30.謀略



そうしてバッカス達と別れ、アロイスとシャルロッテは帰りの宿へと、馬車で走らせていた。2人は依然として無言で、それぞれ馬車の窓を遠く見つめている。心地のいい沈黙が続く中、アロイスはちらりとシャルロッテの方を見つめた。シャルロッテは窓にコテンと頭を預け、ぼんやりと窓の外を見つめている。いつもならば何を考えているのかよく分からないシャルロッテ姫だったが、今日ばかりはアロイスには彼女が考えていることがよく分かった。きっと、王子として、姫として、国を憂い、国のためにと思うところは一緒なのだろう。


「リラの国は、貿易などはない小さな国でした。」


不意にぽつりと沈黙を破ったのはアロイスだった。シャルロッテは、顔をアロイスの方向に向ける。


「だからこそ、今回のことは良い勉強になりました」

「……私は、知らないことばかりだと自分に呆れてしまいました。自分の国の事に対して、どうしてこんなにも無知でいられたのか」

「そんなことはありませんよ。貴女は、この国の姫としてよく頑張っていらっしゃる。」


ため息をついたシャルロッテに、アロイスは苦笑しながらも慰めた。驚きで目をぱちくりとさせたシャルロッテに、アロイスは続ける。


「国とは、そう簡単に計り知れるものではありません。無知というのは、本当に何も知らないことを言うのです。貴女は、この国の事を全部とはいえなくても、それでも、大抵の事はよくわかっていらっしゃいますよ」

「ふふっ大抵は、ですわね。そこで何もかも、といわないあたり、貴方らしいですわね。……ねぇ、アロイス王子には、この国はどのように見えていらっしゃるの」

「そうですね…アルント皇国は、良き国です。大国と言われる所以が、この数週間の滞在でもよく分かったような気がします。優しい人が多く、しかしそれと同時に人の多さに比例して多くの考えがある。

リラは小国でしたから、その分王家は国民の顔が良く見えました。不平、不満、直して欲しいところ、逆にこのまま続けた方が良いところ、国民が何を考えているのか、直で把握することが出来た。それは小国であったからこそ、だと思ってます。

ただ、アルントは大国です。リラのようにはいかないでしょう。ときに、大切なものがこぼれ落ちてしまうこともあるかもしれません。

リラにはリラのやり方があったように、アルントもアルントでやり方をもう一度考えてみるべきなのかも知れませんね。

……っと、出過ぎた真似を致しました、申し訳ないです」


アロイスはおどけて笑う。そうして、シャルロッテの反応を待たずにふっと窓の外に目を向けた。アロイスの瞳には道を行く人々が映っている。その横顔は、とても楽し気であった。


「今回の視察は、とても良い機会でした。貴女にとっても、私にとっても」

「…そうですわね」


馬車が揺れる。

外は黄昏時、間もなく深い闇が訪れようとしていた。



「申し訳ありません!!!!」

「あーうん、まぁ大丈夫だよ。気にするな」


平謝りするレオナに、アロイスは苦笑しながらもとても困っていた。レオナは心底困った顔をしながら、ちらちらとアロイスとシャルロッテを見ている。ちなみに、シャルロッテは絶句。ロイクはレオナの方を睨みつけながらも、青筋を浮きだたせている。なんともカオスな状況だ。


「まさか、こんなことになろうとは………本当に、本当に、申し訳ありません」


宿屋『エリス』。

今回泊まろうとしていた宿屋であったのだが、どうやらなんの手違いか、部屋の数を間違えてしまったらしい。平謝りする女将共々従業員たちが震えながらも恐怖に引きつった表情でこちらを見上げている姿に、思わず同情を覚えてしまう。


「…まぁ、仕方がない。今更部屋に泊まっている者たちを出ていかせることはできないしな。部屋は余っているのか?」

「一応……一つだけ、ですが」


どんどん小さくなっていく女将。


「なら、レオナとシャルロッテ姫が使うといいさ」


さらりとアロイスが言えば、レオナはものすごい形相でアロイスの方を向いた。


「正気ですか、アロイス様」

「我々のような身分の者になんてことを…」

「え、いやだって、さすがに俺とシャルロッテ二人はまずいだろうさ」


ロイクとレオナにあり得ないと幻滅された顔をされながらも、アロイスは必至で弁解する。「姫もそう思いますよね?」と、シャルロッテに同意を求めようと目線を向けたところでアロイスは気が付いた。


「シャルロッテ姫?」


顔を染めながらも、シャルロッテは狼狽えた顔をしていた。ぱちりと目線が合えば、ぱっとあからさまに目線を逸らされた。これは、どういう意味だ。

やがてもごもごと、シャルロッテは何かをつぶやく。


「べ」

「べ?」

「別に、構いませんわ!!私は、貴方と一緒でも!!まぁ、仕方ありませんけど!!どうしてもと仰るなら!!!」


聞き返したのが間違いだった気がする。


「ほら!シャルロッテ姫様もこう仰っていることですし!!」

「(限りなく不服ではありますが)仕方がありません……」

「ロイク、お前の心の声聞こえてるからな。それにまて、レオナ。おかしいぞ」

「なにがおかしいのですか!お二人は婚約していらっしゃるんですから、別に何もおかしくはありませんよ!!!」


得意気な顔をするレオナを往復ビンタしたくなったのは仕方がないと思う。しなかっただけ褒めてほしい。アロイスはため息をつく。そうして周りを見回した。不安そうな顔をする女将や従業員たち、そして不満げなロイク。得意げなレオナに、落ち着かない様子のシャルロッテ。後ろの3人は置いといても、女将や従業員の手前、ここで断固拒否するのはいささか気が引ける。

深いため息をつく。何度ついても足りない。足りないが、どうしようもない。


「分かったよ。それでいい」

「!!ありがとうございます!!それではここで少しお待ちください!女将と話して参りますので」


渋々頷けば、これ幸いとばかりにレオナがすぐに女将の元に行ってしまった。残されたアロイスとロイク、シャルロッテの間ではなんとも気まずい雰囲気が流れる。沈黙に耐えきれずにウロウロと目線をさまよわせていると、不意にロイクがアロイスの腕を引っ張った。


「ちょ、おいなんだよ」

「いいから、ちょっとこちらへ来てください」

「はぁ?…シャルロッテ姫、すみません、ちょっと話してきます」

「あ、えっと、わかりました。」


ズルズルと部屋の隅に引きづられたところで、「で、なんだよ?」と不満そうに尋ねたアロイスに、ロイクがずいっと顔を出した。


「アロイス様、忘れないようになさってくださいね。」

「……」


口を開いたのはロイクだった。

その冷たい声に、アロイスは止めるような目線を送ったがロイクは続けた。


「アロイス様、貴方は、敵国に来てるのですよ。」

「ロイク、お前」

「王から手紙を受取りました。」


咎めるような視線を送るや、ロイクはすぐに袖から分厚い封筒を取り出した。

アロイスは口を噤み、受け取った封筒に目線を寄せる。そしてロイクに、なんだこれは?と目線を向ける。


「内容を私も読んでも構わないかと尋ねたところ、構わないと言われました。故に、先に読んでいます。それを前提で言わせてもらいます。用心してください、アロイス様」


口早に言ったロイク。アロイスはため息混じりに尋ねる。


「一体何が書いてあるんだ?」

「簡潔にいえば、この視察が終わったら、お前を殺す、ですかね」


アロイスは額を抑えた。


「……手を下すのは王、なわけはないか。つまり、身の安全は自分でどうにかしろってことかな。夜道に気をつけろってな。」


なんてな、ハハハと乾いた笑いを漏らせば、ロイクは眉間の皺を深くさせた。不機嫌そうだ。


「笑い事じゃありませんからね?分かってます?」

「わかってるわかってる。まぁでもほら、初日から矢飛んできたり、ワインに毒盛られたりしたし、正直今に始まったことじゃないよな」


軽く手を振るアロイス。

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