第6話 手
「それじゃあもう大丈夫なのね?」
「本当に大丈夫だよ。ほら、身体もある程度動くし。見ての通りの健康体」
「腕吊って包帯&ガーゼまみれの状態で何言ってんのよ」
私のベッドの隣で大刀石花がやってきていた女性と話している。
彼女は大刀石花の母親だ。大刀石花が目覚めた事を病院から知らされてから、すぐに駆けつけてきたらしい。
たしかに大刀石花によく似ている。髪は大刀石花と違い短めだが、気怠そうな目元とかはすごい似ている。ちょっと気は強そうだが。
「それで、一体何があって全治三週間の怪我を負う事になったの?」
「あぁ………だからそれは聞かないでほしいんだけど」
「そういうわけにもいかないでしょ。アンタだけならまだしも、お友達まで怪我してるのよ?」
「だからこそ聞かないでって、さっきから言ってるじゃん」
母親からこれまでの経緯を尋ねられても、大刀石花は一向に答えようとはしなかった。さっきから何度もだ。
それが私に対する気遣いなのは明らかで、ありがたいやら申し訳ないやらでいっぱいだ。
「その言い方だと、このお友達が原因なの?」
大刀石花の母親が私の方を振り向いた。責められてるようでドキッとして跳ね上がるが、何とか落ち着いて頭を下げる。
こうなってしまっては何も言わないわけにはいかない。これまでの事も含めて、私から話すべきだろう。
「あ、あの、実は私が………」
「海金砂、言わなくてもいいよ」
話し出そうとした私を大刀石花が止めた。
「でも………」
「こんな事になっちゃったんだし、いずれ学校から必要なことだけ説明される。お母さんが知るのはそれで大丈夫だから、無理しないで」
少しだけ強い口調で言われて、私はその先を言わなかった。それを見て大刀石花の母親がため息をつく。
「はぁ………まぁ、アンタがそこまで言うなら聞かないわ。でも、彼女………海金砂ちゃん、だっけ?彼女の親御さんには色々話さないと」
「あ、その………私、親いないので。親戚も来ないので、気にしないでください」
私がそう言うと大刀石花の母親はキョトンとした。
「そうなの?君がこんな状態なのに、随分とドライなのね」
「お母さん、やめなって」
「はいはい、そうね。それにしても、アンタがプライベートでキーバトルをするなんてね。戦うためにキー渡したんじゃないんだけど?」
「だーかーらー、私と海金砂から仕掛けたんじゃないんだって。向こうからふっかけられたバトルだったの。もういいでしょ?そろそろ休みたいんだけど」
問い詰める母親に、大刀石花がめんどくさそうに言った。どこか子供っぽくて、大刀石花にしては珍しい。
「まったく、反抗期しちゃって。分かったわ、服とかは置いておくから、せいぜい友達と一緒に規則正しい生活を満喫しなさい」
「りょーかい」
母親が帰るのを見送って、今度はベッドに潜った大刀石花がため息をついた。
「はぁ………ごめんね、うるさい母親で」
「ううん、大丈夫」
言い方はともかくとして、娘を本気で心配しているのは感じ取れた。悪い人とは思えない。
それに事情を隠してしまっている私にも非はあるわけだし、むしろ申し訳ない気持ちだ。
「大刀石花、ありがとうね。黙っててくれて」
「ううん、いいよ………」
どうやら本当に眠たかったようで、微睡んだ大刀石花はそのまま眠りについた。
私達がそれから学校に戻れたのは三週間後のことだった。
それまでに学校の先生が事情を聞くために来たりしたので、それまでゆっくり出来たのかと言われればそうでもない。
本来なら私達を痛めつけた彼らは退学になっても文句は言えないのだが、彼らは厳重注意とされた。
彼らは私がキーを起動させる前に攻撃した、つまり立派なTK法違反だ。
でも学校側の意見としては『彼らに反撃された痕があることから、これは正当なキーバトルによる問題だ。よって彼らに過剰攻撃による罰を与えて、本件は終了とする』だそうだ。
学校としてはタレンテッドキーによる問題は極力公表したくないらしく、今回の一件はキーバトルによる過剰攻撃の問題とされてしまった。
これによって私と海金砂は完全に先生から目をつけられる事になってしまった、悪い意味で。
それから諸々が片付いたのは月末辺りだ。
そして私達は今………
「うーん………」
「どう?キー使えそう?」
「無理………っぽい」
学校帰りに近くの公園でキーを起動させている海金砂に、近くのブランコでゆらゆらしている私は声をかけた。
「一度使えたのに、何で無理なんだろうね」
そう、海金砂は再びタレンテッドキーが使えなくなっていた。
一度使えればすんなり使えるようになると思ったのに、何故か使えなくなっている。
結果的に海金砂は相変わらず体育は見学となり、周りから変な目で見られている。
「でもこれで分かったね、海金砂の能力が。エネルギー操作、みたいな感じ?」
「たぶんね」
あの時海金砂がやったことから間違いない。血だらけでぼんやりしてたから覚えてないけど。
海金砂はキーのエネルギーを操って、武器や稲妻といった色んなものを形成することができるようだ。
私はブランコから降りて海金砂の手元の光を見る。
「海金砂のキーが起動しても具現化しなかったのは、それこそが能力だったからってことか」
何でもないから何でもなれる、と言ったところだろうか。中々上手いこと言った気がする。
「ある意味すごい能力だよね、何でも作れるんでしょ?」
「エネルギー変換でできる範囲なら、だけど」
さすがに無から有を生み出す事は出来ないらしい。もっとも現段階は、での話だが。理論的にはいけそうな気がする。
とはいえどうやら無尽蔵にエネルギーを操作できるわけではなさそうだし、それはまだずっと先の話だろう。
「その状態じゃ、武器にはならないの?」
「ダメみたい、何の力もない」
海金砂は試しに手元の光を鉄棒に当てるが、特に何かが起こると言う事はない。
いくら海金砂が唸っても、手元の光はキラキラと漂ったままだ。
海金砂は諦めて手に集まっている光をキーに戻すと、ポケットにしまった。
「まぁ無理する必要はないよ。一応使えるって事は分かったんだし」
「そうだね」
元々タレンテッドキーが使えないのが海金砂にとっての当たり前だった。それが一時的とはいえ使えたなら大きな進歩だろう。
「っと、そろそろ家に帰らないと。冷えてきたし行こうか」
「うん」
私は公園を出て海金砂と一緒に歩き始めた。
ちなみに私は自転車通学だが、同級生に襲われた時にご丁寧にボロボロにされて絶賛新車の到着を待っている。乗り心地よかったのに。
その一件で私がこれ以上被害を受ける可能性は限りなくゼロに近くなった。
つまりもう私と海金砂は一緒にいる必要性は無くなったわけだ。
それでも私達は二人で一緒に帰っていた。どちらかがそうしようと言ったわけではなく、自然と一緒にいる。
元々私は帰る時は一人だったし、たまに一緒にいるとしても歩射だけだ。だから別に海金砂と一緒で問題なかった。
特に帰り道に何かするわけでもなく、二人でのんびり歩いている。
ただ一つ気になることと言えば………
「海金砂、どうかした?」
「えっ?何が?」
私に声をかけられて海金砂がビクッと身体を跳ねさせた。
「いや、何かこっち見てたから」
「えっと………別に」
「そう?」
こういう事が多くなった気がする。
海金砂がボーッとしてる事が多くなったというか、心ここに在らずといった感じが増えた。
そしてその時高確率で私をジーッと見ている。
私に何か気になるところでもあるのだろうか?しかし聞いてみると何ともないらしい。
そんなに見つめられると照れるぜ。
「海金砂はさ、私以外にこうやって一緒に帰る友達いないの?」
「いないよ、大刀石花だけ」
「即答かぁ」
せめて少しは考えてくれよ。けど私を友達と思ってくれるのは嬉しい事だ。
「大刀石花は?いつも一緒にいてくれるけど、他に友達は?」
「いなくはないけど、まぁ大丈夫だよ」
自分で言ってて何が大丈夫なのか分からないが、人付き合いなんて私にとってはそんなものだ。
ぼんやりとしていて、確かな繋がりなんてほとんど感じない。
1番に思いつくのは歩射だけど、アイツは結構ケロッとしてそうだ。
「それなら、明日も一緒に帰れる?」
「生憎と、私は基本的に暇だからね」
「そっか」
海金砂の口元が少しだけ緩んだ。わざわざそんなこと聞くのか。
むしろ私からしたら、海金砂はいつも私といて退屈しないのだろうかと気になるくらいだ。
そんな事を何となく考えながら、私は海金砂と歩いている。
「あ、あのさ、大刀石花」
すると何故か躊躇いがちに海金砂が口を開いた。
「ん?どうしたの?」
「その………冷える、よね?」
「あぁ、そうだね」
たしかに春になったとはいえ、夕方はまだ肌寒い時期が続く。そしていきなり暑苦しくなるのだ。まったく気温ってのは気まぐれで困る。
春や秋は過ごしやすいなんて話を聞くが、こういう寒暖の変化が激しいのは、少なくとも私には過ごしやすくない。
気温が一定になったりとかしてくれないかな…………
ギュッ
いきなり手に柔らかい感触と温かさを感じて、私の心臓が跳ね上がった。
慌てて振り払おうかと思ったが、視界に入ったものを見て踏み留まる。
私の手を包んでいたのは海金砂の手だった。
そのまま海金砂の手、腕、肩と目で追っていくと、私から目を泳がせて逸らしている海金砂の顔に辿り着く。
「えっと………海金砂?」
「あ、その、冷えるって言ってたから………こうすれば、温かいかなぁって………い、嫌ならすぐにやめるから!」
「いや、別にいいけど、ちょっとびっくりした」
この前同級生に襲われてから、色々と過敏になっているのかもしれない。まぁそうでなくても驚いたが。
若干言い方が言い訳がましかったが、たしかにこうしてると海金砂の体温が伝わってきて温かい。
けど人と手を繋ぐなんて何年振りだろうか。
私はこれまで彼氏がいた事ないし、それじゃあ友達と手を繋いでキャッキャッする事もなかった。
ちょっと気恥ずかしいものはあるが、温かいからこのままでいいや。
「それじゃあ、こうしてるか」
「う、うん………」
海金砂は口をむにむにと動かして答えた。
おいおい、そっちからやっておいてそんな恥ずかしそうにしないでくれよ、移るじゃないか。
「何か意外だね、海金砂がこんな事するなんて」
「そう、だね………」
あ、納得しちゃうんだ。どうやら海金砂も、普段からこんなに人と触れ合うわけではないらしい。
それじゃあ何で私にはするんだろうか?
友達だから、かな?そういう事にしておこう。
海金砂は私よりも少しだけ背が低く、手もそれに合わせて小さい。
そういえば小学六年生の時に、新しく入ってきた一年生とこうやって手を繋いで学校の案内したっけな。
いや、こうしてそれを思い出すのは海金砂に失礼か。完全に子供扱いだ。
海金砂の温もりを感じながら歩いていると、いつもの別れるところに着いた。ここからは私達の家の方向は違う。
「それじゃ、また明日」
「うん」
私達は挨拶を交わして各々の家に帰………
「あの、海金砂。手放してくれないと帰れないんだけど」
私は手の力を抜いているのに、海金砂が私の手を握っているために離れられない。何かの意識が伝わってきて、振り払いにくい。
「え?あ、ごめん!」
指摘されて初めて気がついたようで、海金砂はパッと手を離した。
「そ、それじゃあ、またね」
「うん、じゃあね」
再び挨拶を交わして私達は別れる。それでも海金砂の手の温もりは、私の手にしばらく焼きついていた。
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