第19話 ゴブリンの巣穴にて

 俺がゴブリンの巣穴に入って、さっそく失敗したことがある。


 「単独行動」スキルが発動した状態の俺は、どうやら夜目も一瞬で利くようになるらしい。つまり、灯り関係の道具は完全に要らない荷物だ。


 そして、もう一つ。この穴はゴブリンの巣穴にしては大きすぎる。規模ではなく、掘られている空間自体が広いのだ。ただの通路でこんなに広げるのは、面倒くさがりの連中では考えにくい。


 おそらく、ゴブリンよりもデカいものが、この穴を掘らせたのだ。

 何しろ、俺が屈まなくてもいいくらいの大きさなのだ。人間大か、少し大きいくらいだろうか。


 気配を探っても、近くにゴブリンの気配はない。さらに深くまで探ってみれば、2ヵ所ほどに気配が集まっている。

 

その数は、合わせて20くらいだろうか。配分は15:5だろう。さらに、片方にはデカい気配がある。おそらくこいつがボスだ。


 俺の前にいるゴブリンは背後の俺に気づくことなく、5の方に女を運んでいく。恐らく、そちらへ戦利品を放り込んでいるのだろう。ほかにも女性をさらっているなら、そちらにいる可能性が高いか。あるいは、でかい方へとすでに献上されているか。


 最悪な想定もしながら、俺はゴブリンを尾けた。


 やがて、通路を抜けて少し広い空間に出ると、ビンゴだ。ほかにも女が3、4人ほど、裸に生傷だらけで横たわっている。ゴブリンの物であろう体液が身体にこびりついているところも見ると、すでに囚われて時間は経っているようだ。


 女たちの見張り役のゴブリンは5匹。そこに今戻ってきたゴブリンを加えて合計6匹。以前の俺なら、応援を呼びに戻っただろうが、今は来てくれる助けはいない。


 女たちが気絶していてくれてよかった。もし、俺に気づいて反応でもされたら、スキルが解除されてしまうかもしれない。


 実際のところ、スキル解除条件の「意思疎通」がどこまでのものなのか、よくわかっていないのだ。それなら、ことが終わるまで気づいてもらわない方が、こっちも都合がいい。


 ゴブリンたちは皆、一様に暇なのか足をプラプラさせて岩に座っている。 


ゴブリンが運んできた女を置いたと同時に、俺は動き出した。


背後に回り、ゴブリンの一匹の口をふさぐと、そのまま喉を圧迫し、絞め殺す。声も出さずに、ゴブリンの目は充血し、あっという間に泡を吹いて倒れた。


一匹のゴブリンがそのゴブリンを見た時には、そのゴブリンは眠るように倒れていた。


俺のステルスの性能は、自分が攻撃されないと全く気付かないらしい。


 だが、目の前で仲間が殺されていたら、さすがに気づくだろう。そのために音もなく殺し、眠っているように見せかけた。これで、まさか侵入者がいるとは思うまい。一瞬だが時間を稼げる。


 ゴブリンのように数が多いと、数が多いのが問題だ。1体が騒ぎ出すと、あっという間に群れが襲ってくる。さすがに群れを相手取るのは厳しいかもしれない。

 短剣で刺せば殺せるかもしれないが、断末魔を上げられるわけにはいかなかった。


(……こういう時、魔法使いがいると楽なんだけどな)


 魔法使いの中には、あたり一帯の音を消す魔法が使える者がいる。なんでも風魔法の一環らしく、最初にパーティを組んでいた女の子がその魔法の使い手だった。音が出ない間に、ゴブリンを皆殺しにすれば、はぐれている仲間に悲鳴が届かないのだ。


 だが、今自分は一人だ。何とかする方法を考えないといけない。


 俺は道具袋から、何か使えそうなものはないか探る。会ったのは、空き瓶が一つ。何かあった時ように、空のまま持ってきたのだ。


 ……これでいいか。俺は頷くと、空き瓶を通路の方へ向かって放り投げた。


 割れることもなく、空き瓶が洞窟の通路に転がり、高い音を立てる。ゴブリンたちは一斉に、音のした方向を向く。


 何事か、と揃いも揃って音のした通路へと向かっていく。


 俺は、そんな連中の真後ろ、少し離れたところに行く。連中、頭ががら空きだ。


 俺は買ってきた短剣を並べると、順番に投げ放った。


 すべてが、5匹のゴブリンの後頭部に突き刺さる。ゴブリンたちは声を出すこともなく即死した。全員、通路の直前で倒れる。


 うまくいって良かった。俺はほっと一息。一瞬で殺すしかないと思ったが、まさか声すら漏らさせずに殺せるとは。「単独行動」恐るべし。


 とりあえず、まず女性たちの安全は確保だ。次はボス部屋だ。とりあえず、投げた短剣を回収せねば。


 ゴブリンの後頭部から短剣を引き抜く。べっとりと血と脳漿がこびりついているので、着ているマントで拭う。帰ったら研がなくては。


 ふと、後ろから声がした。


「……冒険者……?」


 ドキリと。心臓が跳ね上がる。


 女性の一人が、気が付いてしまったらしい。音らしい音はなるべく立てなかったが、ゴブリンの倒れる音だろうか。とにかく、まずい。


 まだボスを倒していない。「助けに来たからおとなしくしていろ」と言いたいが、そうすれば俺のスキルは解除されてしまう。


「助けに、来たの……?」


 頷きたい。安心させてやりたい。だが、それはできない。


 頷いて質問に答えるのは、完全に「意思疎通」だからだ。


 俺は唇を噛み、そのまま部屋を出た。


「……待って、助けて……!」


 女性が涙ながらに言う。だが、叫ぶほどではない。叫ぶ体力もないのだろう。いったいどれほどの凌辱を受けたのやら。


 激しく迷う。ここはゴブリンの巣。いるのはせいぜいゴブリンと、ボスが一匹。駆け出しには荷が重いが、俺は素だって9年はやって来た冒険者だ。ゴブリンの群れくらい、なんてことはない。


 そうだ。たかだかゴブリンじゃないか。こんなトンデモスキルを使ってまで、戦う相手じゃないだろう。


 俺の中で、言い訳に近い思いが駆け巡る。


 そして、振り向こうと心が揺らいだ時。


 筋肉猪の顔が、俺の目の前に浮かんだ。もちろん、実体などない。首だけの、ただの幻だ。


 奴と戦い、死んでいった者たちの顔で、筋肉猪はできている。それが、俺の目をまっすぐに見つめてきた。


(……わかってるよ。こんなところで、甘えてどうする)


 振り向きかけた顔を戻し、俺は歩を進める。


「待って……お願い……」


 ごめんな。不安だろうな。怖いだろうな。


 でも、必ず助けてやるから。もう少し待っててくれよ。


 喉まで出かかった言葉を、俺は必死にこらえて、暗闇へと潜っていった。

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