第6話 初めてのソロクエスト ~実践編~

 サイカさんから受けたクエストは、町から少し離れたところにある森でのキノコ収集だった。道具に使う素材なのだが、駆け出しが向かうには遠く、さらには魔物も。そこまで強くはないがゴブリンよりははるかに手に余る、オオトカゲが出没する森だった。


 こいつは俺の背の丈くらいあるトカゲで、一匹で行動するがなかなかタフなことが特徴だ。さらに獲物を見つけるとしつこく追い回してくるので、急に襲われたときなどは、新人はパニックに陥りやすい。


 だが、こいつ、実は苦戦するのは初戦だけで、鼻が利かないし目もそんなに良くないので、先に見つけさえすればやり過ごすのも難しくない。


 俺も最初見た時は大目玉になったが、今じゃあんなのよりでかい魔物もちらほらとみている。ベテランがトカゲごときでは驚いてもいられない。それに、幸いなことにオオトカゲから素材をはぎ取るわけでもないから、苦労することはないだろう。


 とはいえだ。「驕らず、腐らず、誤らず」。これは基本。特に、新しい環境に飛び込むとなれば、それは欠かせないだろう。

 こいつはもはや習慣だ。バレアカンの冒険者たちは、必ずと言っていいほど一回はこの言葉を口にする。


 これはレイラさんがいつも言っている言葉で、なんとなく耳に残った奴がずっと言っているからか、町の冒険者の合言葉みたいになっている。ギルドにも、標語として飾ってあるほどだ。


 俺も、今回の件はあったが、腐らずにやっていこう。そう思って、心機一転、装備をまとめて買い替えた。元々俺はそんなに浪費癖がなかったので、装備を整えるくらいの貯金はあった。むしろいつ使うか、とずっと考えていたのだが、ちょうどいいだろう。


 外套や靴といった直接身に着けるものは使い古して着慣れているものがいい、と思い、防具はそのまま。その代わり弓矢とナイフを新しいものにした。俺には獲物を殺せる腕力がないから、それぞれの武器には毒を塗っておく。これはレンジャーの基本だ。


 弓を背中にくくり、短剣を腰のベルトに着けると、俺は町の門を抜け、目的地へと出発した。


 目的地の森までは歩けば四時間はかかる。今までは魔法職で体力のない仲間もいたので馬車を使っていたが、今回は一人だ。疲れれば適宜自分のペースで休めばいいから、必要はないだろう。それに、馬車代ももったいないし。


 俺はそう思って、街道を歩き始めた。


 俺の住んでいる国は無数の村とその一帯で栄える町、そして国で一番デカい王都がある。その間は街道で整備されてはいるが、そこを外れればひとたび魔物の巣窟となる。

 街道に魔物が出ることはあまりない。理由は簡単で、「そこに行けば死ぬ」事を学習しているからだ。過去に何度も現れては殺し、という行為を人間が繰り返してきた結果と言える。


 例外なのはゴブリンみたいに略奪しないと生きていけない魔物だったり、人間なんか相手にもならない魔物だったり。もっとも、後者の魔物なんぞ、俺は見たこともないのだが。


 歩き始めて一時間ほどたったところで、俺は休憩を取ることにした。

 言っておくが体力がなくなったわけじゃない。なくなったら、そもそも仕事なんぞできやしない。20代後半に差し掛かると、体力の衰えを感じ始めると誰かが言っていたが、俺は断じてそんなことはない。


 こまめに休み休み行けば、いざ体力がなくなった、ということになりにくい。身体も、少しずつあったまっては来ている。この熱を切らさない程度に、かつ急ぎすぎず。そんなもんでいいのだ。


 当然、移動時間4時間というのも、この休憩を見越しての時間だ。


 水を飲みながら、俺は街道を見る。こうやって長時間歩いて移動するのは、結構久しぶりで新鮮だ。


 町を少し離れれば、いるのは冒険者。あとは馬車ばかり。一般人が歩いて移動することなど、まずない。


(俺とラウルが上京したときは、金がなくて歩いていったんだよな)


 村からバレアカンの町までは歩いて丸一日かかった。到着と同時にぶっ倒れ、よく無事にたどり着けたな、と騒がれたものだ。


 少し立ち止まって水を飲んだら、また歩き出す。幸いなことに、空には雲一つない。用心はしてきたが、雨なんかの心配もなさそうだった。


 一人で歩いていると、誰とも会話しない代わりに思考がぐんぐん加速する。今回のクエストのキノコ収集のシミュレート。これからのクエストの選び方。冒険者としてやるだけでなく、何か副業も検討……。考えだしたら、なかなか止まらない。


 そんなことを延々と考えているうちに、俺はいつの間にやら、目的地の森までたどり着いていた。


***************************


 クエストの森に入った俺がまずやったことは、においを消すことだ。特にナイフや弓は新品なので、念入りに消さないといけない。森の適当な個所で穴を掘り、その土にナイフと弓を埋める。俺の装備は何度も森やら洞窟やらに潜っているので大丈夫だが、土のにおいをかぎ分ける魔物もいるからだ。ピカピカの金物は鉄臭さが強い。


 なので、できる限り土のにおいを染み込ませておくのだ。これは、狩人をやっている親父の知恵だ。


 オオトカゲはやり過ごすことができるとはいえ、俺が戦えるかといえば可能性は低い。あいつの皮膚を俺の膂力で貫くことは難しいだろうし、しつこさが段違いのオオトカゲと追いかけっこなんぞゴメンだ。


 ソロで初めてのクエストなのだ。慎重になっても損はない。俺は土から武器を取り出すと、森の奥へと歩を進めていく。


 初めてのクエストで、緊張しているのだろうか。


 俺の心臓の鼓動が、うるさいくらいに聞こえる。それどころか、木々が風に揺れる音さえ、大きすぎてうるさいくらいだ。

 それに、やたらと敏感になっている。わずかな足音だったり、小さい足跡だったり。そういったものが、やけに気になる。


 森に入り、少し歩くとキノコを見つけた。だが、それは違うキノコだった。

見た目は、打ち合わせで教えてもらった特徴と全く同じキノコだが、直感で違うとわかった。一応採取し確認してみると、傘の色は全く同じだが裏のしわが全く違う。これは似て異なる猛毒のキノコだった。こんなもの、普通は取ってからでないとわからないのだが。


「……なんだか、妙に勘が鋭くなってるな?」


 俺は小さく笑ってしまった。


「ビビってんなあ、俺。もうベテランなのに」


キノコの真贋がわかるほど敏感になっているのか。これは、後ろから驚かされたら、ショックで死にかねないな。


「頼むから、オオトカゲは出ないでくれよ、と……」


 一人でつぶやきながら、俺は森へと意識を集中する。


 視界がみるみる広がっていった。およそ人間の視界ではありえないほどに。


 木の葉一枚の揺れから、地上を這う音。風で小石が転がる音まで、やたらと鮮明に聞こえる。


 遠くで水の流れる音がする。川だろうか。川べりにもキノコが生えていて、そのキノコを食べに来ているオオトカゲ……。


 俺は、視界を目の前に戻して、遠くを見やった。今の視界にはオオトカゲどころか、流れる水すら見受けられない。

 だが、俺の耳にはまだ水の流れる音が残っている。


 まさか。まさかな?

 俺の額に、脂汗がにじむ。

 緊張のし過ぎだ。きっと。俺の実力は俺が一番よく知っている。


 確かに、この森に来たのは初めてじゃない。昔は採取でよく来たし、それこそオオトカゲの討伐もやった。今見ている方向に川があることも知っている。


 ……でも、まさか。


 悪寒を感じる。だが、逆に、気分はものすごく高揚していた。


 この気分に決着をつけようと、俺は音を立てずに川へ向かった。


 川に着くと、俺は身をかがめて様子を窺う。


 そこには、キノコを喰っているオオトカゲがいた。


 心臓が張り裂けそうだ。俺はトカゲの食事を見守りながら、息を呑む。傍から見れば、俺はトカゲの食事に興奮している変態だろう。


 だが、周りの目など気にならないほど、俺の心はざわめいていた。


 どうして、俺はトカゲがいることが分かったんだ?

 この川に来た時、俺は「トカゲがいる」という確証を持ってきた。その根拠は、さっき集中したときに見たあの光景だ。なら、どうしてそんなものが見えたのだ?


 嬉しさ、興奮もさながら、俺は自分自身に驚いていた。


「俺、緊張でここまで敏感になるのか……」


 もちろん、9年のキャリアで、こんな経験は一度もない。ちょっと集中しただけで、遠くの魔物の様子までわかるようになるなど。

逆に、ここまでできるなら、なんで今までできなかったのか?


 昔と今の違いは明らかで、ラウルと一緒にいたことだ。

知らず知らずのうちに彼に甘えて、気が緩んでしまっていたのかもしれない。そんなことはない、と思いたいのだが。


 ともかく、目の前にはオオトカゲがいる。それが事実だ。クエストの進行上、無理に戦う必要はない。俺は音を立てないように、その場を後にした。


 それからも、少し集中すると、まるで森を上から見渡しているかのように、あらゆる状況が分かった。オオトカゲのいる場所はもちろん、それ以外の魔物まで。ほかには、自分以外の冒険者がこの森に入っている、などだ。


 そんな中で、気になるものが一つ。動く気配もないので、おそらく生き物ではない。だが、やけに不自然な位置に、四角いものがちょこんと置かれているのを感じた。

 レンジャー的に、それは見逃せない。恐らく何らかの宝箱だろう。こんなところにあるというのも、不思議な話だが。


 近くに誰もいないようだし、ひとまず見るだけ見てみよう。キノコの収集は終わり、あとは帰るだけだ。


 俺が気配の周辺へ向かうと、やはりというか、宝箱だった。これ見よがしにある、というのもあり、いかにも「罠があります」と言わんばかりにたたずんでいる。


 俺は宝箱に近づくと、まず周辺に罠があった。土や木の葉で覆い隠しているが、毒針が埋め込まれていた。この手の罠は、ちょっと賢いゴブリンの魔法使いとかが仕掛けたりする。人はもちろん、動物だってこんなところに箱があれば何かと近づいたりするのだ。


 俺は毒針の罠を外すと、その毒針を道具袋にしまい込む。そして宝箱だ。軽く触れると、鍵穴のところから同じく毒針が飛び出る仕組みだとわかる。飛び出る勢いはそこまでではないが、布くらいなら貫通物だ。


 こういう場合は、宝箱を正面からは開けない。後ろから開錠する。道具袋の中から鍵開け用の針金を取り出し、曲げる。そして、鍵穴と手が重ならないように注意しながら、針金の曲げた先を鍵穴に差し込むのだ。


 やがて、罠は発動し、毒針が飛び出るが、俺は正面にいないので当たることもない。


 そうして、何発かの毒針射出の後、カギは開いた。後ろから宝箱を開け、特にギミックがないことを確認して、俺は正面に向く。


 さっきの罠のこともあるし、これを仕掛けたのはおそらくゴブリンだ。となれば、大したお宝ではなかろうが……。


「やっぱり、か」


 中に入っていたのは、さび付いたナイフ1本と同じくさび付いた矢じり付きの矢が数本。お宝、というには、あまりにもしょぼい代物だ。


 まあ、こんなものだろう。こんなところでゴブリンが用意した罠など、ろくなお宝ではない。むしろ知能が低いゴブリンなら、開け方のわからない宝箱をそのまま罠に使った、なんてこともあるのだが。今回は見事にスカだったようだ。


 こういうこともある。というか、むしろこういうことの方がほとんどだ。なのだが、このがっかり感は9年続けても慣れない。


 ともかく、クエストに必要なキノコは集まった。使えそうな短剣だけ、とりあえず戦利品として回収し、俺は森を後にした。


 帰りも、魔物との遭遇など、一切することはなかった。

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