看取れなかった命 〜エピローグ〜

「あれ、そういえば水野っちってあの娘とどうなったんだっけ? もう結婚間近とか?」


 医局で特上大トロ海鮮丼をほおばっていた伊井の口を、裕太は横から思いっきりつぶした。口の中の米粒が大量にばらまかれた。ぐへっ、と吐き出したため、残りの特上大トロ海鮮丼がひっくり返って、全て地面にちらばった。

 水野はその横で何もなかったかのように唐揚げをつっついていた。家から持参のご飯を持ってきていたので、100円安く注文が出来ていた。


「なんだよ、裕ちゃんいきなり……」

「お前、知らねーのかよ。嵯峨山さんのネームプレート」

「プレート? なんそれ」

「病室の名前、変わってただろ? 片平 美菜に」


 へ、そうだっけ、と言ってから、どうしてくれんだよ海鮮丼。楽しみにしてたのに……とぼやいた。

 裕太がちらっと水野を見た。何事もなかったかのように、何も聞かなかったかのように黙々と唐揚げを食べていた。裕太がんんー、と咳払いしてから、


「水野先生、俺の唐揚げ一個食べる?」


 と聞いた。


「いいの? ありがとぅ」


 そう言って、もらった唐揚げを一つ口にした。


 それ以降、その話がこの3人の中で持ち上がることはなかった。ただ水野がその後聞いたのは、子どもの名前が「鶴羽」に決まったとのことだった。なぜその名前になったのか、水野は聞いてみたい気もしたが、敢えて聞かない方がいいかもしれない、とも思っていた。いつか時が流れてこの時のことを昔話として笑って話せる時が来たら、聞いてみようかな、そんなことを考えていたのだった。


第四章:救急外来 魔物との戦い

「良い医者ってなに? 医者をやめたくなるとき」へつづく

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