第40話 鍋パを終えて

「……なるほど」


 一通り鍋を平らげた俺たちは、本題の報告に入っていた。


 ちなみに、女性陣は普通の格好だが、俺たち男性陣はみな薄着のTシャツ姿である。激しい肉の取り合いをしていたのと、体が温まったので、むしろ冬用の装いは暑かった。


 それは領主さまも同じであった。肌着も派手なのかと思ったが、意外にも白無地のTシャツである。そして、そのまま紅茶飲んでやがる。


「……伯爵の屋敷内に具体的な書類は、その書斎の中の可能性が高い、ということか」

「でも、鍵もかかってたし、何よりヤバそうなやつが見張りにいたんで、おとなしく」

「ふむ。まあ、賢明だろうね」


 領主さまは口に手を当て、考える仕草を取る。


「ロウナンド。そう言われていたんだね?君に気づいた冒険者は」

「はい、こいつをさらにでかくしたみたいな奴です」


 俺はそう言って、ラウルを指さした。


「おいおい、それ、結構な体格じゃねえの?俺よりでかい奴って、そうそういないと思うけど」

「ああ。おまけに勘も鋭い。ステルス状態の俺に気づきかけたからな」


「……伯爵が以前自慢していたな。うちの領地最強の冒険者だと」


 ロウナンドは、コーラル領内の冒険者ギルドでトップクラスの実力を持っているらしい。凄腕のウォリアーで固定パーティを組まない男であり、ギルドだけでなく冒険者からも雇われるような形で仕事に徹するのだそうだ。


「筋肉猪の時に、「なんなら派遣してやろうか?」と持ち掛けられたことがあったよ……。おまけに、当然のようにスキルも持っているらしい。詳細までは教えてくれなかったがね」


 スキル持ち。それは厄介だ。スキルというのは、初見殺しに近い。何のスキルを持っているかもわからない奴と戦うことほど、恐ろしいことはない。


「……肉体強化系かな」


 ラウルがぼそっと言った。俺はぞっとする。あの状態から、さらに強くなるってのか。


 俺の「単独行動」スキルがそうであるように、スキルによる能力上昇は普段の鍛錬よりも著しい効果が出る。もっとも、普段から鍛えていないと反動でひどい目に遭うわけだが。


 そして、スキルには往々にしてそう言った効果の物が多いのだ。


「とにかく、彼はおそらく伯爵に雇われて護衛をしているのだろう。そして、書斎の鍵は伯爵自身が持っている」

「でしょうなあ」


「こちらができることとしては、彼が伸ばす手を払うことだね。町の役員が買収されている。この情報だけでも、十分な収穫だよ」

「びっくりしましたよ。あの人、確か町の雇用事業担当でしょ?男女平等とか言ってたのに」


 俺は、アへ顔を晒していたおっさんの顔を思い出していた。


「……これを機に、町の膿を何とかしないといけないな。そして、彼のこの領地での戦力を削る」


「そういえば、ドール領の冒険者はどうするんですか?」


 俺は領主さまに聞いた。彼らも言わば被害者だ。借金を抱えてしまったのが原因とはいえ、あの仕打ちはあんまりである。


「……コバくん、それについては、ギルドの管理問題だから」


 答えたのは、領主さまではなくマイちゃんだった。


「ギルバートさんが、考えはあるって言ってたけど……」

「考え?」

「私も、詳しくは分からないのだけれど。でも、近いうちに動くつもりみたい。」


 マイちゃんの言葉に、領主さまは頷いた。


「……そうか。それも聞けて良かったよ。奪われた冒険者をどうするか、というのも悩みの種だったからね。彼らを解放できれば、こちらも有利になるはずだ」


 あくまで交渉の話しだがね、と言って、領主さまは立ち上がった。


「ともかく、状況は迫りつつある。目下、コーラル伯爵の来訪が近い。私も独自に探りを入れてはみるが、君たちも怪しまれないように気を付けてくれ」


 領主さまはそう言うと、高そうな上着を羽織りなおし、悠然と外へ出て行った。


 俺たちは領主さまが出て行ったのを見送ると、ふたたび席に着く。


「……それにしても」


 俺は、ちらりとアンネちゃんの方を見る。


 今までもちょくちょく見かけてはいたが、今見るとやはりインパクトがある。そのお腹だ。


「大きくなったなあ。もうすぐなんだっけ?」

「はい。あとひと月くらいだって、療養所の先生が」

「そっかあ」


 俺は、ふと、サイカ道具店で初めてあったころのアンネちゃんを思い出した。


 彼女と出会ったのは、町に上京してすぐの頃だ。冒険者として必要なものを買うならここ!と、ギルドに勧められて買い物に来たのだ。


 当時アンネちゃんは13歳の子供で、俺からすると、本当に妹みたいな存在だった。彼女も、歳が近かった俺らはとっつきやすかったみたいで、買い物に行くたびに冒険の話をせがんできたもんだ。


 それが、相棒の子供を抱えて、こうしてお母さんになるんだもんなあ。


 全く血は繋がっていないのに、妙に親戚気分になる。


「ラウルとは、どうなの?こいつだらしないから、気に障ることとかしてない?」

「コバ、お前なあ!」


「あはははははははは!」


 俺に文句を言うラウルを見て、彼女は声を上げて笑っていた。


「……そんなにおかしい?」

「だ、だって、二人のやり取り、いつ見ても面白いんだもの。いっつもラウルがおバカなことして、コバさんがツッコんでたでしょ?私、あの流れ大好きなのよ」


「まあ、バレアカンの名物コンビと言えば、俺たちのことだからな!」

「すーぐパーティ崩壊させることでイロモノ扱いだっただけだろ」

「うるせえ!実力もあったね!多少は!」


「あはははははははは!」

「……あんまり笑いすぎると、お腹の子供がびっくりしちゃうわよ?」


 涙を流しながら笑うアンネちゃんを、マイちゃんがたしなめている。


 まあ、この様子だと、ラウルと彼女の結婚を渋っているのは親父さんだけのようだ。まあ、それももう風前の灯火か。


「そういえば、マイさんは誰か、気になる人とかいないんですか?」


 お酒は子供に悪いのでジュースを飲んでいるアンネちゃんがマイちゃんに聞くと、笑顔を保ったまま、彼女の身体が一瞬完全に静止した。


「というか、コバさんもですけど。そういう色恋沙汰みたいな話聞かないですよね?昔から」

「そ、そう……?」

「いや、そんなことないと思うけど……」


「……それ、気になるな」


 口をはさんできたのはルーフェだ。なんだこいつ、と思ったが、どうやら酔っ払っているらしい。空いたグラスがある。さては勝手に頼んだな。


「コバは恋愛とか、女遊びとかに興味がないのか?私の裸を見ても、何一つ動じなかったじゃないか」


 場が、一瞬凍り付いた。


「……裸?」


 マイちゃんが、ポツリとつぶやく。


「それ、ゴブリンの巣の時の話だろ!そんな場合じゃないだろが!」

「お前の家でも見せたぞ。ラウルにも」


「……ラウル?」


 アンネちゃんがラウルの方を振り向いた。笑顔だが、陰がある。シンプルに怖かった。


「誤解だよ!?俺がたまたま風呂上りに出くわしちゃっただけで……!」

「私、聞いてないよ?そんな話」


 ラウルのあの慌てよう。さては前にも似たようなことやってるな?


「コバくん」


 声をした方を振り向くと、マイちゃんも同じように笑っている。


「いや、仕事!仕事だって!ゴブリンの巣って言ったら、マイちゃんだってわかるだろ?」


「……そりゃね。そういうお仕事してる人、何人も見てるわけだし」


 俺は、ほっと一息つく。


「でも、家で見ちゃうのはダメじゃない?」

「だからそれは……!」


「コバぁ!」


 マイちゃんをやり過ごそうとしていた俺に、ルーフェがつかみかかる。


「やはり、ゴブリンに抱かれた汚らわしい女はダメなのかぁ!?」


 酔っ払っているとはいえ、なんてこと口走るんだ。そのまま、俺は彼女に押し倒される形になる。


 ……とはいえ、やっぱり気にしていたのか。


 そりゃそうだよなあ。普通だと、ゴブリンに襲われた女ってのは、嫁の貰い手もない。誰もゴブリンのおさがりなんぞ嫌だからだ。そのため、世を儚んで出家するのがほとんどだという。


 とはいえ、今の状況とは一切関係ないが。


 酔っ払ったルーフェは、そのまま俺の泣きじゃくり始めてしまった。


 ……女っ気がないというのは、こうやってラウルなりお前なりの面倒を見てばっかりだったからじゃないかなあ。


 そう思ったが、口には出さない。代わりに、泣くルーフェの頭をひたすらに撫でてあやし続けるしかなかった。

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