第3話 パーティ求人、0人

「それで、結局どうするわけよ、コバ?」


 皿を洗いながら、レイラさんが厨房から話しかけてきた。


 この人はこの町でかなり長い間、この食堂「空中庭園」を経営しているらしい。俺とラウルがこの町に来た時点でも老舗扱いされており、下手すればこの町で一番古いんじゃないかという噂さえある。


 それに付随する謎が、店主のレイラさんだ。女一人でこの店を切り盛りしているのだが、この人、見た目からして明らかにそんな老舗のおばちゃんではない。肌にしわなど一切ないし、下手すれば俺の母ちゃんよりも若く見える。実年齢は一体何歳なのかは、恐ろしくて誰も聞けない。この人は、以前店に入ってきた強盗を、鍋一つで昏倒させたことがある。


 俺たちバレアカンの冒険者は、ほぼ全員がこの人のお世話になっていると言ってもいい。何しろギルドの情報がこの店に流れてきたり、何かクエストで行き詰ったときのアドバイスなどをもらえたりするからだ。あと、飯のコスパが抜群。


 俺とラウルも例外ではなく、この人のお世話を受けに受けまくって今まで何とかやって来た。ある意味この町での母ちゃんに近い存在だろう。


 とはいえ、もうラウルは冒険者をやめてしまうわけだが。


「どうもこうも、またパーティを組むしかないですよ。ギルドに行って……」


「それで、誰かくればいいけどねえ」


 呑気にレイラさんは皿を洗いながら言うが、俺はその言葉に喉を詰まらせる。


 確かに、俺一人になってしまった以上、誰か来てくれる可能性は低いだろう。ましてや、今はラウルもいない。ラウルはこの町でも知名度がある上、優秀なウォリアーだ。


 一方、俺は中堅にしてはへっぽこな部類に入るレンジャー。素人同然の新人に負けるつもりはないが、ちょっと熟練してくると背中なんてすぐに見えてしまう。そうしたら、追い抜かれるのはあっという間だ。


実際、俺の市場価値ってどんなもんだろうか。欲しがってくれる人、いるかなあ。


「とにもかくにも、明日ギルドに行くしかないっすよ」


 俺の言葉は、もはや縋りついていると同然だった。


***************


「あなたとパーティを組みたい人は、誰一人、いませんでした」


 翌日。ギルドに赴いた俺がパーティ募集の照会をお願いしたところ、結果は残酷なものだった。


「コバくん、正直に言って、あなた個人の市場価値はひっじょーーーーーーーに低いです」


 えげつない言い方をしてくるのは、プライベートでもそこそこ親交のある顔なじみだからだろう。だからって傷心の男にこの対応はあんまりだと思うが。


 俺とカウンター越しに話しているのは、ギルド職員のマイちゃん。俺とラウルがこの町で冒険者になった時、担当になってくれた女の子だ。その時は新人だったので先輩の担当さんもいたが、9年も働けばすっかりベテランだ。彼女は俺たちの主担当になっていた。


 そして、彼女は年も近く、俺やラウルと仕事のない時間に会った時には、一緒に飲みに行ったりもしていた。大抵、酒の肴は仕事の愚痴と、明日の冒険への夢だ。


「まあ、正確に言うと、コバ君個人じゃなくて、レンジャー系の職業ですけどね。今、レンジャーの市場価値は暴落に近いんですよ。……これ、最近うちのギルドに登録した冒険者の統計なんですけど」


 マイちゃんが見せてくれた書類は、増え続ける冒険者の数の推移と、それをさらに職業ごとに細分化したものを棒グラフにしているものだ。見れば主に3つの職業が、異様に伸びている。


「大体、うちに登録する冒険者ってのは、ウォリアー、タンク、そしてレンジャーの3種類なんですよ。なんでかわかりますよね?」


「……バカでもなれるから?」


「正解」


 マイちゃんの言葉には、一切の容赦がないが、俺は言い返せない。なぜなら、実際俺もラウルもバカだからこそ、この職業をしているわけだ。せいぜい、簡単な文字の読み書きと単純な足し引きの計算しかできない。


 そして、これはギルドに入る最低条件だったりする。ギルドに登録するとき、登録書類に名前などを書かなければいけないのだが、それすらできない者も結構いるのだ。そういう場合、ギルドが目を光らせないとトラブルになりかねないし、そんなことに人員を割きたくはない。なので、最低限の書類くらい書けないと冒険者にはなれないのだ。


 そして、そんな頭がギリギリの連中が就ける、と言ったら、先ほどの3つの職業になるわけだ。そして、そんな奴はこの世界ではほとんどで、当然冒険者にもそういった職業が増える。魔法使いやヒーラーといった、魔法を使えるほど頭のいい奴らは、いつの時代も取り合いなのだ。


「今まではラウルくんっていう優秀なウォリアーがいたから、若手の魔法職を紹介したりできたけど、レンジャーのコバ君ひとりじゃねえ……」


 レンジャーの登録者数は、3つの中でも1番多かった。それは、この職業には直接戦闘を行う危険性が少ないことにあるだろう。


モンスターと斬ったはったもせず、かといってモンスターの攻撃を仲間をかばって受けることもない。体格に自信のないやつも、ちょっと走れて手先が器用なら、なること自体は簡単なのだ。レンジャーという職業は。


 なので、レンジャーは圧倒的な供給過多。余りこそすれ、募集しているパーティは基本的にいない。最悪、レンジャーという仕事が本職でなくとも機能するパーティもある。


「……逆にさ、俺がかけてる募集はどうだった?」


 俺は恐る恐る、マイちゃんに聞いた。


 パーティメンバーを求めているのは、いずれも冒険者だ。ギルドに俺を斡旋してもらうこともあれば、逆に俺がパーティの求人を出すことだってできる。


 マイちゃんには、昨日の時点で一応お願いはしていた。一人連れ去られてしまった時点で、欠員を募集しないといけないのは目に見えていたからだ。

 だが、マイちゃんは黙って首を横に振った。


「……今、あなたに誰も声をかけていない。それが答えよ」


 なんとなくわかってはいたが、言葉にされると辛いものがある。俺はうなだれた。


「やっぱり、あなた何かに呪われてるんじゃないの?」


「…………そういうスキル持ちなのかなあ、やっぱり」


 マイちゃんも、最初からこんな扱いだったわけではない。それこそ最初なんて、「まあ、よくあることですよ。気にしないで!」と笑顔で励ましてくれた。


 だが、さすがに5回もパーティが解散するというのは、ギルド的にも異常らしい。


「職員の間で噂になってるわよ、パーティ崩壊の原因はラウルじゃなくてコバだったって」


 マイちゃんの言葉に、もう俺は乾いた笑いしか浮かんでこない。ギルドの内部ですらこれなら、今ギルドに来ているほかの冒険者たちなど、俺のことなど相手もしてくれないだろう。


 エリンちゃんみたいに冒険者としてきっちり期間を定めている奴なんてまれだ。大抵は、その日暮らしの連中や夢を追い続けてずるずると続ける者。俺も後者だし、そう言った連中はどこかで野垂れ死ぬか、不意に現実に引き戻されて故郷に帰ったりするのだ。


 そんな奴らは、「一緒にやっていたら1~2年で崩壊するパーティ」など、入りたくないだろう。俺だって嫌だ。できることならこんなパーティではやりたくない。


 だったら、当事者の俺は一体どうすればいいのだ。


 この日、俺は初めて今日のクエストを確認せずに、宿に帰った。

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