一会』と『Alter Humanity』じゃね?んで、次に私達と『風花M4』だな」

 初戦で三年生と戦うのかぁ。トーナメントはくじで決まったらしいから、先輩と戦う可能性があるのは知ってたけど、先が思いやられる。

「まぁ何とかなるって。それより、着物の着心地はどうよ?身体に馴染んでる?」

「お陰様でね」

 私は着ている青い着物を見下ろしてため息を吐く。

 まさか高校生のうちからこんな派手な格好をすることになるとは。未だに信じられない。

 龍虎祭は一般客も見れるって話だったけど、お母さんに声かけなくてよかったぁ。もし見られてたら帰って何言われるやら。

 これで動きにくかったり変に派手だったら着るのなんてお断りなんだけど、機能性は高いんだよね、この着物。

 さっき適当に身体動かしてみたけど、戦闘に何の支障も無さそうだし、サイズもちょうどいい。

 何なら半袖半ズボンで露出度の高い体操服に比べれば、人前で着るには落ち着ける。

 さらに柄もうるさくないし、開会式でも変な目で見られた感じはしなかった。むしろあのまま体操服で出てたら、それはそれで悪目立ちしそうな雰囲気だったし。

 派手なのにこっちの許容範囲をギリギリ守ってるのが腹立つが、こっちの方がこの場の雰囲気にはあってそうだ。

『それでは、第一試合『苺一会』対『Alter Humanity』の試合を開始します!さっそく選手に登場してもらいましょう!』

「おっ!第一試合が始まるのか」

 アナウンスが聞こえて、歩射が身を乗り出してバトルフィールドを見る。私達も釣られて視線を向けた。

 ちなみにさっきから聞こえるアナウンスや司会進行、実況は放送部の人がやってくれてるらしい。開会式で言ってた。

 緊張している私や海金砂と違い、歩射はむしろ試合を楽しんでいるまである。開会式で吹っ切れたのかな。

「くか〜………すや〜………」

 残り一人のチームメンバーに関してはもはや言うまでもない。座って壁に身を預けてぐっすりだ。

 よくこの状況で寝られるなぁ。試合前にローブシワになるよ?

 呼ばれた代表チームの選手が並び場が整う。審判の合図で、選手達がタレンテッドキーを起動させる。

『第一試合………Ready Fight!』

 試合開始の合図と共に会場が歓声で包まれる。

「やぁっ!」

「はぁっ!」

 各選手達が自分達の能力を最大限に発揮してぶつかり合っている。その熱気は私達にも伝わってくる。

「す、すごいね………」

「うん。予選とは、やっぱり違う」

 呆然と試合を見ている海金砂と私は頷き合った。

 やってる事は変わらないけど、場所とか雰囲気が違うからかな。熱気も迫力も凄まじい。

 この後自分が同じ舞台に立って試合をするのかと思うと、改めて自分の場違い感をひしひしと感じる。

「そういえば、私達特に作戦とか考えてないけど大丈夫なの?」

「は?考えたろ、『必殺技』」

「あれはあくまで緊急事態用でしょ?しかも『月契呪』と戦う時の。第二試合の話だよ」

 そもそも私達サラッと『月契呪』と戦う事前提で作戦会議してたけど、第二試合で負けたらそれまでだ。

 私は別にそれでも構わないが、上に上がるつもりなら第二試合は余裕を持って突破する必要がある。

「とは言ってもなぁ………そりゃ考えようとはしたよ?でもぶっちゃけ、念入りに準備した小難しい作戦なんて性に合わないし。ストレートに勝てるなら、それが一番楽じゃね?」

「勝てるなら、ね」

 まぁ負けたらそれまでってだけの話だ。別にそこまで深く考える必要も無いかな。

『WINNER!『Alter Humanity』‼︎』

 どうやら話してる間に試合が終わったようだ。優勝したチームが拳をあげて喜んでいる。

 観戦していたみんなが両チームに拍手を送り、選手が退場していった。

『五分後に第二試合を開始します。出場するチームは準備してください』

「出番だな、行くか!」

 歩射は立ち上がると、眠っている梢殺を揺すった。

 あれだけの熱気と音に当てられてるにも関わらず気持ちよさそうに寝てるなぁ。

「おーい、梢殺。起きろー」

「ん、ん〜?ふわあぁぁぁ〜…………お弁当の時間?」

 梢殺は大きくあくびをして辺りをキョロキョロと見回す。

 起きて開口一番がそれか。梢殺らしいけど、本当に緊張してないんだな。

「とっととご飯食べたきゃ、試合早く終わらせな。私達がさっさと試合終わらせて、準決勝が終われば、すぐにでもお昼休憩だ」

「おぉ〜!なら頑張る!」

 あぁ、こりゃ負けることは無くなったな。梢殺が本気出しそう。

「『必殺技』以外なら何やっても構わない。派手にカマしてみんなをビビらせるぞ!」

 歩射が気合いを入れて、梢殺と共にバトルフィールドへと向かっていく。

 私と海金砂は少しだけ遅れて後ろを歩いていった。

「海金砂、大丈夫?」

「あ、あぁ、うん………」

 海金砂は今は緊張しているというよりも、物思いに耽っている様子だ。

 あまりにも自分や周りの変化が目まぐるしくて、それを飲み込みきれてない。

 けどそれであたふたするような歳でもなくて、中途半端に体の中に止まってしまっている。

 それは私が分かるようなものじゃなくて、下手に触れない方がいいのは明白だ。

 でも、いや、だからこそ

「海金砂」

「ん?ッ⁉︎」

 私は海金砂の手を握った。いきなり手を握られて海金砂がビクッと身体を跳ねさせる。

「た、大刀石花?」

「ほら、こうしてた方が、ちょっとは気が紛れるかなって思ってさ」

 分からないなりに、勝手に、私は海金砂を励ましてみることにした。

 別に手を繋ぐ必要はなかったかもしれないけど、前に海金砂とデパートに行った時、こうしてるとちょっと心地よかった。

 今の海金砂の手は少しだけ冷たくて、落ち着かないのか私の手の中で蠢いている。

 でもそれとは真逆に、顔は驚いたからか、熱そうに赤くなっている。その変化が面白い。

「これで入場してみる?」

「い、いや………さすがに、人前でこういうのは………」

「デパートの時は人前で手繋いでたじゃん」

「え、あぁ………ほら、一応学校行事だし」

 だから何だ?と思わなくも無いが、さすがに私も学校のみんながいる前で人と手を繋ぐのは恥ずかしい。

「それじゃあ、やめるか」

 元々本気で手を繋いで入場するつもりはなかった。

 しかし私が手を離そうとすると、海金砂は手に力を込めてそれを阻んだ。

 彼女の方に目を向けると、私から少し顔を逸らして目だけ向けている。目痛くならないかな?

「あ、あの………入場まで、こうしてよう、よ………」

「え?もうすぐだけど」

「だから、その………い、一、二分くらい………このままで、いいかな?」

 一応質問の形をしてはいるが、手にこもった力からして離すつもりは無さそうだ。

 まぁ、人に見られなきゃ大丈夫か。歩射達くらいなら問題なさそうだし。

「いいよ、行こう」

「うん」

 私は海金砂と手を繋いで入り口まで向かった。

「お前ら遅いぞ!今呼ばれてるんだから!」

 え?あぁ、本当だ。もう相手チーム入場してるし、私達の名前も呼び終わったところだ。初コール聞き逃したな。

「よし、行くぞ!」

 歩射の号令に頷くと、海金砂の目を合わせて彼女の手を離す。

 本当にすぐ終わったけど、海金砂の表情はさっきよりも明るかった。

 ちょっとでも力になれたの、かな。

 そんな事を考える間も無く、私達はバトルフィールドに入った。歓声と拍手が私達を出迎える。

 舞台袖で聞いていただけでも凄まじい熱気だったが、実際に舞台に立つとより力強く感じる。

 相手の『風花M4』は三年生だ。

 中華風の優雅な衣装を身にまとう男子三人に女子一人のチームで、この場にも慣れているのか、特に緊張している様子はない。

『各チーム、キーを起動させてください』

 アナウンスに従って、私は着物の帯に挟んでおいた訓練用のキーを取り出した。

 腰の位置で起動させ、生成された刀を帯に刺す。

 海金砂や歩射、梢殺も次々とキーを起動させる。相手チームもキーを起動させて場が整った。

『第二試合………Ready Fight!』

「ていっ!」

 試合開始と同時に梢殺が指示もなく能力を発動させた。どうやら余程早くお弁当が食べたいようだ。

『こ、これは!『Ragged Useless』全員の姿が消えた⁉︎』

 どうやら相手チームだけでなく、みんなから存在感を薄くしているらしい。

「大刀石花、私を向かって右端、お前らをヤツらの真後ろだ。ここからつまみ出す」

「はいよ」

 みんなが首を傾げてる隙に、能力で死角を判断した歩射から指示が飛ぶ。何するのかは予選を経て大体分かってる。

 私は言われた通りの場所にみんなを転移させた。

「オラオラオラァッ!」

 いつになくやる気満々の歩射が『風花M4』に銃口を向け引き金を引く。銃口から火が吹き、エネルギー弾が連射される。 

 相手チームの内歩射から見て奥にいた二人はそこまでダメージを喰らわなかったが、手前二人はエネルギー弾を直で浴びてしまう。

 訓練用のキーを使ってるので死ぬ事はないが、それでも体勢を崩し吹き飛ばされる。

「ぐぁっ!」

「がはっ!」

 彼らの死角に転移した海金砂がすかさずエネルギーを二本のロープ状に伸ばした。それぞれを両手で持ち、体勢の崩れた彼らを絡めとる。

 ロープがしっかりと巻き付いたのを確認すると、私は海金砂の右腕を、梢殺は海金砂の左手を掴んだ。

「いっせーのせっ!」

 海金砂の合図で、私達は身体を大きく後ろに傾けてロープ状のエネルギーを引っ張る。

 華奢な女子の力とはいえ、それは三人分の力。しかも相手は体勢を崩している。

 縛られた二人は思いっきり後ろに引っ張られた。

「「ぐふっ!」」

 しかし私達の力なんてたかが知れている。引っ張った程度では私達の後ろで倒れる程度だ。

 ここでまた私の出番だ。

 彼らが倒れた先に転移ゲートを出現させた。転移先はフィールドのギリギリだ。それと同時に海金砂がロープを解く。

 慣性の法則に従って、彼らは転移ゲートの中へと突っ込んでいった。当然それだけで終わるわけはなく、フィールド外に転がり落ちる。

『あーっと!二人がフィールド外に引っ張り出されてしまった!何という事だ‼︎』

 この実況者ノリいいな。

 まぁいいや、ここまで予選と何も変わらない。問題は今取り逃した方だ。

 さすがに予選で当たった人達のように、ずっとあたふたしてるわけではない。

「はぁっ!」

 相手チームの内の一人が地面を蹴り上げた。

 彼の能力は恐らく超人的なジャンプ力なんだろう。一跳びで私達のはるか頭上へと跳び上がる。

「たぁっ!」

 あまりのジャンプ力に目が追いつかない。

 武器である棍棒を振り下ろして、私を叩きのめそうとする。

「うわうわうわっ!」

 攻撃が読めずに、私は慌てて刀で棍棒を受け止めた。しかし力の差なのだろう、重い一撃を受け止めきれずに膝をついてしまう。

 このままではやられるので、私は自分の足元に転移ゲートを出現させた。とりあえず彼から離れた場所に転移して間合いを取る。

 ふぅ、これで何とか

「この、待てぇッ!」

 ならなかったかぁ。

 ジャンプ力を利用して、一気に間合いを詰めてきた。刀で攻撃を弾こうとするが、逆に後退させられる。

「くっ!」

「ふっ!このッ、やぁっ!」

 何とか応戦は出来ているものの、素早い突きを捌ききれずにジリジリと追い詰められる。というか、草履ってちょっと滑りそうで怖いな。

「終わりだ!」

 力強く踏み込んで、私の腹に向かって突きを繰り出してきた。

 あ、これ喰らったらヤバい。

「大刀石花!」

 すると私の後ろから海金砂の声がした。彼女は私達の間に割り込んでくると、ロングパーカーを翻してエネルギーバリアを展開する。

 範囲は狭いものの、分厚いバリアは棍棒の突きをしっかりと受け止めた。

「ぐっ!」

 力量差で若干押され気味ではあるものの、おかげで隙が生まれた。

 私は再び足元に転移ゲートを出現させると、彼の真後ろに転移した。刀を振るい反撃開始だ。

「よっと!」

「なぁッ!」

 私の攻撃に驚いたものの、そこは決勝トーナメント進出者。素早く判断して海金砂のバリアを破るのを断念した。

 一歩退くと、また跳び上がって攻撃を避ける。

 おっ、これはチャンスなのでは?

「海金砂、あれやろう」

「うん、分かった」

 私達は頷き合うと並び立つ。

「よっ!」

 私は刀を振るい跳び上がった彼の頭上に転移ゲートを生み出した。

「何ッ⁉︎」

 真上に飛び上がり、途中で止まれるわけがない。彼は転移ゲートへと吸い込まれていく。

 転移先は私達の足元だ。そこに生み出された転移ゲートに海金砂がエネルギーの膜を被せる。

 その転移ゲートから飛び出した彼は、頭上に待ち構えるエネルギーの膜を押し上げることになる。

 するとどうだ。エネルギーの膜はぐにゃんと柔軟に形を変えて広がっていく。まるで空気に押されて膨らむ風船のようだ。

 そして最終的にエネルギーの膜は繭のように彼をすっぽりと包んでしまった。当然彼は立つことも出来ずに倒れる。

『おっと!光の繭に包まれて身動きが取れない!『風花M4』大ピンチだ‼︎』

「ちょッ、何だよこれ⁉︎」

 彼は内側から殴ろうとするが、バリアは彼に密着しているため身動きが取れない状態だ。

 とりあえずこれで放っておく。破られる事はまず無いだろう。

 残りのもう一人は歩射が相手してくれているようだ。まとめてやるなら今か。

「歩射、そっちは?」

「もうすぐ終わるからちょっと待ってろ!海金砂足場頼む!大刀石花も準備!」

「うん」

 片手斧を持つ男子と戦っている歩射は、能力と背丈を生かした錯乱戦法で相手を追い詰めていた。

 相手の死角を常に把握しながら、しゃがんだりして視界から出たり消えたりする。混乱してる隙に銃をフルオートで連射すれば、あっという間に追い詰められる。

 そこに海金砂が予選でも使ったエネルギーディスクを四枚、歩射の周りに浮かべた。

「よっしゃ!」

 歩射が浮かぶディスクに飛び乗った。相手の頭の辺りに浮かぶと、二つの銃口が火を吹く。

「くっ!ぐあっ!うわぁッ!」

 エネルギー弾を避けるために相手が僅かに後退するが、そこには既に私の生み出した転移ゲートがある。

 バランスを崩した彼は裂け目の中に真っ逆さま。転移先は私達の真隣、海金砂がエネルギーの繭で包んだ人と同じ場所だ。

「なッ⁉︎このッ!」

 素早く状況を判断した彼は、近くにいた私に攻撃を繰り出そうとする。

 しかし特に焦る事はない。何故なら

「よっこらしょ、っと!」

 いたんだよなぁ、さっきから。誰にも気が付かれる事なく私達のそばに。

 自分の存在感を消していた梢殺は、大鎌を振るい相手を斬り飛ばした。

「ぐはあぁぁッ‼︎」

「もういっちょ、おりゃ!」

「ぐふっ!」

 さらに大鎌をゴルフのクラブのように振るって、繭に包まれた彼もバトルフィールドの外に吹き飛ばす。

 フィールド内に相手チームはいなくなり、私達だけとなった。

 つまり、私達の勝ちだ。

『WINNER!『Ragged Useless』‼︎』

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