第12話・意味不明な事と人

 世界は案外狭いのかもしれないと思った。


 店長さんの言っていた話を思い出して全てが繋がっていく。


(息子って…そういうこと?)


 白シャツの上にエプロンを着た久我くんが目の前に近づいてくると、「やっぱり」と言う明るい声が彼から放たれる。

 会話が始まると直ぐに察知した僕は慌て気味に店長さんから借りた紙とペンを両手に構える。


「麗音ちゃんじゃん!心瞳と一緒に居た」


【はい】


 名前のうしろにと付いているのが少しだけ気になったけど、特に触れる必要もないと感じてスルーしながら、出来るだけ短文で返事するように意識する。


「てことは家もこの辺だったり?」


【近くです】


「じゃあ心瞳と家近いんだ。あっ、俺の家もこの辺なんだ、母親が喫茶店やりたいって事で俺はそのサポート役。」


【以外かもです】


「以外だった?心瞳の家とは結構近いんだよね。

 あっ、タメでいいよ同じ学年だし。てかタメの方が嬉しいかも。」


【わかった】


「じゃあ俺はこの辺で。」


 タメの方が嬉しいと言われたので咄嗟に【わかった】と返したけど、これで合っていたのだろうか?

 久我くんも特に気にしていなかったので多分大丈夫だとは思うけど。

 それはそうと、学校終わりに家の手伝いをするのは疲れないのかな?

 僕なんて今日、気分で勝手に早退して寝てただけなのに…久我くんは凄いな。


 片手にトレーを乗せた久我くんがこちらに再びやってきて注文したココアを丁寧に置いてくれた。


「注文の自家製ココアです。ごゆっくり…」


 ココアの下に轢かれた皿の後ろに隠れていたキャラメルを見つけて久我くんの方を反射で振り返るとサービスだと言わんばかりの慣れた片目ウィンクをしていた。


(サービスされちゃった…)


 少し赤くなった顔で出来たてのココアを口に運ぶ。

 匂いは市販で売られているものとは全然違う類のもので、だけどちゃんとココアだと分かる香りを放っていて、ゆっくり確かめるようにコップに唇を重ねた。


 温かいな、とっても温かい。

 今まで誰かの作ったココアをちゃんと飲んだことが無かった。

 このココアは心に染みるようなそんな温かさをしている。

 甘すぎないこの絶妙な甘さは飽きを呼ばないし、自家製という肩書はこのココアにビッタリだと感じる。

 一気飲みしそうになったので慌てて自分を制し、コップを置く。


(絶対にまた来よう)



 一杯のココアで一時間ほど店に居座り、店長さんに軽くお辞儀をして店を出ると落ち着きのある声で「ありがとうございました」と聞こえ、その後小さい声で「また来てね」と聞こえてきたので振り返り頷いた。


 空はさっきよりも暗くなって、冷たい夜風が体に襲いかかる。


(さっむぃ)


 急ぎ足で帰路に向かうと突然両肩に何か重みのあるものがかけられる。


「上着貸してあげる、風引いちゃうよ?」


 あれ?さっき店の中に居た久我くんがなんで今僕の隣に居るんだろう?ワープしてきた?超能力者??


「ワープしてきた?って思ったでしょ」


(心を読まれてる…!)


「心配だから早めに上がらせて貰って飛んできた、迷惑じゃなかったら送って行ってもいい?」


 隣を歩く久我くんは、そう言うと頭を僕の前に傾けてきて、上目遣いで聞いてきた。

 これは、ただの直感だけど、久我くんはさり気ない紳士的な事?がとても得意そうに見える。

 さり気なさすぎて違和感すら感じない。多分下心とかそういうのを全く久我くんから感じないからなのかも。

 肩にかけてもらった、黒の分厚いGジャンはとても暖かく、それでいてほんのり爽やかな香水の香りがした。


 アパートのすぐ近くまで来た所で、久我くんに別れと感謝を告げると、これからまた会う機会もあるだろうとせっかくなので、ついでに連絡先の交換をしていた。


 お互いの連絡先を交換している最中、心太郎は麗音の少し後ろから一瞬大きな人影を確かに見つけていた。


(今の人影鉄雄っぽかったよな?…)


 連絡先を交換し終え片手で携帯をポケットにしまいながらイタズラっぽく話し始める久我くん。


「それと…今日お店に来てくれた麗音ちゃんには、良いことを教えよう!」


「鉄雄はね、麗音ちゃんみたいな可愛い子にギュッとハグされるのが好きなんだ、だから今度会った時にハグしてみ」


(えーと…え??)






 アパートに再び帰り、また早退時と同じような動きでベッドに倒れ込んだ。

 しばらく思考が勝手に停止して、顔が枕に沈んでゆく。

 心瞳くんに僕がハグ…いやいやいや、無理!ぜひしてみたい気持ちはあるけど嫌がられるかもだし。

 そもそも、そんなシチュエーション訪れるかな??



 一度学校を休んでしまうと人の足は日が経つに連れどんどん重たくなる。

 よく分からずに早退したあの日から今日まで僕は休み続ける事となった。

 原因は突発的な微うつ状態で、初めてじゃないので焦る気持ちは無いけど、今もビックリするくらい外に出る事が出来ない。


 何度見たか分からない、ベッド上の天井とにらめっこを始め、やがて時間が経つと僕は少しひんやりする床に両足をつけて立っていた。

 そろそろ行こうという気持ちが一瞬芽生えたのでそれを両手でしっかりホールドするかのように大事に心に閉じ込め、学校に登校する為の身支度を始める。


 ─────よし、今日こそ学校に行こう


 右手で拳を作りそれを胸の方に持っていき、自分を鼓舞しながら、駅までの道のりをなんとか歩き続ける。


 切符売り場に着き、これから切符を買おうとさらに足を進めようとするが一向に足は動かなかった。

 その後、麗音は切符売り場で10分以上も立ち止まり、今日も人とすれ違いながら虚しくアパートに帰っていく



 白鳥が休み続けてからしばらくが経った。

 教室で唯一の空席が隣にあることで気になって仕方がない。


 中間テストも明日から始まるのに、遅刻は愚か来る気配も感じない。

 後に知ったことだけど、あいつはそれなりに勉強が出来るらしい。勿論、情報提供者は担任の足立だ。

 あいつが早退した当日、俺は書類を届けに白鳥の家に向かった筈だった。

 気づけば俺は渡すはずの書類を持ったまま自宅に戻っていた。

 要は会うのが少し気まずかった、何故なのかは分からなかったが、今になれば多分なんて言えば良かったのか分からなかったんだと思う。


 結局少し暗くなってから、再びあいつのアパートに向かって、そして見てしまった。

 白鳥が久我と一緒に居た。

 俺は少し離れで渡す書類を片手に持って、瞬間的に角に隠れた。

 少しだけ顔を出して、見てみると二人は電柱の明かりに照らされており、久我が一方的に何かを話していた。


「心瞳、4番の答え」


 ───────今の鉄雄だよな?


 離れで久我の心をすぐに読むと、どうやらあの一瞬で気づいていたみたいで、何かを白鳥に話していた。

 俺は人の心を読めるが、たまに思考と言動が意味不明な奴もいる。

 久我・心太郎がまさにそれだ。

 何を考えているのかわかりやすい用でわかりにくいし、感がやたら鋭いチャラ男。


「心瞳くん!おーい!」


 だから久我が白鳥と一緒にいる理由が何一つ思い浮かばない、二人とも意味不明なんだよ。


「心瞳・鉄雄!!おーい!!!もうさ…君耳ある!?」


 頬杖をつき教室から見える青空を考えながら鉄雄は見ており、隣で騒ぐ現代文の教師に、溜息をつきながら問われた問題の答え言ったが、その後無視し続けた事に対しての説教を受けていた。



 中間テスト当日、それなりに勉強をしてきた鉄雄は机に伏せて寝た振りをしていた。


──────徹夜とかするんじゃなかった 


───────勉強してないアピールしよ


────────早く帰れるし、マジで最高


 俺もそれなりに勉強したから、多分赤点はないと思うが、そんな事より今はすげぇ眠い。

 特に夜ふかしなどもせずにベッドに入ったのに、気づけば頭は思考モードに突入していた。


(これも全部白鳥のせい)





 同じ時間、ようやく登校する事が出来ていた麗音は保健室でテスト勉強をしていた。


(範囲がそんなに広くなくて良かった)


 ちゃんとまた学校に来られて良かった。

 まだ教室には恥ずかしくて顔を出せないけど、とりあえず来れた事は良しとしよう。

 先生もちょっとずつで良いって言ってくれたし…

 そうだ、心瞳くんも今勉強しているのかな?

 書類届けてくれたのも多分心瞳くんだし多分…ちゃんとその事でお礼したいな。



 午前のテストを全て終えた鉄雄は帰ろうと教室を出ると廊下の端に、白い体温計を見つけていた。


 あっ、これぶっ壊れた体温計じゃん。

 この前俺が測った時にちゃんと機能しなかったやつ。

 てか、なんで廊下に落ちてんだ?

 誰か落としたのならちゃんと持ってけっての。

 少し面倒だが保健室に届けに寄ってから帰るか。


 一階の廊下の先にある保健室から、白衣を着た男教師が出るのをたまたま見つける。


 もしかして行ったら誰も居ないパターンか?

 別に届けるだけだからいいけど、誰も居なかったら適当にデスクにでも置いておくか。


 やっぱり誰も居ないみたいだ、さっさと置いて家に帰……


 帰ろうとしていた鉄雄だったが、左の方で筆箱を鞄にしまっている最中の麗音を見つけ、右手に持っていた体温計を床に落としてしまう。


「白鳥」

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