第50話 夜明け

 なかなか聞き覚えのない叫び声に、俺は目を覚ました。


 洞窟の外から光が差し込んでいる。どうやら朝を迎えたようだ。


 光が目に染みて、何度か瞬きをする。そうしてやっと、簡易寝床にて俺に、2人の女性の足が絡みついていることに気が付いた。


「…………えっ…………」


 両隣を見ると、ルーフェとマイちゃんが俺にぴったり張り付いて眠っている。ずっと人肌で温めてくれていたのだろう。彼女たちは下着姿だった。


 俺は2人を起こさないように、そっと身体を起こした。腹と肩に痛みが走る。止血と包帯の処置はされていた。


「……ん。起きた?」


「あ、レイラさん」


 洞窟の奥を見やると、レイラさんが座っていた。彼女は俺に近づくと、眠る前にくれた飲み物をくれる。俺の喉はすっかりカラカラだった。


「いやあ、美女二人侍らせて、役得だねえ、この色男」

「死にかけにそんなこと考える余裕ないっすよ……」


「ま、そうだろうね。特に深いこと考えずに礼は言っときな」

「……そうします。そういえば、ラウルは?アンネちゃんも!」


 俺がまくしたてると、レイラさんは黙って親指で向こうを指し示した。


 そこには、布にくるまれて泣いている赤ん坊と、それをあやしているラウル、そしてそれを横になりながら見ているアンネちゃんの姿があった。


 その横で、多くの男女がぐったりと倒れている。


「どいつもこいつも集まるもんだから困ったよ。生まれた時、あの子泣かなくてねえ。どうすんだ、どうすんだってみんなして騒いでさ」


 まあ、尻叩いたら泣いたからよかったけどさ、とレイラさんは続ける。


 俺は肩の力を、一気に抜いた。


「よかったぁぁぁぁ~~~~~~~」

「まあ、何とかなってよかったよ。……お疲れだったね」


「まあ、あのイノシシよりはマシです」


「そうかい。……ラウルも、何とか止められたみたいだね」

「ええ。アイツは道具屋ですからね。人殺しなんてさせるわけにはいかないでしょ」


 俺がそう言うと、レイラさんは笑って頷いた。


「うん。合格だね。これなら王都でも大丈夫だろ」


「なんすか、それ?」


 俺が笑ってそう言うと、レイラさんが一枚の紙きれを差し出してくる。


「これは?」


「王都での伝手リスト。なんか必要なものあったら、そこに行くといい。いいもん揃ってるから」


 ……王都にも伝手があるのか。いや、そんな気してたけど。


「そう言えばレイラさん、アンタからもらったあの水晶……」


「さて、じゃああたしは帰るかね!」


 レイラさんはすくっと立ちあがり、ラウルのところへ向かう。


 どうやら赤ちゃんの扱いについて教えているらしい。そして、レイラさんが洞窟の外に出るとき、俺たちは目が合った。


「コバ!起きたのか?」

「おう」


 ラウルは、恐る恐る俺に近づいてきた。


「……けがは……」

「腹の方は何とかなったみたいだ。肩は……まあ、そのうち治るだろ」


 ラウルの腕の中では、赤ん坊がこちらをまじまじと見つめている。


「へえ、これがお前の子かあ。名前決まってんの?」

「いやあ、実は、まだ決まってねえんだな」


「そう。男?女?」

「女の子。娘だ!」

「へえ!」


 俺は赤ん坊のほっぺを、軽く指でつつく。ぷにぷにで柔らかい。何回かつつくと、泣き出してしまった。


「あ、コラ!泣かすなよ!」

「いや、悪い悪い!つい……」

「ついじゃねえっつの、全く……」


 ラウルはそう言って鼻を鳴らしたが、赤ん坊を抱いたまま壁にもたれかかり、座った。


「……ごめんな。コバ、迷惑かけて」

「……ほんとだよ」


 俺はラウルの隣に座る。


「あんまりはっきり覚えてねえ部分もあるんだ。俺、頭に血が昇っちまっててよ」

「だろうな。俺はお前より強い、なんて絶対言わねえもんな」


「……そんなこと言ったの?俺?」

「言ったよ?お前、俺の事そんな風に思ってたわけだ」


 俺の言葉に、ラウルは言葉を失う。その顔は、かなり言いたくないことを言ってしまったことを物語っていた。


「……別に、優劣をつけたかったわけじゃねえんだよ。たださ、実際一緒にいた時は、俺の方が戦う場面が多かったわけで……」

「いいって別に。だって事実だし」


「でもさ、お前にそんなことするのって……やっぱ大人げねえよ」


「あほか。俺の方が年上だよ」


 俺はそう言ってラウルの頭を撫でた。昔はよくやっていたけど、冒険者になってからはめっきりだ。こうやってやるのも、実に12年ぶりくらいだろうか。


「コバ……」


「お前がどうだろうが、俺は気にしないっての。それより、道具屋がこんなに人ボコボコにした方が、よっぽど迷惑だろうが」


 俺は、洞窟にいる気絶した冒険者たちを顎で指した。


「……加減しろ、バカ!」


 俺がそう言うと、赤ん坊が俺の顎を触ろうとする。


「ん?」


 触らせてやると、顎の肉を思い切り引っ張り出した。


「いででででででででででででで!」


 どうやら、お父さんにバカといったのが気に入らないらしい。


 その様子に、ラウルは思わず泣き笑いの表情になった。


***************************


 それからしばらくして。


 領主さまの一団が、この屋敷の燃え跡にやって来た。


 領主さま自ら先頭に立ち、現場の指揮を執っている。


「ギルバートからことのあらましは聞いている」


 とのことで、バレアカンの借金冒険者たちをアンネちゃんの誘拐に加担した罪にて捕らえに来たとのことだ。


「……ところで、コーラル伯爵はどこかね?」


「「えっ」」


「えっ?」


 俺とラウルは顔を見合わせた。そう言えば、すっかり忘れていた。あいつ、どこ行ったんだろう。


 ふと、森の方を見る。とりあえず、わかっているのは森の中にいたということだけだ。


 領主さまは溜息をついて、森の中への大捜索隊を派遣することとなった。


 結果からすると、伯爵はすぐに見つかった。


 彼は森の中で一晩を過ごし、凍死寸前であった。命からがら屋敷前まで戻ってきたものの、戻ってきたら俺たちがいて、さらに驚きの声を上げる。


「な、き、貴様らなんで……!!」


「……伯爵。残念なお知らせがございます」


「な、何だ!」


「あなたの此度の所業、すでに奥方様がご存じです」


 領主さまの言った言葉に、伯爵の顔が凍り付く。


「な、な、な、なぜ……!!?」


「まことに恐れながら、わが町の冒険者を、ギルドの仲介なく不正な仕事に従事させたとして、ある金融組合を処分いたしまして。その際に、コーラル伯爵のお名前が出たものですから、早急に報告を、と思いまして」


 領主さまが言っていた動きというのは、そう言うことか。


 俺は合点がいった。


 伯爵本人は叩けないから、根っこを登ったわけだ。いったいどういう登り方をしたのかまでは……考えない方がいいだろう。


「それで、此度の伯爵の命令による町民誘拐事件。それは、領主として放っておくわけにもいきますまい」


「な、何を言う!この私に匹敵する証言力を持つ者など、誰もいないではないか!ここにいるのはすべてドール領民、なれば私に不利な証言をしようと口裏を合わせることは可能!」


「……残念ですが、そうはなりませんよ。伯爵」


 その声に振り向くと、ロウナンドが立っていた。同じくコーラル伯爵領民の冒険者に肩を借りている。


「証言なら、俺がします。コーラル伯爵領の冒険者であり、伯爵から直々に依頼を受けた私であれば、証言には十分な証拠能力があるでしょう?」


「ロ……ロウナンドぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」


 俺とラウルは、ロウナンドに駆け寄った。


「アンタ、なんで……!」


「……俺はその子が生まれるのを見ていたんだ」


 ロウナンドはそう言って、ラウルの赤ん坊を見る。そして微笑んだ。


「俺は、あの時深く感動してな。母ちゃんが俺を産んだ時も、あんな苦しそうにしていたのかと思ったら、今自分がやっていることが情けなく思えてきたんだ」


「き、貴様……!」


「俺たちはコーラル伯爵の下、バレアカンの町の道具屋の娘アンネ嬢を誘拐、暴行を行うことを黙認しようとしていました。さらに、屋敷内には同じように誘拐した女性も多く……」


「ヤメローーーーーっ!ヤメローーーーーーーっ!」


 コーラル伯爵が悶絶する中、ロウナンドは伯爵の罪をあらかた白状した。


 領主さまも最初はうんうんと聞いていたのだが、だんだんと顔色が悪くなっていく。


「……そして、子爵を暗殺し、その妻と娘を寝取ったこと。……まだありますが?」


「いや、わかった。さすがにここでは聞き切れないな。しかるべきところに来てもらおう。……伯爵、あなたももちろん、構いませんね?」


「……!!」


 コーラル伯爵はロウナンドを睨みつけたが、ロウナンドが睨み返すと何も言えなくなってしまい、黙って頷いた。


 ロウナンドが歩き出す際、こちらをちらりと見た。


「……王都で会おう」


 それだけ言って、ロウナンドは笑った。


 そして、2人は馬車へと入っていく。


「コバ。今回の件、よくやってくれたが……やりすぎじゃないか?」

「屋敷が燃えたのは俺のせいじゃありませんよ?」

「俺のせいでもないっすよ?」


 燃えて焦げた骨組みだけになった屋敷跡を見て、俺たちは苦笑いした。

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