第35話 ルーフェからの依頼

 バレアカンの町に戻ってきた俺たちを、アンネちゃんが身重ながら出迎えてくれた。


 彼女のお腹はすっかり大きくなっている。お腹の子供は大きいのかもしれない。何しろラウルの子供だからなあ。


「アンネ!わざわざ迎えに来なくても……」

「だって、心配だったんだもの……」


 ラウルは、迎えに来てくれたアンネちゃんをしかと抱きしめた。


 どうやら、夫婦(仮)の仲は、良好のようである。何よりだ。


「ラウル。お前は先帰れよ。親父さんにどやされるだろ?」

「あれ、ルーフェも?」


 俺はルーフェの肩を、ぽんと叩いた。

 彼女の身体が、不思議と少し強張る。


「ああ。ちょっと用事があってな」


 ラウルとアンネちゃんを見送ると、俺はルーフェに向き直った。


 こいつを何とかすると決め、時間も有限と来た。なら、できるうちにできることを徹底的にやらないといけない。


「……それで、私を何とかするって、どうする気?」

「そこなんだよ。だから、俺、ちゃんと聞いていないんだよな」


 とはいえ、町の一郭では話もしづらい。いったん俺の家で話をつけることにした。


 家に着き、互いに座ると、初めて会った時を思い出す。


 行く当てのない彼女をここに連れてきた時、彼女はただ泣くことしかできなかった。どうすればいいかもわからないからだ。


 もっとも、今もどうすればいいのかは、わかっていない。


 だからこそ、ここではっきりさせるのだ。


「正直な話な、何とかすると言っても、どうしたらいいのかさっぱりわかんねえんだ」

「……え?」


「だって、あんたがどうしたいか、それがわかんないからな」


 彼女がヴァレリア領で生きづらいこと、コーラル伯爵に目をつけられていること。様々な問題はあるが、そこからどうするかを決めるのは、他でもないルーフェだ。


 クエストでも、依頼の詳細は依頼人にしかわからない。だからこそ、ヒアリングは大切なのである。


「……ち、ちょっと待ってよ。私は、もう……」

「このまま隠れて過ごすだけで、本当にいいのか?」


 目を逸らすルーフェから、俺は絶対に目を離さない。


「悪いが、直に俺もこの町からいなくなる。……ラウルたちがいるから、このまま道具屋で働くっていうのも、悪くはねえだろ」


「……なんで?」


 ルーフェの口から、言葉が漏れ出た。


「なんで、そこまで私をどうにかしようとしてくれるの……?あなたには、本当に関係のない話なのよ……?」

「そうだな」


「もし、私に協力して、コーラル伯爵に目をつけられたら、あなたの王都行きもなくなるかもしれないのよ!?」

「かもなあ。有力者らしいしな」


「……私には、帰るところなんてないの!だったら、ここで生きていくしかないじゃない!」

「お前、殺人の容疑がかかってるんだぞ?」


 ルーフェの肩が震える。こうしている今も、彼女は追われている身なのだ。


「……私に、どうしろというの……?」

「それを決めてほしいんだよ」


これは、あくまで彼女の人生で、俺なんぞに決定権はない。


 だが、彼女の人生にお節介くらいは、焼かせてもらう。理由は簡単だ。


 そうじゃないと、連れてきた手前、安心して王都に行けないからだ。つまりは自分のためである。


 そんなことは百も承知で、俺はルーフェへの決断を迫っていた。


「……決めてどうなるの。私は殺人犯扱い。父には娼婦として売られ、ゴブリンに犯された元貴族令嬢。……これがどうにかなるの?」


 改めて聞くと、ひどい肩書である。


「どうにかしたいなら、協力するよ」

「……どうして?」


 ルーフェは、まっすぐにこっちを見つめてきた。その目には、涙が浮かんでいる。


「あなたはどうして、私に手を差し伸べてくれるの……?」


 もう、放っておけばいいのに。知らぬと突き放せばいいのに。


 なぜ、自分なんかに手を差し出すのか。


 それがわからないルーフェは、不思議そうに俺を見つめる。


 こう言ったら、傷つくだろうか。


 そう思っても、それ以外に理由は思いつかない。彼女に隠し事をするのも、なんだか気が引ける。


 正直に話そう。


「……俺さ、冒険者として偉大になりたいんだよ」


「……え?」


「ガキの頃にさ、そういう話、好きだったんだよ。それってさ、本当に困っている奴を、絶対に見捨てないんだよな。……俺は、そんな風になりたいわけだ」


「……あなたから見て、私はそう見えるの……?」

「……うん」


「だから、助けてくれるの……?」

「……そうだな」


 彼女の平手打ちが飛んできた。俺はそれを避けない。

 当然と言えば当然だ。


「……つまり、ただの同情じゃない……!!私の境遇に、ただ可哀そうって思っただけってこと!?」


 ルーフェは、涙を浮かべながら俺を睨みつける。


 貴族の娘としての、プライドがあるのだろう。それを傷つけられて、激しい怒りがこみあげてきている。


 その質問に、俺は答えなかった。ただ、目で答えは言っている。


 その通りだよ。


 だからこそ、聞いているのだ。


「お前は、このままでいいのか?」


 やり方は酷だということは承知している。だが、俺が何かしてやれる時間もあまりない。


 立ち上がれないのなら、このままこの町でひっそり暮らせばいい。


 ルーフェは、平手を見舞った手の首を握った。どうやら、今ので痛めたらしい。


「……痛い……」


 手首を押さえる彼女の目から、大粒の涙がこぼれる。


「……悔しい……!」


 手で押さえることもなく、涙はとめどなくあふれ始めた。


「悔しいわよ……!悔しくないわけないじゃない……!」


 そして、泣きながら俺のことを睨む。


「お父様に捨てられたことも、殺人犯にされたことも、ゴブリンも!……あなたなんかに同情されていることだって、悔しくてたまらないわよ……!」


 彼女は、俺につかみかかり、そのまま押し倒してきた。


「なんで!なんで私が、こんな目に合わないといけないの!好きで妾の子に生まれたわけじゃないのに、なんでお姉さまは私をいじめるの!なんでお父様は私を売る時、ほっとしたような顔をしたの!なんでコーラルみたいな男なんかが、私を見初めるの!?なんで逃げた先にゴブリンがいるの!?なんで純潔をあんな奴らに捧げなければいけなかったの!?なんで逃げた私を放っておいてくれないの!?なんでしてもいない罪を着せられなくちゃならないの!!??」


 ルーフェの独白は止まらない。涙と鼻水と、唾をまき散らしながら、彼女は狂ったように叫び続ける。


「わからないわよ!どうしてよ!どうして私ばっかりがこんな目に遭っているのよ!?なんで、なんであなたみたいな冒険者なんかに同情されて生きて行かなくちゃいけないの!?」


 俺は彼女の叫びを、真正面から受け止めていた。


「なんで冒険者なんかに同情されなきゃいけないの!?もう、わかんないわよ!わかんない、わかんない!悔しい!悔しい!許せない!許せないわよ!あいつらも!」


 そして、俺にぶつからんばかりの距離で、最後の言葉を絞り出す。


「……何もわからずに流されている、自分も……!」


 そこで、ようやく力が抜けたのか、ルーフェは俺から離れた。


 今ので服が着崩れしたのか、互いに整えていると、ルーフェが呟く。


「……強くなりたい」


 俺は、彼女の方を見た。


「強くなりたい。自由になりたい。コーラルには土下座させたいし、家族は一発ぶん殴りたい」


 いいぞ。いい感じだ。


「だったら、冤罪を晴らして、故郷に帰らないといけないな」


「あなたに同情なんてされないくらい、強くなりたい……!」

「じゃあ、鍛えないとな」


 ルーフェはそこまで言って、俺の方を見た。


「……でも、私一人でできることは、限られているわ」

「じゃあ、どうする?」


 俺がそう言うと、彼女は少し渋りながらも、手を差し出してきた。


「……できる人を、頼る」

「それで、俺?」


「……これは、依頼よ。冒険者は依頼を受けて働くものでしょ?」


「依頼内容は?」


「今言ったこと、全部。……できるわよね?偉大な冒険者さんなら?」


 涙を流し続ける彼女の眼は据わっていた。


「報酬は?そうなると結構高いぞ?」

「お父様に払わせる」


 上出来だ。


 これで、お互いやりたいことははっきりした。依頼人と、その仕事を請け負う冒険者として。


 ルーフェは冤罪を晴らし、故郷へ帰り、ついでに俺を見返す。


 俺は、ルーフェの父ちゃんから依頼料をふんだくる。


 ここまで決めてもらえれば、あとはこっちの仕事だ。


 かなりの大仕事だが、がぜんやる気が出てくる。


 なにしろ、バレアカンで行う最後のクエストになるのだから。

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