10.国民視察


レオナとの対戦から五日ほどあけたある日のことだった。

公務の一つである国民視察を命じられた。

内容は文字通り。未来の王と王妃を国民へお披露目するのと同時に、現時点の国民達の生活を視察するのだ。

民の真意なく国はなりたたず、とのことらしい。


「……視察ねぇ」

「不安しかありませんけど……大丈夫なんでしょうか」


ロイクと顔を見合わせてため息をつく。

本当に陛下には嫌われたものだな。こんな状態の俺を国民にみせて何が起こるかなんて、赤子でも分かることだろうに。下手したらシャルロッテのファンたちにまた射られるぞ。


「公開処刑的な意味なのか? ん?」

「一応公務ですよ、アロイス様」

「公務ったってなぁ……陛下が考えていることが、俺にゃいまいち分かんねえわ。俺を殺したいなら、手っ取り早く殺りゃあいいのに」

「王が表だって貴方を殺せるわけないじゃないですか! ……ま、とは言っても私はアロイス様をそんな簡単殺せるとも思えませんけどね」

「お前な、最近俺のこと下にみてるだろ」


ロイクはしらっとした顔で、持っていた盆を置いた。


「何をおっしゃいます!私はこんなにもアロイス様に尽くしておりますのに……っ」

「せめて目を見ていえ」

「あ、そういえばシャルロッテ様にしばらく面会していませんけどよろしいのですか?」


うまく話をすり替えたロイクをじろりと睨むが、そんなことがロイクに通じるはずもなかった。

諦めてアロイスはふぅと、息をつく。


「いーんだよ。あの人も俺と会わない方がいいんだからな」

「ですが、アロイス様はシャルロッテ様の婚約者なのに…。全く会わないのは、さすがに失礼に値するのでは」

「あのな、ロイク」


アロイスはロイクの言葉を遮ってから座り直す。そうして、ロイクのことをじっと見つめた。


「俺は、異端だよな。あだ名はバケモノ王子だし、鬼を身体に飼っていて、世界を滅亡させる力を持つと言われてるよな。それに顔も平凡だし、おまけに小国出身だ。いくらアルントの方が俺の国を欲したからといっても大国と小国の差は変わらない。皮肉なことにな。……いくら俺がシャルロッテにとって正式な婚約者であっても、俺もシャルロッテもこの婚約は認めていない。互いが自由に生きると、約束したんだよ」


言い切るとアロイスは力なく笑った。


「関わるのはやめだ。ましてやシャルロッテは弱い存在だしな。俺があの人の側で鬼として覚醒する可能性だって有りうることなんだよ。それに、俺がお前を側に置いてるのは、俺が万が一鬼に食い破られそうになっても、お前は俺を殺せるだけの暗殺技術があるからだ」


ロイクは強い。だからこそ側に置ける。わざわざリラからロイクを連れてきたのだって、俺を簡単に殺すことができるからだ。


「……はぁ、わかりました。アロイス様がそこまで仰るなら、私はもうなにも言いません」


ロイクはどこか諦めたようにため息をついた。


「ま、どちらにせよ? こっちから会いにいかなくても国民視察のときに会うし?」

「それはそうですけど……。あ、アロイス様何着ます?」

「黒」


アロイスはロイクが持っている黒の服と派手な真っ青な服を見比べてから言った。


「……アロイス様、刺客のことを心配してるのであれば国民視察といえども、そこまで大々的にやるわけじゃないらしいので、あまり慎重になる必要はないと思いますよ」

「だとしても、目立つ服を着ていると、弓で射られやすくなるだろうが。俺ここにいますよ!狙ってください!!って言ってるようもんだぞ。慎重に慎重を重ねて悪いことはない」

「射られても、どうせアロイス様なら切れますって」


アロイスは苦々しい顔をする。


「無茶いうな。いくら鬼を飼ってるっつったて、覚醒さえしなければ俺自身は普通の人間だぞ?」

「…アリアナ様と互角なのにですか?」


アロイスは少しだけ悩む。怪物並みの強さをもつアリアナ姉さんと互角……ってことはもしかしたら俺も怪物なのか?


「………まぁいいや。お前に任せるが、なるべく地味目で。願わくば黒で。」

「承知いたしました」



その頃、シャルロッテはというと。


「フィオレ、私どうしたらいいの!?」


シャルロッテは叫び声をあげながら悲痛そうな顔をしていた。一方、隣では疲きった顔をしたメイドのフィオレが顰めっ面をしている。なぜこんな騒ぎになっているのかという素朴な疑問は、恐らく服で散らかった部屋を見れば一目瞭然だろう。


「明日はなにを着ればいいの!??」

「シャルロッテ様、やはり一番最初のモスグリーンのドレスが良いのではありませんか?」

「だめよあれは普段着みたいなものじゃない! あ、でも明日はあまり大がかりな視察じゃないと聞いていたし、むしろ普段着みたいな服の方がいいのかしら?」


シャルロッテは、もー!!と、苛立ち気にため息をついた。


「なんでこんなに悩まないといけないのかしらね、フィオレ…?」

「アロイス様に久しぶりに会うからでは?」

「…はっ?! 何言ってるのよ! フィオレのバカね。私があんな人に久しぶりに会うからだなんてそんなこと、あるわけないじゃない」


ケラケラと笑うシャルロッテ。

フィオレは生暖かな目をシャルロッテに向けた。もう、ここまでくると、鈍いとかそういう問題でもない気がする。幼いときからシャルロッテの側に仕えていたフィオレはふぅ、とため息をつくとクローゼットの中から淡いピンクの生地に、白いレースや飾りのついた比較的緩やかなシルエットのドレスを取り出した。

このドレスはつい一ヶ月ほど前に作らせたドレスで、まだ一度も着たことはなかったはず。普段は着ないようなシンプルなデザインのドレスだが、もしかしたら今の姫様なら気に入るかもしれない、とフィオレは思い切ってそれをシャルロッテに見せた。


「姫様、こちらはいかがですか?」


差し出してみると、シャルロッテはとたんにぱっと目を光らせた。持っていた別のドレスを椅子にかけ、フィオレに近付く。


「私、こんなドレスみたことなかったわよ?! ……素晴らしいデザインじゃないの!どうしてこれを早く出さなかったの?!」

「どうしても聞かれましても…姫様はこういうシンプルなドレスはあまりお好きではないと……」


戸惑ったフィオレに、シャルロッテは心底驚いた顔をした。


「確かにシンプル過ぎるのは味気ないと思っていたけれど、こういうデザインのシンプルさは好きよ?」


むしろこういう方が可愛くていいわ、とシャルロッテは笑った。

またも驚くフィオレ。


「それは…存じ上げませんでした。申し訳ありません」

「別に謝らなくてもいいわよ。特別、これが良い! って訳でもないんだから。」


さっそくそのドレスを合わせ始めたシャルロッテ。フィオレは、少しだけ微笑むと、「さようですか」とだけ言い、またクローゼットへと戻っていった。


「…とりあえずこれで明日の視察のドレスは決定ね。アロイス王子は、どのような服装で来るのかしら」


視察といえども国民に彼を会わせることに些か心配があるのだ。

黒い髪と瞳を持った、顔の半分だけ痣におおわれた異端な王子。国民は彼をどう見るだろうか。私が彼を見たときのように、国民も彼を悪くみてしまうのだろうか。私が彼に言葉をなげかけたとき、彼は…どこか諦めた表情をしていた。それはまるで、「あぁ、またか」と悟っているような悲しい顔だった。

リボンの靴を持ったまま、シャルロッテふわりと座り込んだ。

私は彼を異端だと思ったし、正直全然かっこよくないとも思った。鬼を飼っていると、バケモノだと周りは言ったから、私も彼をそう見ていた。ブサイクだってみんな言うから。周りの意見に、賛同した。ちゃんと見てもいなかったのに。


でも、本当は?

ちらりと胸をよぎった、声。

彼は、本当に周りが言うような化け物だった?


「……姫様!?どうかなさいましたか?」


不意にかけよってきたフィオレのせいで、思考の渦から解放された。はっと顔を上げたシャルロッテは、曖昧に微笑みながらも、頬に手を当てて子首を傾げる。


「……なんでもないわ。ちょっと疲れちゃったみたい」

「そうでしたか。ずっとドレスを選んでおりましたし、お疲れにならないはずがありませんよ。」


フィオレは、「では、なにか甘いものでも持って参りましょうか」と忙しそうにパタパタと去ってしまった。


残されたシャルロッテは、未だわんわんと警報がなるかのように頭にこびりついて離れない声について考えていた。


「……バケモノ王子、なんて良く考えればなんてひどいあだ名かしら。」


まだ彼と出会って、二週間ほどしか経っていない。けれど、私は断言できる。


彼は、バケモノなんかじゃない。


とっても嫌味なやつだけれど、すぐに本心を隠して、嘘の笑顔を振り撒くような人ではあったけれども、それでも他人が言うような人なんかじゃない。


何故だか胸が苦しくなってきた。シャルロッテは柔いその唇を噛み締め、俯いた。

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