第38話 コーラル屋敷の内情

 行為に夢中になる役員の目を盗んで、俺は廊下に出た。


 廊下には、外にいる冒険者とは明らかに違う連中が見張りを行っている。


 装備は真新しく顔つきも精悍で、明らかに借金苦による労働でここにいるわけではない、ということが見て取れた。

 おまけに、どいつもこいつも見たことがない顔ばかりだった。


(……こいつら、伯爵領の冒険者か……?)


 伯爵から直々に雇われたのか、それとも別ルートからの仕事なのか。少なくとも、ここがどういうところかわからずに見張りをしている、というわけでもないだろう。


 どいつもこいつも、見た目的には強そうだ。素の俺が正面から戦ったら、どうしようもなくやられてしまうだろう。


 スキルが発動している今ならどうにかなるだろうが、そもそも気づかれていないのなら無理に戦う必要もない。


 ならば、気づかれないように引き続き調査続行。


 俺はステルス状態を維持しながら、屋敷内を散策することにした。


 まあ、維持と言っても音を立てないように気を付けながら歩くだけなんだけどな。


 2階の廊下には多くの部屋がある。それぞれに聞き耳を立てると、ほとんどが先ほどの組合役員と同様の声が聞こえてくる。やはり、そういうことにこの屋敷は使われているらしい。


 この階には、それ以外の目的の部屋はなかった。音のない部屋もこっそりのぞいてみたのだが、それも誰もいないだけで部屋の作りは同じである。


(……なんかあるとしたら、1階か)


 階段を下りて1階を覗き込むと、やはりこちらが本命のようだ。2階よりも屈強な男たちがうろついている。


 特に、一人の男が一番に目立っていた。


 髪を刈り上げた、ひときわたくましい男。大柄の肉体はラウルよりも一回りほど大きかった。たくましい腕には俺からすれば両手剣だが、そいつにとっては片手剣ほどの大きさの剣が握られている。


 さすがに筋肉猪までとは言わないが、相当強い冒険者であろう。


(見た感じ、あいつがこの屋敷の切り札か……?)


 俺は階段から、そいつの様子を窺っていた。


 すると、そいつがふと、こちらの方を見る。


 そして、持っていた剣を勢いよくこちらに向かって放り投げてきた。


「…………っ!!!」


 俺の頭上を、剣がかすめて、壁を貫いた。


 とっさに頭を下げなければ、そのまま頭と首がおさらばしていただろう。


 気付かれたのか?いやな汗が噴き出る。

ステルス能力は切れていない。となると、消している気配を察知したのか。スキルか、あるいはあいつの気配探知能力か。どちらにせよ、あまりとどまっているのはまずいか?


「…………気のせいか?」

「ど、どうしたんですか、ロウナンドさん!?」


 剣を放り投げた男に、別の見張りが駆け寄る。いきなり剣を投げつけたので、驚くのも無理はないだろう。


「……いや、何でもない。ネズミが入っているかと思ったが、気のせいだった」

「っていうか、屋敷に穴開けるのはまずいっすよ!伯爵、怒りますよ!?」

「そうだな。何とかしておいてくれ。俺は剣を取ってくる」


 そう言って、ロウナンド、と呼ばれた男は俺の視界から消えていった。残された男は舌打ちして叫ぶ。


「おい、外の連中で空いている奴を何人か連れてこい!」


 そうして連れて来られたのは、バレアカンの冒険者であろう男たちだった。彼らは、穴の開いたところまで連れて来られる。


 俺は穴の真下から離れ、さらに上から様子を見続けた。


「あの穴。明日までに直しとけ」

「えっ?」


 バレアカンの冒険者が聞き返すと、伯爵領の男は彼を思い切り殴り飛ばした。


「え、じゃねえんだよ!ボーっとしてんじゃねえ!」


 そのまま、バレアカンの冒険者の腹を2,3度蹴り飛ばし、唾を吐いていく。


「いいからとっととやっとけや。あと、床も拭いとけよ」


 伯爵領の男はそのまま階段を下りていった。残されたバレアカンの冒険者は、殴られた衝撃か歯が折れている。折れた歯を拾い、口を拭うと、何も言わずに作業道具を取りに戻っていった。


 俺は、唖然とその光景を見ていることしかできなかった。


(……ひでえ……)


 確かに、バレアカンの冒険者は借金によってここで働かされているのだろう。

だが、それにより、伯爵領の冒険者とは明確な待遇の差ができてしまっている。


 手を差し伸べてやりたくもなるが、それはできない。それをすれば、俺の潜入が気付かれてしまう。


 ロウナンドという男は危険なので近づかないようにし、調査を続けるのならバレアカンの人にも気づかれないようにしなくては。


 俺は階段を下り、1階の部屋を調べ始めた。


 1階には、先ほど見かけた裸同然の使用人数名のほか、伯爵領の冒険者がおおよそ10人。あるのは厨房や使用人の控室だ。


 そして、使用人の控室ということは実質娼婦の控室でもある。中を一瞥した時点で、虚ろな目をした女性たちが手錠をはめられ、手錠は鎖で壁につながれている。その数も多く、20人ほどが待機状態のようだった。


 そして、地下につながる階段があるのを見つけた時点で、俺は使用人の控室に入り込んだ。地下室から、先ほどのロウナンドが出てきたからである。


「武器を取りに行く」と言っていたこともあるから、地下には武器庫があるのだろう。


 あの男はどうやら勘が鋭いようなので、うかつに近づくのは危険だ。なるべく遠くでやり過ごしてしまいたい。


 幸いにも、今度は気配も気づかれずに済んだようだ。俺はほっと一息つく。


 ちらりと前を見ると、鎖で繋がれた女たちがいる。ほかには、食事用の皿が置いてあるのみだ。ほかのものは一切ない。


 ふと、ゴブリンに凌辱されていたルーフェと光景が重なった。ここにいるのは、彼女と同じ貴族出身の娘なのか、あるいは村人なのか。


 いずれにせよ、ここにいるのも、ゴブリンの巣にいるのも、何ら変わらないような気がする。


 加えて、あの時のルーフェが「助けて……」と声をかけてきた時のことも思い出した。あの時も、すぐに「助けに来た」と言えずに、一度その場を立ち去らなければならなかった。


 彼女たちはこちらに気づいていないが、状況は似ている。


 俺は唇を噛み締めて、道具袋から紙とペンを取り出した。そこに、すばやく文字を書きし溜め、ズボンのポケットにしまう。


 彼女たちが気付くか気づかないかはわからない。だが、すぐに気づけばもしかしたらスキルの効果が切れるかもしれない。


 だから、これは最後にとっておく。まずは、自分の仕事を優先しなくては。


 彼女たちの部屋を出て、念のために地下への扉を探ってみたが、鍵がかかっていた。恐らく、ロウナンドが持っているのだろう。加えて、1階で鍵のかかった部屋がもう一つ。ここから音は一切しない。そして屋敷の一番奥にあることも鑑みると、伯爵の書斎であろうと俺は推理した。


 鍵自体はどちらも開けること自体はできるが、その間にロウナンドが来ることを考えると、あまり時間の余裕はない。そして万が一にも見つかれば、苦戦を強いられる可能性もある。


 あくまで今回は屋敷の調査が目的だ。ここで見つかるリスクより、今回知りえた情報を持ち帰る方がいいだろう。


 俺は書斎から離れ、ロウナンドの動きに気を付けながら、娼婦の部屋を通り過ぎた。

 通り抜けざまに、先ほど丸めた紙を部屋の中に放り込む。


 あれは、俺なりの小さな抵抗だ。何に対してかと言えば、自分のスキルに対してである。


『必ず助ける』


 とだけ書いた小さな紙を、俺は誰にも気づかれることなく、部屋へ放り込んだ。


 意思疎通でスキルが解けてしまうのなら、一方的にぶつける。恐らく紙が投げ込まれたことも気づかれていないから、読まれるかもわからないが。


 それでも、その場で自分の言葉で伝えたかったことだけは、どうしても伝えたかった。


 俺は1階の開いている窓を探り、外に誰もいないことを確認してから、屋敷の外へ出た。

 外で、最後に確認しておきたいところがある。


 それは、バレアカンの冒険者たちがどこにいるかだ。


 中庭にいたバレアカンの冒険者が後退なのか正門を出るので、俺は便乗して正門から出る。そのまま、ある冒険者を尾行した。


 門から離れたところをしばらく歩くと、明らかに近頃掘られた洞窟があった。


 中を覗き込むと、そこには数多くの冒険者たちが寝転がったり、水を飲んだりしている。


(……まさか、こんなところで寝泊まりしてんのか……!?)


 雪こそ振っていないものの、季節は今冬だ。そんな中、暖房もないこんな洞窟内で、彼らは生活しているのか。下手すれば凍死してしまうだろう。


 いくら借金があるからって、こんなのはあんまりである。


 俺は、思わず涙が出てきた。ラウルほどではないが、冒険者の末路の一つがこれだと思うと、恐ろしくなってくる。


 いや、こんなところで終わらせてはいけない。


 自分が冒険者に絶望しないためにも、彼らをここで殺してはいけないのだ。


 俺は、娼婦と同様に紙に字を書いて洞窟の側に置き、その場を駆け足で離れた。


 絶対に助け出す。その意志を胸に、俺は泣きながらバレアカンへと走った。

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