第11話 龍虎祭

 私が高校に入学してから二ヶ月が経った。

 学校の生活にもすっかり慣れて………というほど最初に戸惑っていたわけでは無いけど、馴染んではきたと思う。

 もっとも私は二ヶ月のうち二週間を入院生活に費やしたので、周りとは少し出遅れてる感じはある。

 勉強は元々できる方では無いから無視するとして、人間関係も完全に出遅れている。

 もっとも私はこちらもそこまで得意では無いし、気にしていないといえばしてないんだけどさ。

 友達も海金砂と歩射くらいだし、私にとってはそれで充分すぎる。

 そう、私はそう思っていた………



「みんな、もうすぐ龍虎祭があるぞ」



 担任からそれが言われたのは唐突だった。

 朝のHR、眠気を引き摺りながら担任の話を聞いていた私は、聞き慣れない言葉に若干目が覚めた。

 しかし私の周りにいる生徒達は何やら湧き立っている。主に男子が。

 龍虎祭?何だっけそれ?

 眠気が覚めていくうちに何となくそういうのをどこかで聞いた記憶が蘇ってきた。けどそれが何か思い出せない。

「というわけで、今から説明するからぞ。みんなも知ってるだろうが、龍虎祭は学内で行われるキーバトルの大会だ。四人一組で行うチーム戦で、全九チームのトーナメント。学内で最もタレンテッドキーの扱いに長けた生徒を決めるものだ」

 あぁ、それだ。高校の入学説明会でそんなこと言ってたな。興味ないからすっかり忘れてた。

 すると一人の生徒が手を上げた。

「先生、そうなると全員が出場できるわけじゃないんですね」

「そんな事したら試合が何時間あっても足りないからな。ウチの学校は一学年九クラス、体育は三クラス合同で行われている。その中で代表チームを決めて出場するんだ。つまり一学年三チーム、それが三学年だから全九チームだ」

「そのチームってどうやって決めるんですか?体育の成績とかですか?」

「そしたらチーム戦の意味ないだろ。体育の時間で予選を行うんだよ。チームは体育を合同で行なっているクラスの中なら誰と組んでもいい。今回に限り体育は男女混合にするから、その辺も気にしなくていいぞ」

 うわぁ、マジかぁ………

 担任の説明を聞いて、思わず私の表情が歪んだ。

 それってつまりコミュニケーション能力が試されるってこと?そっちで適当に決めてくれればいいのに。

 面倒な事になったなぁ。

 私は海金砂と入院した時の一件で、周りからは問題児だと認識されている。組みたい人なんてまずいないだろう。かと言って私から誘う気なんてさらさらないし。

「チームは今週末までに決めて体育の先生に言うように。予選は再来週の月曜日だ。計算上人が余ることはないから、それまでにチームが決まらないなら余ったヤツで組んでもらうぞ。代表チームに選ばれれば成績も上がる、ちゃんと考えろよ。以上だ」

 こうしてHRは終わり、みんなは早速組む人を考えて誘っている。

 私は机に突っ伏して考えた。

 こうなったら最後まで余って余り者チームでいいかな。別に勝つつもりは無いし。

 けど苦手な人と組むのは嫌なんだよなぁ………

 そんな事をぼんやりと考えながら、その日の授業時間を過ごしていた。

 そしてその日の放課後。

「た、大刀石花」

 帰る準備をしていると、後ろから声をかけられた。振り向くと予想通りそこにいたのは海金砂だった。

 この前海金砂と一緒にお出かけしたわけだが、特にあれで特別仲良くなったとかそういうことはない。

 あ、でも強いて言えば海金砂の視線をよく感じる、ってこれは関係ないな。

「海金砂、ちょっと待っててね」

 私は最後に筆入れをスクールバッグに押し込むと肩にかけた。海金砂と一緒に教室を出て下駄箱に向かう。

「そういえばさ、今日のHRの話………」

「龍虎祭の話?」

 私が返すと海金砂は小さく頷いた。まぁ今日の話題はそんなだと思ってた。

「大刀石花は誰と組むか考えてるの?」

「いや、まったく。海金砂は………って聞くのは失礼か」

「別にいいけど、答えは大刀石花と同じ」

 海金砂は特に気にしてないように頷いた。

 私と同様に問題児扱いされてる上に、海金砂はタレンテッドキーが使えない。そうなれば私以上に近寄られないだろう。

 私はまだキーが使えるし、言ってみれば個人的な感情論だ。でも海金砂は違う、自分ではどうしようもないものを抱えている。

 私は靴を履いて校舎を出ようとする海金砂を見た。

 きっと海金砂が誰かに誘われてチームに入ることはないだろう。失礼だが、いても何の利益もないしただのお荷物だ。

 けど私はどうだろうか?

 勝つつもりも無ければ、お互い同じレベルの問題児だ。利益は無いが、損害もない。

 それなら、何の問題もない。

「ねぇ海金砂、私と一緒にチーム組まない?」

「えぇッ⁉︎」

 私が尋ねると海金砂は目を見開いて驚いた。そんなに驚くことだったかな?

「わ、私とチーム、組むの?」

「うん。そんなに変?」

「い、いや、だって、私はキー使えないし、ただ足引っ張るだけだよ?」

「私別に勝とうとか思ってないもん。それに私知り合いそんなにいないし、どうかなってさ。まぁ海金砂が良ければ、だけど」

「組む!組もう!」

「うぉぅ」

 食い気味に迫る海金砂に、私は思わず身を引いた。誘われるなんて思ってなかったのか余程嬉しいようだ。

「それじゃあ決定ね。残りのメンバーはまた明日考えるってことで」

「うん。私、頑張るね」

「お、それじゃあ優勝も期待していいのかな?」

「うっ!あ、いや………行けるとこまで、かな」

「ん、それがいいね」

 私は軽く頷いて空を見上げた。白い雲が夕日に照らされながら、のんびりと私達の上を通り過ぎていく。

 こういうことに情熱を注ぐのが健全で素晴らしい学生なんだろうけど、生憎私にはそんな周到な心がけなんて無い。

 この雲のように何があっても漂い続け、いつかは消えていく。それが私には心地よい。




 そして翌日の体育の時間。

「さぁて、どうしようかね、海金砂くん」

「私に聞かれても困るよ」

 みんながワイワイ話してる中、私と海金砂はポツンと立ち尽くしていた。

 話題は昨日に引き続き龍虎祭のことだ。今日から男女混合になり、みんながどんどんチームを決めていく中、私達は依然として二人だけだ。

 そしてもう一つ私は大きな見落としをしていた。

 私は当初余り者チームで組めば良いと思っていたが、それはそれで面倒なことになる可能性がある、という問題が判明した。

 海金砂はともかく、私は周りから問題児と認識されてるから勧誘されないわけで。それ故に余ってるのだ。

 つまり最終的に残る予定の二人のメンバーも問題児である可能性が充分にあり得る。

 それが私と多少なりとも波長の合うような人なら問題無い。むしろ暑苦しい優等生よりは大歓迎だ。

 けどこれが逆の場合、ようは思いっきり私の苦手なタイプで、周りから嫌厭されてる人、具体的には無駄に暑い体育会系の人が来たら………ストレスで胃に穴が開く。

 しかも担任は今週末までと言っていたが、そのチームは体育の時間で組むクラスの中、ほとんどのチームは体育の時間で決まる。

 週に二回の体育の時間に決まらないと先生にせっつかれる。それはそれで面倒だ。

 まとめると無難な人を早めに引き込まないと最悪な展開になり得る、というわけだ。

 ちなみにこれに気がついたのは海金砂だ。そして今二人して大切な胃を守るために頭を捻らせていた。

 周りの生徒たちは、キーを起動させて組んだチームメンバーに能力を見せている。

「海金砂、誰かよさそうな人いない?」

「私に言われてもなぁ。大刀石花他に知り合いいないの?」

 無駄な押し付け合いだと分かってても、これくらいのことしかできない。

「だからぁ、私と組む人なんてそうそういない………って、あっ!」

「どうかした?」

「いる、一人だけ組んでくれそうな人が」

 私はハッとして声をあげた。

 いるじゃないか、私達が問題を起こした後でも変わらずに接してくれた人がいる。近くにいるからこそつい見落としてしまっていた。

 騒がしいやつだから声が頭の中に思い出される。

「誰?」

「海金砂も会ったじゃん。ウチのクラスで一番ちんまい………」

「だぁれがちんまいって?」

 後ろからいきなり頭の中で再生されていた声して、私は身体を跳ねさせた。

 チラッと振り向くと、そこにはちょうど考えていたヤツ、歩射 九十九がジト目でこちらを見ている。

「お、おぉ、歩射。こんにちはぁ」

「おぅ、こんにちは。そんで、誰がちんまいって?」

「ちょうどよかった。一つ聞きたいことがあるんだけどさ」

「無視しやがったなコイツ。んで、何の用だい?」

 唇を尖らせながらも歩射は質問に入った。

 こういう適度にパッと切り替えられるのも歩射の良いところなのだろう。

「歩射って龍虎祭のチームどこに入るか決まってる?」

「ん?いや、特に決まってないよ」

「それならさ、私達と一緒に組まない?」

 海金砂を除いて私と組んでくれる見込みがあるのは歩射だけだ。

 私が話を持ちかけると、歩射は気がついたようにニヤニヤと笑った。

「なるほどぉ、お二人と組みたがるヤツがいないから、私と一緒にってことか」

「そういうこと。いいかな?」

「うーん、どうしよっかなぁ。チームは決まってないけど、色んなところから誘われてはいるんだよねぇ。結構強い人もいるし………」

「そりゃ残念。それじゃあ海金砂行こうか」

「ちょ、待てって!冗談だっての!いいよ、組むか。どうせ自由に暴れられるなら、面白いチームにいた方が楽しいし」

 私が背を向けると、歩射が慌てて腕を掴んできた。コイツならこう言ってくれると思ってた。

「というわけで勝手に決めちゃったけど、海金砂はいい?」

「え?あ、うん。まぁ、他に方法無いわけだし」

 私達のやり取りをぼんやりと眺めていた海金砂が頷いた。

 この前歩射と話してた時は何だか不機嫌そうだったが、今回はそうでも無いらしい。海金砂の言う通り、他に方法無いからね。

「よっしゃあ!それじゃあ、私達でいっちょ優勝勝ち取ってやろうぜ‼︎」

 やる気満々の歩射は拳を高々と掲げた。それを見て海金砂がボソッと口を開く。

「………大刀石花、私達がそもそも仲間集めようとしたのって………」

「仕方ないの。いい?他に人がいないから仕方ないの」

 そもそも私達か早くメンバーを集めようとしたのは暑苦しい状況を無くすため、と言うことを噛み締めつつ、私達は歩射 九十九を迎え入れた。




「さてと、それじゃあまずはお互いの能力でも見せ合うか」

 チームメンバー集めをしている人たちの中から抜け出して、私達は体育館の隅で向かい合っていた。

 そして歩射が言い出したことがこれだった。

「は?歩射は私の能力知ってるし、私も歩射の能力知ってるよ?」

 一体何度模擬戦したと思ってるのか。今更話すこともないだろう。

「お互いの中で認識としてね。ちゃんと本人から聞くのも大切だろ?それに、私海金砂の能力知らないし」

「いや、だから私はキーが………」

「一度は使えたんでしょ?それなら大会までに使える可能性もあるじゃん。戦力としてはカウントしとかないと」

 ノリと勢いで動く歩射にしては珍しく冷静な意見だった。

 たしかに一度使えたなら、もう一回使える可能性も考えておくべき、か。

「それで、海金砂の能力って何?」

「え、えっと………エネルギー操作、みたいな感じ」

「エネルギー操作?風向き逆にできるとかそういうの?」

「いや、タレンテッドキーって武器になる前に粒子状のエネルギーになるでしょ?あれのコントロール、みたいな感じ」

「………ダメだ。大刀石花、説明」

 まぁこれだけの説明で歩射が理解できるとは思ってない。私だって見てなければ理解出来なかっただろうし。

「簡単に言うと、キーのエネルギーを操って色んなものに変えられる、みたいな感じかな。盾とか鞭とか」

「えっ⁉︎それすごいじゃん!私や大刀石花の武器も再現できちゃうの?万能すぎるでしょ」

「あ、いや、それは分からない、かな………あんまり複雑なことはできなかったし。たぶん歩射の武器は再現できない」

 たしかに、私の刀見たいな単純なものなら作れるだろうけど、歩射の銃なんかは作りが複雑だから再現は難しそうだ。

「それにしたってすごいでしょ。こりゃ何としてでも能力発動させないとだね」

「ちょっと、あんまり海金砂に無理させないでよ。基本は私とアンタで出るの」

「分かってるっての。その前にさ、海金砂一回キー使ってみてくれない?よく考えたら、私キーが使えないって状況見たことないんだよね」

「え?まぁ、いいけど」

 海金砂は体育の時に配られる訓練用のキーを起動させる。

「くっ………!」

 一応成功させようとしているのか苦悶した表情を浮かべる海金砂。しかし彼女の意思に反してキーは光から形を変えることはない。

「ッ!………ふうっ。こんな感じ、かな」

「なるほどねぇ。驚くほど何も起きないんだな。せめて火花くらいは散るかと思ってた」

 力を抜いた海金砂を見て歩射は顎に手を当てる。

「これで分かったでしょ?前に使えたのもたまたまなんだって。私はキーは使えないし、戦力にはなれないよ」

「使えない、かぁ………せめて勘を取り戻せればなぁ」

 歩射は海金砂の全身を見ながら首を捻った。

 何とかしようと頑張ってるところ悪いが、本人がどうしようもないものを高校生の私達がいくら悩んでも無意味だと思うんだけどなぁ。

「あっ!そうだ。昔読んだ漫画で見たんだけどさ、何かを思い出す時はその状況を再現するのが良いって………」

「いやいやいやいやいやいやいや」

 それは私達にもう一回血まみれになれってことかな歩射ちゃん。もうあんなの二度とごめんだ。

「そうか………よしっ」

 何かを決めたように歩射が手を叩いた。

「それなら、この話はここまでにして、そろそろ授業終わるな。二人とも体育の後時間ある?」

「え?えっと、大丈夫だけど」

「海金砂は?」

「まぁ、大丈夫」

「それならちょっと付き合ってよ」

「は?何するつもり?」

 休み時間は極力のんびりと過ごしたいんだけどなぁ。

 すると歩射は大きくため息をついた。

「はぁ、お前らなぁ。たとえ海金砂の能力が使えたとしても、私達にはまだ大きな問題が一つあるだろ?それを解決する」

「え?あぁ、そうか」

 歩射の言いたいことが分かり、私は頷いた。海金砂も同様だ。

 たしかに歩射を引き入れてすっかり失念していた。



「そういうわけだ。最後の四人目、さっさと引き摺り込まないとな」

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