第17話 「単独行動」スキルの発動条件
意識が戻ると、エリンちゃんとハートさんが俺の顔を覗き込んでいた。
不思議なことに、身体の具合も良い。今までは非常に重かった肩も、だいぶ軽くなっていた。
「……あれ……」
思わず呟いて、俺は初めて気が付いた。声が出ている。さっきまで喋れなかったのに。
「体の具合が悪いとぉ、心も弱りますからねぇ」
ハートさんは、そう言ってにっこりと笑う。俺は彼女の持ってきたミルクで、回復したらしい。
「……すいません、なんかいろいろ」
「いいえぇ。私がやりたいって言ったことですしぃ」
なんだか彼女の顔を見れなくて、俺は頭を掻いて誤魔化す。
体の不快感はなくなったものの、俺の肋骨は依然逝ったままなので、結局布団からは出られなかったが、だいぶマシになった。
ただ、エリンちゃんはどこか不機嫌そうな顔をしている。なんだか、こっちにも目を合わせてくれない。
「……エリンちゃん?」
「なんでもないです。良かったですね、美味しいミルクで回復して」
「いや、まあ、そうなんだけど……」
「レイラさんが言ってましたよ。あのミルク、お店の料理で出してるって」
そういえば、意識が落ちる直前にそんなことを言っていたような。
レイラさんの姿も見えない。ハートさんを置いて帰ったとも思えないが。
「それも、あのミルク、3倍くらいに薄めて使うんだそうです。原液で飲むと中毒になる人が出るんですって」
何それ。怖い。
「先ほどのはぁ、ちゃあんと薄めてますよぉ?」
ハートさんは笑ってそう言うが、知らないで飲まされたとなると、結構恐ろしいことされたよね。
ただ、善意なのだろうし、現に回復しているから、文句も言わないが。
俺の耳元にいた冒険者たちの声も、聞こえなくなっていた。
いや、聞こえはする。だが、怨恨ではない。これは教訓だ。
俺のミスで、多くの冒険者が死んだ。
なら、今度はそうならないように、より気を付けないといけないのだ。
「……目に、精気が宿りましたねぇ」
「なんか、悪い方向に引きずられてたみたいっす。でも、もう大丈夫です」
「それはぁ、よかったですぅ」
ハートさんの笑顔はとろんと眠たそうに見えるが、それがまた可愛らしく、さらにどデカい凶器が彼女の色っぽさを際立たせている。
これ、男として、結構クラっと来てしまうのでは?というか、俺が今そうなりかけている気がする。
「……それで。コバさんも元気になったことだし、鑑定に来たんですよね?」
エリンちゃんが咳ばらいをしながら言った。俺の顔が赤くなっていたことに、どうやら気付いたらしい。
「え?ああ、そうだね」
「あぁ、そうでしたぁ。そのために来たんでしたねぇ。じゃあ、元気になったし鑑定始めましょぉ」
ハートさんは緩く両の手を合わせる。
「それじゃあ、コバさぁん。上を脱いで、背中を向けてくださぁい」
折れたアバラが痛むので、エリンちゃんに介助してもらいながら俺は言われるがままに上を脱ぐ。
少なくとも、見られて恥ずかしいような体はしていない……はずだ。ラウルみたいにゴリゴリというわけにはいかんけども。レンジャーだから軽い方がいいし。
そして、背を向けると、ハートさんの手が俺の背に触れる。結構力を入れているみたいだが、彼女自身が非力なのか、そこまで押されている感じはしなかった。
「このまま、10分くらいこうしますねぇ」
「はあ」
それから俺とハートさん、あとエリンちゃんは、そのまま10分間とりとめのない話をした。俺の身の上だったり、エリンちゃんのだったり、あと、ハートさんも実は詳しく知らないという、レイラさんの話だったり。
そんなこんなで、10分はあっという間に経過した。
「はい、これでOKですぅ。お疲れさまでしたぁ」
「……こんなもんでいいんですか?」
「私の場合はそうですねぇ。ほかの鑑定スキル持ちの人でもぉ、発動条件が違ったりするのでぇ、何とも言えませんがぁ」
そんなもんなのか。いつぞや言っていた学院の鑑定スキル持ちとは、どういうものなのだろう。ちょっと気になるが、まずは自分のスキルのことだ。
筋肉猪の時には、明らかに発動していなかった。その理由がわかるかもしれない。
「ええとぉ、それではぁ、鑑定結果をお話ししますねぇ」
ハートさんは座りなおして、思い出すように言葉を紡ぎ始めた。
「まずぅ、スキル名は「単独行動」でぇ、ランクはEXですぅ」
「それは、まあ。更新したときに出てきたんで知ってますけど……」
「このEXなんですけどぉ、評価的にはSに匹敵すると言っても過言じゃないかもぉ」
「えっ……Sですか!?」
驚いた声を上げたのはエリンちゃんだ。俺も実際驚いている。
Sランクスキル持ちなんて言ったら、それこそ伝説クラスだ。実際、王都にもそんなスキル持ちが何人かいるらしく、「英雄」として祭り上げられている。
「コバさんが、英雄クラスのスキルを持っているってことですよね!?」
「ん~、とりあえずそう言っても良いかとぉ。次にぃ、効果の説明ですぅ」
エリンちゃんはかなり興奮しているようだ。彼女も冒険者を志したのは、お金以外にも英雄譚の憧れがあったからだ。そうでなければ、安全で高給な仕事などいくらでもある。
「まずはぁ、身体能力の向上ですねぇ。特にぃ、敏捷と器用さが上がるみたいですぅ。あと、気配を探ったり罠を解除したりぃ、敵に気づかれないように近づく、なんていうレンジャーの方がよく使う技能の精度が上がりますねぇ」
それも、今までのソロクエストで、なんとなくわかっている。短剣や弓矢の扱いが急激にうまくなることも、ハートさんは説明してくれた。ここまではわかっていたことだ。
「最後にぃ、効果としてはぁ、体力の消費を抑えるのとぉ、状態異常にかからない、っていうのがありましたねぇ」
体力もなんとなくわかってはいたが、状態異常は初耳だった。つまり、スキルが発動すれば、毒のあるような場所でも大丈夫というわけか。
「それで次にぃ、発動条件ですぅ。たぶん聞きたいのはこれですよねぇ」
その言葉に、俺たちは姿勢を正す。これだ。このスキルの一番の秘密。これがわからないことには、俺はこのスキルを使いこなせない。それが筋肉猪との戦いでよくわかった。
「このスキルの発動条件ですがぁ、まず、パーティを自分一人にすることですぅ」
うん。そうだろうな。だからこそ今まで発動しなかったわけだし。
「あとぉ、もう一つ条件がありますぅ。それがですねえ……」
そこまで言って、ハートさんはちょっとためらっているようだった。
「そんなに、言いづらいものなんですか?」
「……鑑定士として、情報はお伝えする義務があるので言いますよぉ。もう一つの条件はぁ」
彼女の話し方も相まって、かなり焦らされる。俺は生唾を呑んだ。
「……最低でも3時間以上、誰とも意思疎通をしないこと、ですぅ」
…………え?
「おまけにぃ、スキル発動から解除を自分でコントールできませぇん。なのでぇ、発動中に誰かと意思疎通をした時点でぇ、スキルは強制的に解除されますぅ」
…………ハートさんの言う発動条件について、俺は過去を思い返していた。
そういえば、初めてスキルが発動した日は、片道4時間の森を一人で延々と散策していた。ぶっ倒れたのも、部屋に戻って、大家と話してから。
ほかのソロクエストも、俺はギルドに戻ったとたんに疲労感に襲われてぶっ倒れていた。
それはつまり、手続きをして、受付の人と話をしたから……?
「……ってことは、前の筋肉猪の時は……」
「パーティを組んでいないっていう条件は満たしてたんですよねぇ?となると、誰かとお話をしたりしたのではないですかぁ?」
確かに。「俺が飛び込んで、奴に毒をぶち込む!援護してくれ!」って言った。冒険者の誰かに。それで、「無茶するな!」って返事ももらった。
「……まさか、それで……?」
いや。そもそも、筋肉猪と戦う前に、ラウルたちとも話をしていた。それから接敵まで、3時間もかかっていない。せいぜいかかっても1時間くらいだろう。
つまり、最初からスキルの発動条件を満たしていなかったということか。
いや、でもさあ……。
「そ、そんな発動条件、わかるわけないじゃないですかあ!!」
俺の代わりに、エリンちゃんが声を荒げてくれた。
一方の俺は、あまりの内容に乾いた笑いしか出ない。見事に、条件を誤っていたわけだ。
「これは鑑定して正解ですよぉ。鑑定代をケチってぇ、失敗して死んでしまうスキル持ちさんも少なくないですからねぇ」
「……あと、ちょっと気になったんすけど」
「何ですかぁ?」
「意思疎通って、会話だけですかね?」
「いいえぇ。アイコンタクト、手暗号といった、その場で誰かに意志を伝える行動は、条件に触れる可能性が高いですぅ」
それを聞いて、俺はがっくり肩を落とした。
筋肉猪のように多くの冒険者が集まるクエストだと、どうしてもほかの奴との意思疎通は必須だ。
それをしてはいけないとなると、集団の中でスタンドプレーを強要されることになる。
つまりは、俺はもう、ほとんど誰ともクエストを受けることができないということだ。
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