第24話 再戦、筋肉猪(マッスルボアー)

それから1週間後。


 俺はギルドに、筋肉猪討伐のクエストを叩きつけた。


「受けるよ。筋肉猪」


 受付で受理手続きをするマイちゃんの顔が、強張る。俺は真剣に、彼女の瞳を見つめた。


「……どうしても、行くんですね」

「ああ」


 この1週間で、俺は自分のコンディションを最高潮にまで高めていた。現に、スキルを発動していないが、すこぶる調子がいい。


 あと、ルーフェの様子を見るついでに、道具も買えるだけ買い込んだ。準備は万全である。幸いなことに、それらの整理も、部屋が片付いたのでスムーズに行えた。


「……筋肉猪は、あれからさらに村落襲撃を行い、今や懸賞金がかけられています。討伐者には、……金貨100枚」


 ギルド内にも聞こえたのか、一斉にざわめきだす。この懸賞金は、国から出されるもので、ギルドの報酬とはまた別物だ。


 つまり、それだけヤバい怪物ということになる。そして、懸賞金のために腕利きの冒険者が挑み、敗北し、また懸賞金が上がる……その繰り返しだ。


「どうしても受けるんですね?……一人で」


 俺は頷いた。マイちゃんは溜息をついた。


「……わかりました。なら、止めません。……でも」


 そして、俺のごつごつした手を両手で握る。


「失敗してもいい。……だから、生きて帰ってきてね?」


 俺は、ゆっくり息を吐き、頷く。


「ああ。驕らず、腐らず、誤らず。ちゃんと帰ってくるよ」


 そして、彼女の手を解き。


 俺は、ギルドを後にした。


***************************


 スキルが発動してからは、いくら体力が減りにくいと言っても、油断はできない。俺はスキル発動後も適宜休憩を入れながら、筋肉猪の最後の発生現場に向かっていた。


 奴はどうやら、バレアカンの町からどんどん距離を取っているようだ。あの時の襲撃以来、出現場所が徐々に町から遠ざかっている。


 今はもう、ドール子爵領を出る寸前のところまで移動しているだろうか。

 領地を出れば、管轄が変わる。手続きなどが大変になり、取り逃がしてしまうかもしれない。割と、今回が最初で最後のチャンスである。


 スキル発動から3時間ほど走り、俺は現場に到着した。森の中だ。まだ日は傾いていないが、直に傾くだろう。そんな頃合いだ。


 とにもかくにも、奴を探さないことには始まらない。気配を集中させる。あんなデカい化け物だ、探すこと自体は難しくない。


 少し範囲を広げると、いた。人間の倍ぐらいの大きさに二足歩行、おそらくこの気配だ。俺はその気配へ向かって、歩を進めていった。


 そして、森の開けた場所にいたのは、まぎれもなく筋肉猪だった。


 そいつは、おそらく蹄で撲殺したであろう、クマを食べていた。頭が無残な形になっており、胴体から内臓が抉り出されている。


 どうやら食事中らしく、ステルスのおかげで、こちらにも気づいていない。不意打ちを掛けるなら、今が好機だろう。


 俺は、弓矢を構えた。狙うは、奴の頭だ。速攻で倒せるのならば、それに越したことはない。


 弓を引き搾り、放つ。ここに、決戦の火蓋は切って落とされた。


 とっさの行動か、はたまた野生の勘か。


 放たれた矢は、振り上げられた腕に突き刺さり、頭を捕らえることはなかった。


 その瞬間、筋肉猪はまっすぐにこちらへと突進を仕掛けてくる。


 スキルが発動し、奴の動きを捉えることができなければ、俺は今頃肉塊になっていただろう。横に飛び、回転しながら躱す。


 突進は幾本の木々を折るどころではない。まさに吹き飛ばすと言った方がいいだろう。振り返った先は、開けた空間となっていた。


 筋肉猪は手ごたえがなかったことに違和感を感じたらしい。こちらの方向を向き直る。奴の腕の筋肉が引き締められたのか、刺さった矢は折れて地面に落ちた。


 だが、俺を認識はしていないらしい。きょろきょろとあたりを見回して、自分に矢を射かけてきた不届き者を探している。


(……まあ、そんな簡単にはいかないよな!)


 俺は残った木々の間をすり抜けて、奴と距離を取った。そして、ふたたび弓を構える。狙うは同じく、奴の背中だ。正直、頭が不意打ちで効かないなら、別のところを狙うまでだ。


 放たれた矢は、筋肉猪の背中へと突き刺さった。筋肉猪は悲鳴を上げるが、倒れる様子はない。声量の割に、ダメージはさほどないようだ。先ほど同様、筋肉の動きで矢が折れる。


(……バケモノが!)


 こんなの、片田舎に出てきていい魔物じゃないだろう。特に、レンジャーは相性が最悪と言える。バーバリアン相手なら貫通する威力の弓矢を、筋肉の収縮で止めてしまうのだ。


 そして、恐るべきはその反応速度である。俺の矢はステルス効果で、命中する瞬間にようやく認識できるものなのだ。


 つまり、あのバケモノは刺さった瞬間に筋肉を強張らせて矢を止めているのだ。これだと、短剣での攻撃も最初は刺さってもそこから動かせない可能性がある。そうなれば、気づかれて「死」あるのみだ。嫌な想像に、俺の額から汗が滴る。


 筋肉猪は、矢の飛んできたであろう方向を向くと、前足を地面に突き刺した。

 そこから、力任せに前足を振り上げる。


 地面がめくれ上がり、木々と土砂が大量に降り注いだ。


「……なあっ……!?」


 俺はその広範囲攻撃のど真ん中にいた。降り注ぐ岩や木の根を必死に躱して、開けた場所へと飛び出した。


 走った時の足音が聞こえたのか、筋肉猪も同じ場所に向かってくる。


 俺は、とにかく距離を取ろうと、反対側の茂みへと飛び込んだ。そして矢を番えて、三度奴めがけて放つ。


 3度目ともなると、矢が飛んでくるタイミングがわかっているらしい。


 飛んできた矢を、前足の蹄で叩き落した。


(なっ……気づかれたのか!?)


 一瞬俺は焦ったが、奴が俺に向かって突撃してくる様子はない。どうやら、こちらに気づいているわけではないようだ。


 では、どうして矢が来ることに気づいたのか。


 風切り音で、矢の位置を把握したのだろう。とんだ学習能力である。


 いや、これは今まで奴がしてきた戦いの蓄積か。


 何人の冒険者に命を狙われたろう。何人の冒険者に傷をつけられたろう。そして、何人の冒険者を殺してきただろう。


 それが、こうやって対峙してみるとよくわかる。


こいつは、孤高だ。


どれほどの敵にも、立った一匹で対抗し、勝利してきたのだ。


俺は、袋からスタミナポーションを取り出して、飲み干した。


こいつと今の俺は、似ているかもしれない。


だが、違うのは、俺が一人なのは戦うときだけだ。


それ以外には、ラウルがいる、マイちゃんがいる。エリンちゃんもいるし、ギルバートさんやレイラさん。ルーフェなんて人も増えた。


 このスタミナポーションだって、サイカさんのところで買ったものだ。いろんな人と繋がっていて、困った時には頼れる、俺は一人じゃない。


(お前は何年も一匹で積み上げてきたんだろうが……)


 俺は、短剣を握った。


「俺は、9年みんなと積み上げてきたんだよ……!」


 弓矢を、ふたたび放つ。


 放たれた弓矢は、前足によってあっけなく打ち払われた。


 そして、奴が前足をおろした、その時。


 同時に投げられた短剣が、筋肉猪の左眼窩を貫いた。


 筋肉猪の絶叫がこだまする。耳が裂けそうな、甲高い悲鳴だ。


「……っし!」


 俺は小さくガッツポーズを決めた。筋肉猪は、よろけて尻餅をつく。


 よろけた先には、先ほどまで喰っていたクマの死骸があった。


 そして、俺はあの場所を抜けるとき、あるものを隠しておいた。


 俺は矢を放った。狙いは、クマの死骸だ。


 筋肉猪は、自分への攻撃ではない攻撃に戸惑ったようだが、もう遅い。


 クマの死骸に埋め込んだのは、火打石。矢を射掛け、火打石を思い切り打ってやる。そして、クマの内臓があったところには、もう一つ。サイカ道具店で捨てずに残していた「取って置き」が入っていた。


 それは、火薬だ。手に入れたはいいが、かなり危険な代物なので、使わずにとっていたのを、整理の時にたまたま見つけたのだ。何かに使えるかもと思い、持ってきていた。


 それだけなら何も起こらないところに、火打石で火をつける。


 そうすれば、どうなるか。


 俺はとっさに、耳をふさいで伏せた。


 クマの死骸は、筋肉猪を巻き込んで大爆発を起こした。

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