第53話 父との再会

 その日の夜、俺は眠ることができなかった。単純に、昼真寝過ぎたのだ。身体が全く疲れておらず、そもそも眠ろうという気にすらなれない。


 明日も休みだから別にいいのだが、ただ朝までじっとしているのも嫌だったので、こっそり家を抜け出す。ほかの人はみな熟睡していたので、するりと抜け出すことができた。


 気付けば、「単独行動」のスキルも発動している。せっかくだからステルスで夜中の村でも覗き見してやろう、といたずら心が起こった。


 村の中心に行くと、まだ明かりが点いていた。夜中に男どもが酒を飲んで騒ぐのは、どこも変わらないらしい。


 ふと、嗅ぎ覚えのある匂いが鼻腔をくすぐる。ふと見れば、屋台が出ていた。


 そこで鶏肉を串焼きにしているのは、レイラさんだ。


「酒のつまみに焼き鳥はどうだい?」

「おう、姉ちゃん1つ!」

「こっちもだ!」


(…………ここまで来て料理?)


 俺は呆れたが、それがレイラさんの性分なんだろう。つまりは、誰かに飯をふるまうのが好きなのだ。


 俺は失笑すると、その場を去る。その時、目の前に一本の焼き鳥櫛が飛んできた。


 俺の目の前に刺さったそれは、今しがた焼き終わりタレをつけたばかりで、ホカホカと湯気を立てている。


「あー、手が滑っちゃった。アレはもう廃棄だなー、地面に落ちたわけでもないし、誰か食べてくれるといいんだけどなー」


 そう言いながら、レイラさんは肉を焼いていた。


(……気づくのかよ、やっぱり)


 俺は焼き鳥を手に取ると、ほおばった。


 肉汁が口の中に染み込む。甘いタレがさらに肉のうまみを引き立てていた。


「……うっめ」


 俺は肉をほおばりながら、見慣れた村を歩き回り始めた。


「いやあ、あのラウルが!実に!実にめでたいですぞ!」


 村役場の中では、村長と村の役員連中が飲みながら語らっていた。


 どうでもいいが、1村人の結婚式の準備でこれである。どんだけ普段イベントがないのか。


「冒険者として一旗揚げると言っていたが、まさか結婚することになるとは!」

「冒険者はもう引退するみたいですがね」

「それは残念だが、盛大に祝ってやろうじゃないか!」


 それぞれ好きかって言いながら、わいわい騒いで酒を煽っている。大体平均年齢は50くらいだろうか。まだまだ元気なものだ。


「……そういえば、ラウルと一緒に村を出たやつがいたな。誰だっけ?」

「え?確か狩人のバルグさんの息子だろ?名前は……」

「えーと、確か…………わからん。というか、来ているのか?」


 俺は苦笑いした。どうやら俺は村の中では影の薄い存在だったらしい。これでも筋肉猪の討伐とかやってるんですよ?


「…………コバくんです」


「?……ああ!コバね。そんな名前だったか!」


 一人、突っ伏して倒れている女性がいた。俺の名前を出した人だ。


 誰だろうと思って顔を覗き込み、俺は驚いた。


(マイちゃんじゃないか!あのオヤジどもの相手してたのか)


「コバくんはぁ、すごいんですよぉ。どんなにパーティが解散になっても、彼だけは冒険者を諦めないでぇ、それでぇ……」


 どうやら、相当酔っぱらっているらしい。まさか本人がいるとは気づきもしないだろう。


 それでも、そう言ってくれることは、素直に嬉しかった。


 俺は適当にあった毛布をひっつかみ、マイちゃんにかけてやった。


 マイちゃんはそのまま、すうすうと寝息を立てて顔を腕に埋めてしまった。


 俺はその様子を見届けてから村役場を後にする。


「……父ちゃん、ここにもいねえな」


 部屋の件で文句の一つでも言おうと思ったのだが、どうやら村の中にはいないらしい。となると、森か。仕事してんのか?こんな夜中に?


 そう思って町を歩いていると、どこからか甘い声が聞こえてくる。


「ねえ、ねえ、ねえ……」

「待ってくれよ、今日はもう……」

「ね?ね?……ね?」


 なんだか、聞き覚えのある声だった。


 ふと聞こえた方の壁を見やる。


 そこは鶏農家の家だった。村の中でも大きな家であり、ラウルの実家である。


(……そういえば、ラウルの家族は気使って村長の家に泊まってるんだっけ)


 つまりは、そういうことか。


 俺は、領主さまの家でラウルの顔が青冷めているのを思い出す。


 きっと、子供は親御さんに預けてるんだな。


 俺は小さく合掌して、ラウルが腎虚にならないように祈った。


 そして、ラウルの家から距離を取るように離れる。


 何が楽しくて、幼馴染の情事を聞かなければならないのか。

***************************


 最後に向かったのは、俺の家の裏にある森だった。


 父ちゃんが仕事するときは、大体ここにいる。俺も小さいころ、よくこの森に入って遊んだもんだ。


 森に入ると、なんだか昔とは気配が異なっている。禍々しいというか。


(まあ、10年近く入ってないし、気配が違うのも当然か?)


 そう思いながら夜中の森の中を進む。


 今でこそ夜中に森の中に入るなどよくあることだったが、子供の頃は信じられなかった。入ることもできずに泣いてたんじゃないかなあ。


 しばらく森を進むと、何か森の景色に違和感を感じた。


 何かが紛れている。これはレンジャーだからわかることだろう。自分もやるからだ。


 つまりは、身隠し。木々を身体に纏わせて、自然に擬態するのだ。

 

 そして、この森でそんなことをするのは、一人しかいない。


「とう……」


 話しかけようとして、俺はその言葉を止めた。


 父ちゃんが、やけに真剣な目で弓を構えていた。


 父ちゃんが見ているのは、茂みの奥だ。その奥に何があるのか、俺も見やる。


 そこにいたのは、比較的大きな狼だった。


(……この森にこんなのいたか?)


 記憶を思い返しても、そんな覚えはないが。


 父ちゃんは弓をゆっくり番えて、まっすぐに狼を見据える。


 よく見ると父ちゃんも狼もボロボロだ。互いにずっと戦っていたのかもしれない。


 狼の方は警戒を強めているから、間違いないだろう。


 引き搾った矢が放たれた。狼はすんででそれを躱し、父ちゃんの方向へ鋭い目と牙を向ける。


 狼が一直線に父ちゃんへと迫る。父ちゃんも対抗しようとするが、疲労からか立ち上がるのが一瞬遅れた。狼が父ちゃんにとびかかった。


 もちろん、黙って息子の俺が見ているはずもない。


 常に持ち歩いている短剣を腰から抜くと、狼の喉に突き立てる。狼も刺されて初めて俺の存在に気づいたようだったが、瞬間に首の骨を切り裂かれ、絶命した。


 そして、俺の存在に気づいたのは、狼だけではない。驚いたように突然現れた男を見つめている。


「…………コバ…………!?」


「よう、父ちゃん。ただいま」


 狼の首から短剣を引き抜いて、俺は父ちゃんに笑いかけた。

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