第2話

「ただいまー。」


 家に帰ると夫が待っていた。

「おかえり。なつさん元気そうだった?」

「んー。それが○○やってた。」

「え?!それヤベえじゃん!」

「だよねぇ。私も本当にショックでさぁ。あのなつが宗教団体にハマってるのもショックだし、何より久々の再開目的って……ぶっちゃけ勧誘目的だよねぇ。」

「まあ、卒業してからの同級生からの連絡あるあるでしょ。」

「んー。でもいざ自分にされるとショックというかあ。」

「じゃあ、そんな落ち込んでるももを慰めてあげようかな?」

 そう言うと夫は私を後ろから抱きしめてキスをしてきた。

「私、お酒臭いよ?」

「いいよ。」

 そのまま私達は寝室に行って愛し合った。


 夫とは会社の同期ではあるが、私の方が営業成績は優秀だった。

 なので歩合分も含めて給与は私の方が高いし、会社でも私の方が仕事は早く、夫はサービス残業が多い。

 なので同じ会社で同じ境遇なのに私の方が早く帰宅し、家事は全て私がやっている、という状態だ。

 また、数値も取れない、仕事の作業効率も悪く、会社からしたら生産性の少ない夫はよく上司から怒鳴られている。

 そんな姿を見ていると家でも職場でも正直頼りなく切なくなるが、一年前に一生懸命私にアピールをし告白してきてくれた姿に胸を打たれて付き合う事を受け止めてしまったのだ。

 頼りないけれどもいつも一生懸命な夫に母性に近い感情が芽生えたのだろう。


ーーーーーー


 後日、なつから連絡が来た。


『会って欲しい人がいる。』


 いよいよか、と思った。


『○○の人?』

『そう。ももとその人とふたりで会って欲しくて。』

『なつは?』

『私が居たらニ対一で、それこそ勧誘みたいじゃん。ちゃんとももに○○の事知ってほしいんだ。』


 まあ、確かにそうかもしれない。


『わかった。その人ってどんな人?』


 暫くすると、なつからその人のFacebookとLINEの連絡先が送られてきた。


 明らかにサーファーの様な所謂パリピなサングラスをした男性だった。 

 私、一応結婚してるのに、男性とふたりで会えと?


 それでも私は、なつを取り戻したい一心で彼に会う事にした。もちろん、夫には全てを話し、FacebookやLINEも見せた。

 夫は、心配はしてくれたものの引き止めてくれなかった。ちょっと私は夫のその対応にもショックを受けたが、夫曰く「ももが、なつさんを助けたいからやりたい事なんでしょ?」と、言われてしまった。

 私が夫の立場なら、正直自分より容姿も良く、収入もありそうな異性にどんな理由であれふたりきりで会わせるのは心配だし嫌なんだけなぁ。

 まあ、それが夫なのだろう。


ーーーーーー


 後日、男性に指定されたのは新宿だった。


 彼の名前は仮でNさんとさせてもらおう。

 合流するとオシャレなカフェへ連れて行かれ、なつとの出会いや、どんな学生だったのかと言う事を話させられた。

 

「へぇ。なつってやっぱりそーいういい感じの女の子だったんだ。」

「はい。」

 私は、なつの事をほめられて純粋に嬉しかった。

「ももちゃん。なつの事、本当に大好きなんだね。」

「はい!大切で憧れでもあります!」


 だから絶対こんな胡散臭いNさんや宗教団体からなつを引き離すんだ!と私は、より心を固め、警戒心を高めた。


「ははは。ももちゃん優しいしわかりやすいね。なつの為に俺に会いに来たんでしょ?取って食ったりする訳でもないんだからそんな敵意剥き出しにしないでよ。」

 Nさんは、ひょうひょうとしていた。

「なつも、ももちゃんの事よく話してたからさ。本当に、なかなか会えていなくても続く信頼関係とか友情ってあるんだな。ちょっと羨ましいよ。こういう活動してるから俺なんて昔の友達なんてほぼ全員絶縁みたいなもんだし。ま、新しい出会いがたくさんあるけどね。じゃあ、今度はももちゃんの事、知りたいな!」

「私の事ですか?」

「そ!なつの友達で、あとその薬指の指輪。既婚者だって事はわかったけど。二十四で結婚て早いよね?他の友達とかから羨ましがられない?」

「まあ。」


 確かにそうだ。他の同級生や、職場の先輩達を差置いてのスピード婚。ましてや大学を卒業し、就職してからの結婚なのだ。まさに社会の教科書の様な流れではある。

  

 私はNさんに質問せれるがままに生い立ち等を話してしまった。

 

「え?ももちゃん母子家庭で一人っ子なの?」

「まあ。」

「しっかりしてるから兄妹とか居るかと思った。旦那さんがちょっと頼りないから、ももちゃんがしっかりしちゃってるのかもね。」


 正直、図星だった。

 内心、夫は頼りない。かと言って特別優しいとか穏やかな性格、という訳でもない。夫からの勢いで結婚してしまったものの、たまに生き急ぎ過ぎたかな、と考えてしまう事もある。

 

「じゃあ正直さ、ももちゃんが旦那さん支えてるっていうか家の事もやって大黒柱みたいなもんだよね?だって営業職だから、ももちゃんの方が成績良いならお給料も、ももちゃんの方が高いだろうし。これから大変だね?」

「大変?」

「だって、女性だもの。これから出産もして、自分のお母さんだけじゃなくて、いずれは旦那さんのご家族や老後とかもあるだろ?」

「……。」

「今の旦那さんの給与だけでやっていけそう?」

 

 私は、不安になった。

 

「ましてや営業の会社なんてさ、終わりのない毎日で数値取れなければ倒産するじゃん。ももちゃんがお子さん出来て会社復帰したとしてもパートだとキツイよね、きっと。やっぱり正社員で現場復帰?」


 私は母子家庭だったからこそ、子供が出来たら、子供が学校から帰ってきたら、休日だって当たり前に家族が居る、という環境に憧れていた。

 確かに、今のままだと私が子供の頃に感じた喪失感やさみしさを自分のいつか生まれてくる我が子にさせてしまう事になりうる。


「うちの団体、企業してるの知ってるでしょ?」

「なんとなくは……。」

「ネットワークビジネスって知ってる?」

「ねずみ講とかマルチ商法ですよね?」

「まあ、否定はしないよ。」

「うちの会社、副業NGなので。」

「でもそんな事言ってたら、ももちゃん達生活していけるのかな?会社は、ももちゃんの生活の一部なだけであって人生じゃない。皆副業NGだから株投資とか、バレないようにこうやってサイドビジネスやってるんだよ?自分の人生は自分で守って作らなくちゃ。」

「自分のさみしかった思いを子供にさせるの?子供も人生も待った無しだよ?残酷だけど、ももちゃんが大黒柱みたいなもんじゃん。」

「……。」


 今思えば、人の弱みにつけ込まれたのかもしれない。しかし、Nさんの言う事は的を得ている。

 これが洗脳なのか。


「ももちゃん、ビジネスやってみない?」

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