第23話 作戦会議

「よっと!はぁっ!」

「ぐっ⁉︎」

 いきなり現れた梢殺の大鎌を、五百先輩はギリギリで避けた。しかし梢殺は攻撃をやめずに、さらに追撃を繰り出す。

 五百先輩も反撃しようとはするが、その度に梢殺は存在感を消して姿を見えなくする。錯乱しながら攻め立てる。

「くっ!ふっ!はあっ!」

 とはいえさすが最強チームのリーダー、瞬時に判断して行動に出る。

 体勢を立て直そうと五百先輩が手を広げた。空気中の水分が凍り、彼女を包み込むように氷の壁が作られる。

 急拵えではあるものの、分厚い氷は梢殺の大鎌をしっかりと防いだ。

「っとぉ?」

 氷に攻撃を弾かれて梢殺はよろめいた。

 その隙に五百先輩の手に氷の矢が生まれた。それも同時に彼女を包んでいる氷が昇華して水蒸気となった。

「うわっ!何これ?」

 水蒸気で視界が塞がれて梢殺が狼狽える。無防備な姿を狙い撃とうと五百先輩が弓を構えた。

 梢殺が撃ち抜かれそうになったその瞬間、再び甲高い銃声が鳴り響く。

 真っ直ぐに放たれた光弾に五百先輩は構えを崩した。光弾を避けて水蒸気を晴らす。

 そこにはさっきまで追い詰められていた歩射が、銃を拾って銃口を五百先輩に向けていた。

「ふぅ、何とかなったな」

 ぴょんっと飛び跳ねるように立ち上がると、梢殺と一緒に並び立つ。

「まったく、お前遅いっての!オヤツ食うのにどんだけ時間かかってんだよ」

「だってさぁ、コンビニに新発売のプリンとシュークリームがあったんだよ!あっ、あとロールケーキもあったんだぁ。それ食べてたら遅くなっちゃった」

「人がブチのめされてるってのによくオヤツ食えるよな。つーか私のオヤツは?」

「最中なら買っておいたよ。ほら」

「まぁ、これ食わなかっただけ良しにしてやるか、っとぉ⁉︎」

 梢殺から最中を受け取ろうとした歩射の目の前スレスレに、五百先輩の放った矢が通り過ぎる。慌てて避けて武器を構え直す。

 五百先輩は既に次に放つ矢をつがえて構えている。

「お前一人で戦うのではなかったのか?」

「はぁ?『海金砂と大刀石花は参加しない』とは言ったけど、『私一人で相手する』なんて一言も言ってないっての。話はちゃんと聞きましょうね〜、生徒会長サン⭐︎」

 分かりやすく挑発するように、歩射はウインクしてニヤニヤと笑う。

「ッ!」

「よせ大蛇」

 五百先輩を助けようとして屍櫃先輩がキーを構えるが、五百先輩がそれを短く制した。

「なるほど………それがお前達、Ragged Uselessの戦い方、ということか」

「そういうこった。実力が足りない無能は、奇策で何とかしようとするもんだ」

「それを奇策とは言わん、卑怯と言うのだ」

「捻り出そうと思えばもっとやり方あったぞ。これでもまだマシな方だ」

 何か私達がとんでもなく卑怯なチームみたいな言い方だなぁ………って、何で私を見るのかな、海金砂。

「たしかにな。今回は私の不注意、ということにしておこう」

 五百先輩が絞った弓を緩めると、弓は光の粒子となってキーの形に戻る。

「んだよ、降参か?」

「今回はお前達の力が知りたかっただけだ。それに、本気で戦った相手と家で会うというのも居心地が悪い。この決着は、龍虎祭で着ける」

「はいはい。用が済んだらとっとと戻れよ」

「そうだな。大蛇、椿、二重、体育館に戻るぞ」

「………」

「りょーかい!そんじゃ、またネ〜」

「し、失礼しました!お気をつけて」

 学校へと戻っていく五百先輩達を私達は呆然と見送った。彼女達の姿が見えなくなると、歩射が糸が切れた人形のようにクタッとその場に座り込んだ。自然と銃がキーに戻る。

「はあぁぁぁ〜〜〜〜〜〜ッ!疲れたぁ〜!」

「歩射、大丈夫?」

「んなわけあるか。姉貴とやり合ったのは久しぶりだけど、やっぱ強ぇなぁ」

 私と海金砂は歩射に駆け寄ると手を貸して立たせてやる。そこまで酷い怪我はしてないみたいだけど、それ以上に気疲れが酷そうだ。

「それにしても梢殺、何で戻ってきたの?オヤツ食べに行ったんじゃなかったの?」

「え?そうだけど。みんななんか難しい話してたし、お腹減ったからみんなの分も含めてオヤツ買ってきたんだぁ。ほら」

 意気揚々とスクールバックを開けると、中にはお菓子がいくつも入っていた。

「本当はあの先輩の人達の分の鈴カステラも買ってきたんだけどなぁ。歩射渡しておいてよ」

「やなこった、お前が食っちまえ」

「やったぁ!いただきま〜す!」

 梢殺は大鎌をキーに戻すと、バッグの中から鈴カステラを取り出してパクパクと食べ始める。

「歩射、いつ梢殺が戻ってきたって分かってたの?キー使ってから?」

 たしかに歩射の能力なら、影の薄い梢殺の存在を認識する事もできるだろう。

「いや、勝負挑む前から。コイツ一人でそこの木陰で呑気にオヤツ食ってやがった」

「え?どうやって見つけたの?」

「見つけたわけじゃねぇよ」

 歩射は顔を上げると美味しそうに鈴カステラを頬張る梢殺を見てフッと笑う。

「お前らは、アイツが人を見捨ててまで欲を満たすような、やる気のあるヤツに見えんのかよ」




「んぐっ、んぐっ!………ぷはぁっ!生き返る〜!」

 自販機で買ったスポドリを飲んで歩射が声をあげた。

 私達はまた梢殺の家に来ていた。

 本当は駅にでも行く予定だったが、さっきのバトルのこともあって色々話し合った方がいい、ということになり、落ち着いて話せる場所に移動することになったのだ。

「大したお構いもできなくてごめんなさいね」

「いえ、こちらこそ急に押しかけてしまってすみません」

「いいのよ。九十九ちゃんはよく来るし、二人増えたところで変わらないから。ゆっくりしていってちょうだい」

 梢殺のお母さんに挨拶をして、私達はリビングで梢殺の買ってきたオヤツを広げて摘んでいる。

 その元気っぷりを見るに、さっきのバトルの疲れはすっかり回復したようだ。

 梢殺は相変わらずパクパクと美味しそうにお菓子を食べているし、海金砂はモソモソと口を動かして食べている。

 こう見ると、食べるって行為だけでも個性が出るもんだ。

「歩射、本当に大丈夫?手当てとかしなくて」

「あんなの大丈夫だっての。姉貴とやり合った時の怪我なら、もっと酷いの負ったこともあるし」

「お姉さんといつもあんな事してるの?」

「いや、そんなに多くはないよ。たまにする、ってだけ。その度にボコられてんの」

「あの能力で?」

「まぁな」

 歩射は最中をスポドリで流し込むと、スクールバックの中から一部の冊子を取り出した。

「ほらよ。昨日貰ったんだけど、お前らは興味ないだろうから見せてなかった資料」

 渡された資料は龍虎祭決勝トーナメントに出場するチームのプロフィールだ。当然私達のことも書いてある欄がある。たしかにこれは興味無いな。

 ページを捲っていくと、3-Aの代表チームについて書いてあるページを見つけた。



3-A代表チーム

チーム名 月契呪げっけいじゅ


三年二組 歩射かちゆみ 五百いお

Key Name UNDINE


三年二組 屍櫃からひつ 大蛇おろち

Key Name Mourning Snake


三年一組 絡新婦じょろうぐも・ケイト・椿つばき

Key Name Ms.Phantom


三年一組 海鏡つきひがい 二重ふたえ

Key Name Jekyll & Hyde



「なるほどね」

 ザッと目を通してから私は顔を上げる。大した情報は得られなかったが、とりあえず彼女達が代表チームなのは本当のようだ。

「まさか歩射にお姉さんがいたとはねぇ」

「つーか、一応アイツ生徒会長だから、入学式とか新入生歓迎会とかで思いっ切り名乗って話してたぞ?よく今まで気がつかなかったな」

 そういえばどこかで見たことがあったような人ではあったな。興味ないからすっかり忘れてた。

「バトル見てりゃ分かったと思うが、姉貴は水分子を操る能力を持ってる。状態変化や形成はもちろん、湿度の変化も可能だ」

「湿度の変化?さっきそんなのしたっけ?」

「いや。だからあれで姉貴は手加減したんだよ。その気になれば、私をカラッカラの干物にもできたし、もっとヤバい技もいくつか持ってる」

 あれで手加減してたとか、中々におっかない人だな。

「五百先輩の能力は分かったけど、他の三人の能力って何?」

 控えめにお菓子を食べながら海金砂が尋ねた。

 たしかに、それは気になるな。あのレベルの人とチームを組んでるんだし、相当なものだと思うけど。

「私が聞いた話だと、屍櫃先輩は毒素の生成と注射、だったかな。色んな毒が生み出せるらしくて、泡吹くだの痙攣するだの嘔吐するだの毎回毎回起こる現象が違うんだって」

「注射ってあのクローから?」

「それもそうだけど、噛むことでも可能なんだと。間合いに入られたら秒で終わるな」

 まさしく蛇そのものってわけか。散布出来ないだけマシと思うしかない。

「んで次、絡新婦先輩は変身能力を持ってる」

「変身?あんまり試合で役立ちそうじゃないね」

 私も海金砂と同意見だ。潜入捜査とかなら役立ちそうだけど、試合ならせいぜい錯乱がいいところだろう。

 錯乱にしても、チーム内で合言葉とか決めてればあっさり解決しそうだし。

「って思うだろ?けど厄介なのが、変身する相手がキーを使ってると、ソイツの能力や武器もコピーするってところだ。能力の質はちょい落ちるみたいだけど」

 うわぁ、それは面倒だ。特に海金砂の能力なんかコピーされたら厄介なことになる。

「最後に海鏡先輩ね。彼女は身体を変形させられるらしい」

「変形………あむっ、もぐもぐ………んぐっ。腕伸ばしたり、大きくしたりとかぁ?」

「そんなとこ。骨まで変えられるみたいで、タコみたいにぐねぐね動くこともあるみたいだぜ」

 へぇ、となると戦い方は格闘になるわけか。あの内気そうな人が、結構アクティブな能力を持ってるものだ。

 けど、キーネームと能力がそこまで噛み合わないな。キーネームは適当につけたのかな。

「これが月契呪のメンバーの能力ね。何か感想は?」

「そうだなぁ………みんな、応用性が高いね」

「やっぱそう思うよな。たぶんアイツらこれまでの試合で見せてない隠し玉をいくつか持ってるぜ」

 水の状態や形を操り、多種多様な毒を打ち込み、姿や武器だけでなく能力までコピーして、身体を好きなように変形させる。作戦なら無限にありそうだ。

 どうしよう、勝てるどころかまともに戦える未来すら見えない。

「でも、何でそんな人達がわざわざ私達に会いに来たんだろう?」

「さぁな。でも話を聞く限りじゃ、姉貴達は海金砂に興味持ってたから、海金砂のこと調べに来たんじゃね?良くも悪くも特別だからな」

「そっか………」

 当の本人はあまりいい表情じゃない。まぁ、海金砂は特別扱いされるの嫌そうだしな。

 歩射もそれは分かったようで、ちょっと申し訳なさそうだ。

「ま、まぁ、あれだ。アレで姉貴も悪いヤツじゃないんだよ。堅物だし、何考えてんのか分からないとこはあるけどさ。たぶん全部学校のためにやってることなんだ。不透明なところとか不安を無くそうとしてるんだよ」

「うん………」

 たしかにあの人海金砂のイジメの問題のことを言っていた。学校でイジメなんて日常茶飯なのに。

 そういう生徒個人の問題も、生徒会として解決しようとしてたのかもしれない。

「とはいえ、龍虎祭でぶつかる以上敵は敵だ。対策は考えないとな。たぶん出場チームの中で一番厄介だ」

「対策って………そんなのあるの?」

「まぁ考え無しで突っ込むよりはいいだろ。何かデータがあれば、色々分かるかもしれないんだけどなぁ。当日のアイツらのバトルに期待するか?」

「はむっ、んぐっ、んぐっ………ねぇ、仮に私達と月契呪、両方が順調に勝ち進んだとしてさぁ。あむっ、んぐっ、んっ………どこでかち合うことになるのぉ?」

 お菓子を食べる手を止めずに梢殺が首を傾げた。本当によく食べるなぁ。

「その場合は………第七試合だな。となると、当日かち合う前に月契呪の試合が観れるのは第五試合のみって感じだ」

 最初に月契呪を除いた私達八チームで第一から第四試合まで行う。

 その後シードチームである月契呪と第一試合優勝チームとの第五試合。

 それから第三試合優勝チームと第四試合優勝チームで第六試合、第五試合優勝チームと第二試合優勝チーム(私達が入るとしたらここ)で第七試合。

 そして最後にそれぞれの試合で勝ち残ったチームでの決勝戦となる。

「あぁ〜もう!一回試合見ただけで作戦考えるのは無理だろうし、姉貴達の前の第二試合の作戦も考えなくちゃならないし」

 そうだ。月契呪とのバトルのためには、その前の第二試合に勝たないといけない。

「う〜ん、どうすっかなぁ!」

 そんな事を話していると、廊下の方から足音が聞こえた。その足音の主は梢殺の妹である白鼬ちゃんだ。

「九十九ちゃん、声大きい!もうちょっと静かにしてよ」

 おっと、少し騒ぎすぎたか。まぁ主に騒いでたのは歩射だけど。

「悪い悪い。今大切な会議してんだよ」

「会議?」

 部屋に顔を覗かせた白鼬ちゃんは、テーブルの上に置いていた資料に目を向ける。

「え、えっと………あぁ、龍虎祭、か。お姉ちゃんの言ってたキーバトルの大会ね」

「お〜、よく読めたな。というわけで今その作戦会議中なんだよ」

「それはいいけど、もうちょっと静かにしてよ」

 嫌な顔をしながら白鼬ちゃんは資料をペラペラと捲る。

「うわ、こういう資料にお姉ちゃんとか九十九ちゃんの名前があるの結構違和感あるなぁ。本当に出場するんだ」

「おう、そうだぞ。分かったら白鼬も何かいい作戦考えてくれよ」

「私が?うーん………そもそもお姉ちゃんと九十九ちゃんはともかく、そっちの………海金砂さんと大刀石花さん、だっけ?二人がどんな能力なのか知らないんだけど」

 歩射に振られて白鼬ちゃんが私達に目を向ける。

 おいおい、小学生に何させてるんだい。白鼬ちゃんも本気で考えなくてもいいのに。

「海金砂はキーのエネルギー操作、大刀石花は空間転移だよ。あむっ、はむっ!」

「ふーん………って、お姉ちゃんお菓子食べ過ぎ!でも、それなら大刀石花さんがフィールド外に敵を転移させれば?ここにバトルフォールド外に出たら負けって書いてあるよ?」

 やっぱりみんなそれを考えるんだなぁ。というか仮に出来ても、そのやり方は後々で私が怒られそうなんだけど。

「あのなぁ、そんな単純な作戦とっくに考え済みだっての。バトルフォールド外にはタレンテッドリジェクターがあるから、大刀石花は転移ができないんだとさ」

「タレンテッドリジェクター………あぁ、キーが使えなくなるヤツか。ウチの学校にもあるなぁ」

 へぇ、小学校にもタレンテッドリジェクターってあるんだ。一応タレンテッドキーを使う授業があるのって中学校からなんだけど。

「でもフィールド内なら使えるんでしょ?それならそこから『そいや!』って遠くに吹っ飛ばしちゃえば?九十九ちゃんなら出来るでしょ」

「お前、私を脳筋か何かと勘違いしてないか?んな事出来るかっての。遠くに吹っ飛ばすとかどうやって………」

 そこまで言いかけて歩射の言葉が止まった。動きもピタッ止まり、首を捻る。

「いや、待てよ………」

「歩射?どうかした?」

 いきなり考え込み始めた歩射に、みんなの視線が集まる。

 そして目を見開いた歩射は、バンッ!と机を叩いて立ち上がると白鼬ちゃんを指差して満面の笑みで叫んだ。



「それだ────────ッッッ‼︎」

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