第13話 時には昔の話でも聞こうか。

 そんな風にソロクエストをこなして、ギルドの仮眠室で眠っていたら、誰かに身体を揺すられているのを感じた。


「んあ……?」


 目をこすってぼやける視界をはっきりさせると、目の前にクッソ強面のおっさんがいた。


「おわああああああああああああああああああああああああ!?」


 俺はベッドからのけぞり、落っこちる。頭から落っこちたおかげか、眠気は完全に吹っ飛んだ。


「お前、人の顔見てそんなに驚くのは失礼じゃないか?」


 そこにいたのはギルド長のギルバートさんだ。いや、あんたが起こしに来るとか、殺し屋来たぐらい怖いって。

 そう言いたいがぐっとこらえた。火種を燃やす必要はない。落ち着いて消すのだ。


「す、すんません」

「ここんとこ毎日行っているみたいだな、ソロクエスト」

「え?ええ。結構稼ぎがいいんで」


 ギルバートさんの格好を見るに、どうやら仕事終わりのようだ。仮眠室にある窓の外を見ると、すっかり暗くなっている。もうギルドも閉まる時間ということか?


「とっくに閉まってるんだよ。見回りしてたらお前がいたんでな」


 俺の心を読んだのか、ギルバートさんは言った。どうやら、かなり寝入って居た挙句、置いてけぼりにされたらしい。


「すいません。すぐ帰りますんで」

「いや、待て。お前明日は?」

「え、明日はさすがに休むつもりですけど……」


 この時点で、俺のスキルが判明してから1週間はとうに過ぎていた。レイラさんの紹介鑑定士さんのところに手紙が行って、返信は書いているか、返事を届けている最中か、その辺だろう。


 そこからぶっ通しでソロクエストを続けていたので、ちょっと休もうと思っていたのだ。


「ならいいな。お前、この後付き合え」

「え、「空中庭園」ですか?」


 ギルバートさんもなんだかんだ言ってレイラさんのお世話になっているので、飯を食うなら大体あそこだ。

 だが、ギルバートさんはニヤリと笑った。やっぱり堅気の人の顔をしていないよなこの人。


「いや、今日はもっといいところだ」


 そう言ってギルバートさんに連れて来られたのは、いわゆる歓楽街だ。と言ってもそんなにデカいわけではないらしい。王都はこの何十倍もデカいそうだ。行ったことないけど。


 歓楽街には酒場が多く立ち並び、看板に堂々とボンキュッボンなお姉さんの絵が描かれている店もある。派手な色の灯りに照らされた町は、嫌でも情欲がそそられる。


「え、ちょっと、このへんって」


「なんだお前、あんまりこっちは来たことないのか?」


 来たことがないということはない。ラウルはしょっちゅうこのへんで遊んでいたし、俺はその後始末に来させられることが多かった。酔い潰れたあいつを連れ帰ったり、ケンカをおっぱじめるあいつを止めたり。数えればきりがない。


 だが、実は俺はここであんまり遊んだことはなかった。バレアカンに来てまとまった金が手に入った時に、1~2回娼館で女を買ったくらいである。その時も勝手がわからず、おすすめで、とお願いしたら俺の2倍くらいの体格の女性が来た。アレは俺のトラウマだ。


 まあ、恥ずかしい失敗談なので、口にはしないけれど。


「いい酒が出るところがある」


 ギルバートさんに連れられてきたのは、思っていたより小さな酒場だった。中に入ると、小ぢんまりした内装に彼と同じくらいの年齢の女性が一人。特に派手な格好というわけでもなく、普通だ。長いローブを、2枚ほど重ねている。


「あら、いらっしゃい」

「とっといたボトルを開けてくれ」


 ギルバートさんのグラスに氷を入れ、それに女将さんが酒を注ぐ。俺にも同じものを入れてくれた。

 乾杯をして、口をつけると、その酒はとんでもなくきつい。俺は目を白黒させた。


「なんだ。お前、この酒ダメか?」

「え、いや、そう言うわけじゃ……」

「いいのよ。これ、私たちもきついから」


 女将さんはそう笑いながら、俺とギルバートさんに水を出してくれた。


「それにしても、ギルが若い子連れてくるのは久しぶりねえ」

「そうか?」

「そうよ。前はギルドの部下だったかしら?5年くらい前よ」


 どうやら、ギルバートさんとこの女将さんは、結構付き合いが長いらしい。


「ギルバートさんは、いつからこのお店に?」

「最初からだ。この店ができた時からな」

「もう、15年くらい前になるかしらねえ」


 そして、女将さんが、もう一つグラスを持ってきた。同じ酒だが、飲む人は誰もいない。


「こいつらは、俺の昔のパーティだ。一人は、もういないがな」


 ギルバートさんはそう言って、自分も苦手な酒を一息に飲み干した。



「……俺が現役を引退したのは、28歳のころだ」

 

 酒をあおりながら、ギルバートさんは呟いた。

 俺はドキッとした。俺は今年で26歳になる。割と近いじゃないか。


「冒険者になったのは13歳からで、自分たちでパーティ作って……てのはその3年後だな。俺はとあるパーティの見習いとして働いていた」


 ギルバートさんの目が遠く、この店ではないどこかを見ている。その瞳の奥には、彼の今まで歩んできた過去が見えているのだろう。

 そして、女将さんもある程度、その景色は見えているのかもしれない。


「その時見習い仲間から一緒に独立したのが、ここの女将のメリアと、あと一人。クロッタスっていう、レンジャー職の男だった」


 ギルバートさんと女将のメリアさん、そしてクロッタスという男は、見習いパーティの待遇に不満を感じ、ケンカ同然にパーティを抜けたそうだ。


 それから、彼らの厳しいパーティの下積み時代が始まった。

 ある時は残飯を食らい、ある時は金貸しから逃げ、またある時はダンジョンで死にかけ……という、話にすれば本にできそうな冒険譚を、ギルバートさんはぽつりぽつりと紡いでいく。


 だが、そんな境遇でも、彼らは決して仲間を裏切らなかった。互いに協力し合い、時にはぶつかりもしながら、少しずつ実績を積み上げて、目の前の問題をこなしていった。


 そして、ある時、未知のダンジョンとその最奥の怪物、巨鬼クルエルオーガを倒し、彼らのパーティは、バレアカンの筆頭パーティとなった。


 大盾を武器とし、自分も戦うウォリアー兼タンクであるギルバート。


 炎魔術を得意とする、魔法使いのメリア。


 弓を得意とする、レンジャーのクロッタス。


 町の冒険者たちは、彼らのパーティを「バレアカンの三匹」と呼ぶようになった。


 筆頭となった彼らは、八面六臂の活躍を見せた。多くの魔物から町を守り、ダンジョンを発見し、攻略していった。


「でもねえ、そんな三匹も、折れるときは一瞬だったのよ」


 ある時、ダンジョンの攻略にて、最下層にいるボスと遭遇した。


 それは、ドラゴンだった。身体は強靭なウロコに覆われ、鋭い爪に牙、口からは炎と毒をまき散らす、人間にとっては天災と呼ぶべき代物だ。


 コーラン伯爵領に出現したドラゴン討伐のため、他の領主の治める地からも、冒険者が派遣され討伐隊に組み込まれた。バレアカンの町があるドール子爵領も、その例外ではなかった。


 ドール子爵領から派遣されたのはギルバートたちを含む30名。


 そして生き残ったのは、たった2名だった。 


 生き残ったのは、ギルバートとメリアの2名。その2名も瀕死の重傷。


幸いにも一命をとりとめたものの、ギルバートは片足を、メリアは片腕を。


 そして2人は、かけがえのない仲間を失っていた。


 メリアさんが酒を煽る姿を見て、俺ははじめて違和感に気づいた。ローブを重ねているのも、隻腕であることを目立たないようにするためか。


 確かに、彼女はいずれの動作にも「左手」を使っていなかった。そうではなく、使えなかったのだ。


 ギルバートさんが、右足ズボンのすそをめくると、ブーツからはみ出ているのは、太い木の棒だった。義足だ。俺はそのことを、この町に来て今初めて知った。


「……じゃあ、その、クロッタスさんは……」

「ええ。後方部隊に、ドラゴンの火球がぶち当たってね。彼が突き飛ばしてくれたおかげで、私は腕だけで済んだんだけど、彼は……」


「骨も残らなかったよ」


 ギルバートさんがそう吐き捨てて、一息に酒を飲みほした。


 それから2人は冒険者を引退し、ギルバートはギルドで冒険者への講師として働き、メリアはこの歓楽街で働き始めた。


 そして、現在に至っているというわけだ。


***************************


「ごめんなさいね、急に連れて来られて。びっくりしたでしょ?」

「え、いや」

「今日、その日なの」


 ドラゴンと戦った日。つまりは、仲間だったクロッタスさんの命日だ。


 メリアさんから教えてもらった話では、毎年、この日はギルバートさんと二人で彼の死を弔うのだそうだ。


 消えてしまった彼の姿を、忘れないように。


 彼が一番好きだった酒を、二人して飲むのだそうだ。


「……いや、ギルバートさん、なんで俺を……?」


 俺はそんな大事なイベントに、なぜ付き合わされているのか?


「たまたま、お前がギルドにいたからだ。年寄りの愚痴に付き合う奴が欲しかっただけだ」

「そんなこと言って。自慢に来たんでしょ?クロッタスに」


 メリアさんがそう言うと、ギルバートさんは黙ってしまう。


「あなた、ギルが言ってたわよ。珍しいレンジャーが出て来たって」

「そう、何ですか?」

「知らん」


 ギルバートさんはそう言って、ソファに寝転んでしまい、そのまま寝息を立て始めた。


「ラウルくんはこの町では有名人だけど、相棒のあなたがソロになって頭角を現してきたってね。この人、言わないだろうけど、結構期待してるみたい」

「そうなんすか……?」

 

 あまりこの人からそんな風に思われていると、感じたことはなかったが。


「ねえ、コバくん」


 メリアさんが俺の目をまっすぐに見つめる。さっきまで飲んでたのに、その目に酩酊は一切見られない。


「……がんばってね。素敵なレンジャーさん」


 俺は、軽く頭を下げて、そのまま小さい店を出た。


 より一層、頑張らなくては。そう思うと、娼館の看板も気にならなかった。

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