13.閉ざされた声

シャルロッテとシスターマリエッタは、今は話し込んでいる。


「あぁ、そういやシャルロッテが怒りを顕にした理由は何なんだ?」


その姿を見て、先程のシャルロッテの様子に疑問を持ったことを素直に聞くアロイス。


「シャルロッテ様は、戦争孤児などの国の福祉問題に興味がおありで、意欲的に参加しているのです。シャルロッテ様がご自身で考えた法律などを陛下に進言したことも何度かあるのですよ。今回の戦争孤児問題も、ここを含めたいくつかの教会に戦争孤児を受け入れるよう命令を出していたのです。」


レオナはそう答えた。


「なるほどな……」


アロイスはシャルロッテを見つめる。彼女はただのほほんとこの大国アルントで、わがまま自由勝手に暮らしていたと思い込んでいたが…。


「人は見かけによらないって、知っていたはずなんだけどな」

「…アロイス王子?」

「ん、いやなんでもない」


アロイスはレオナに薄く笑うと、目配せをしてレオナを制す。そうしてそっとシャルロッテの方に近づいた。


「シャルロッテ姫、少しお尋ねしても?」


シャルロッテは、驚いたように勢いよくアロイスの方へ振り返った。どうやら、アロイスの存在を忘れていたらしい。怪訝な顔をしながらもシャルロッテは、促してくれた。


「どうぞ」

「教会がこうも隔離されているのはなぜなのですか?」

「っ」

「アロイス王子!!」


シスターマリエッタが、慌てたようにミーシャとテノンの耳をふさいだ。


「かくり、ってなあに?」


無邪気な顔でアロイスに聞くミーシャ。


「アロイス王子、ちょっとこちらへ」


その二人から離すかのように、シャルロッテが強くアロイスの腕を引っ張った。驚く間もなく連れてこられたのは、別室だった。アロイス、シャルロッテ、シスターマリエッタ、そして見かけない老いたシスターが一人、計四人の人物がそこにいた。ミーニャとテノンは、レオナとあの武骨な二番隊隊長のそばにいる。


部屋について早々無理やり老婆の前に座らされたアロイスは戸惑ったまま同じく隣に座ったシャルロッテを見つめるが、引き攣った表情のシスターマリエッタは、どこか非難げにアロイスを見ている。シャルロッテは少し思案気だ。老いたシスターは、目をつむり、静かに佇んでいる。


「あの、シャルロッテ姫」


さすがにこの空気に耐えられなくなり、アロイスはその口をおずおずと開いた。


「…先ほどの質問に答えますわ、アロイス王子。教会がなぜこんなにも都市部、王都から離れているのか──それは、簡単な話です。

戦争孤児だけでなく、孤児という存在はこの国において、差別対象にあるからです。」


予期していた答えと、皮肉にも当てはまっていたことに、アロイスは落胆した。薄々勘づいてはいたのだ。使用頻度の高いはずの教会が、都市部からなぜこんなにも離れた場所にあるのか。それでも、当たって欲しくなかった予想に、アロイスは顔を顰めながらシャルロッテの言葉を待った。


「子供たちを守るために、お父様が教会を離れた場所にお作りになったのです。」


シャルロッテは、唇を真一文字に結んだ。父親の政策とはいえ、それに納得していないのだろう。

アロイスはその言葉に深く額のシワを刻ませた。


「……それがさらに差別を深刻化させると、王は思わなかったのですか?」

「え?」


アロイスはため息をつく。


「これでは、戦争孤児は隔離をせよ、なぜならば彼らが異質だからだと、国が認めたも当然ですよ。国が認めれば、民はこうは思うと思いませんか? 『孤児を隔離するのは当然』『なぜならば、国がそれを認めているのだから』──まだ浅かった穴は、不幸にもその政策によって深くなっていく。恐ろしいことに、負の感情ほど、広がるのは早いものなんです。」


アロイスの言葉に、シャルロッテの大きな瞳がさらに大きく見開かれた。シスターマリエッタも、驚いた顔をしている。

だが、ただ一人、老シスターだけは微動だにせず真っ直ぐ机を見つめていた。


「今すぐにでも、王都や都会のそばに孤児院を大量に作るべきです。孤児院が足りていないのは、隔離された場所が中々見つからないからでは?」


アロイスの指摘に、シャルロッテは目線を迷わせた。当たってはいるが、俺の言った言葉を肯定するのは些か不都合が生じる。だから反応しづらい、といったところか。

シャルロッテの反応を待っていると、不意に先ほどの老シスターがゴホンと重たい咳をした。


「……閉ざされた声を聞く者は誰もいますまい。」


妙に嗄れた声が響く。


「アロイス王子よ、貴方の洞察力は鋭い。しかし、我ら上に立つ者の中に、その問題を指摘する者は数多くいた。」


老シスターの方を向くと、老シスターは今まで閉じていた瞳を開けていた。その目を見て──驚いた。鷹のような黄色の目。その両目に、光はなかった。


「だが、虚しくもその言葉は消された。我らでは力は及ばなかった。その理由は、ただ一つです。……あまりにも強大な力が、この国に蔓延っておるのです。」


アロイスは、シャルロッテの方にちらりと目線を寄せてみた。彼女は訳が分からないといった表情でアロイスを見返している。どうやら、彼女にも老シスターの言っている意味がわかっていないらしい。そんな2人を全く気にしていないらしい老シスターは、見えていないだろうにも関わらず、不意にアロイスの方をまっすぐに見つめた。


「アロイス王子よ」


重重しい声に、アロイスは思わず背筋を伸ばした。


「…はい」

「大国アルントに敵はいないとお思いか?」

「……そうではないのですか? 大国アルントは多大な力を持つ軍事大国だと、お聞きしていましたが」


素直に答えれば、老シスターは暫くの沈黙のうち、どこけ諦めたように自身の膝頭へ目線を落とした。


「このアルントより北の国に、アルントよりも広大な土地を持つ軍事大国があります。」


老シスターは、ゴロゴロと嗄れた声で真っ直ぐに言う。


「その国の名は、ルイナス」


シャルロッテが、はっと顔を上げた。どこか縋るようにシスターを見つめたが、老シスターは、そんなシャルロッテを気にも止めることなく続けた。


「強大な力の正体は、『ルイナス』による間接的干渉です。」

「……間接的干渉?」


そうです、と老シスターは頷いた。


「ルイナスとの関係性を改善しなければ、この国は、やがて傾くでしょう。」

「シスターマリエッタ!」


叫んだのは、レオナだった。確かに、王族の前でよくもまぁ国が傾くと言えたものだ。けれど、とアロイスはちらりと老シスターを見つめる。顔色は悪いが、毅然とした態度を崩さない老シスターも、ある程度の覚悟を持って今の言葉を言ったのだろう。それはつまり、覚悟を決めて言わねばならないこと、だったのだろうということだ。


「…シャルロッテ姫」


アロイスは、そのまま少し思案していたが、すぐにぱっと顔を上げた。


「今日は帰りましょう。視察はやり遂げました。」


しかし、アロイスの提案に、シャルロッテは不満げに声をあげる。


「…っですが」

「ここの問題は分かったのです。視察としてやるべきことは終わっていますよ。」


穏やかに、だが牽制するかのようにいえばシャルロッテは大人しく黙った。項垂れてしまった、シャルロッテの手を、アロイスはそっと握る。弾かれたように顔を上げたシャルロッテにそっと目配せをする。


「御二方、今日はどうもありがとうございました。本日は次の視察も控えているので、これで失礼致します。」


にこりと微笑めば、シスターマリエッタは驚いた顔をした。しかし、小さく頷くとそのまま見送りに来てくれた。

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