竜闘虎争

 鋭い打撃音がコダマする。頑強な鎧に対抗するのは、突き詰めた蛮勇。龍征の拳は鎧に阻まれるが、鎧の攻撃も尽くが弾き返される。逼迫したインファイト。龍征は圧倒的な立ち回りで、自分に有利なステージを作っていた。


「こ、こいつ……なんなんだ!? こんなに戦えたのか!?」

「あん時はつまんねぇ喧嘩しちまって悪かったなぁ!」


 渾身の右が鎧の腹部に叩き付けられる。硬い。貫けない。だが、その衝撃に鎧は横倒しに転がされていた。

 身体が軽い。龍征は浅い息をシャドーで弾ませる。ボルテージを上げていく。獰猛な闘争心が男を立たせていた。


「俺が、これから、本気の喧嘩をかましてやる」


 吉田が両手を高らかに雄叫びを上げた。ギャラリーも何故か暖まっていた。守秘義務がどうとか野暮ったいことが頭の中から蒸発する。


「んな都合いい急成長があるかッ! 漫画やアニメじゃあるまいし!」


 鎧が猛る。その両手に、何かが握られていた。これまで無手で戦っていた鎧の、初めて見る武器。先の短い黄色い光。訝しんだ龍征が視認したのは、一対のチョークだった。


「ペンタグラム・マーク!」


 描く五芒星。素速い。集中力を高めた龍征が見逃すほどに。それでも見事と称さざるをえない五芒星が、両手分。そこから星光の煌めきが龍征を灼いた。


「ぐ――ぅおッ!?」


 呻く。熱い。スタードライブの防御機構がなければ致命傷だった。そんな確信がある。それほどの一撃。龍征は眼光鋭く敵を見据える。光は、チョーク。空中で星を描いた殺人兵器の威力は十二分。龍征が鋭い息を放った。


「天道龍征、お前を捕まえる」


 鎧が厳かに告げる。

 龍征は理解した。狙いは自分、なのだと。あの大道司光を下した猛者が、自分を狙っている。それがどれだけ重要な意味を持っているのかは、彼は理解していない。分かったことは唯一つ。

 喧嘩をふっかけられた、ということ。ふっかけられた喧嘩は受けて立つ。その信条は曲げられない。猛る激情が大地を踏み抜く。


「ペンタグラム」


 放つ拳の先、鎧の姿が掻き消えた。


「マーク!」


 煌めく閃光。龍征は自分の足を蹴って地面に転がった。スレスレを射抜く光線がスタードライブ越しに肌を熱くする。両手のマークを重ね掛けた十芒星。威力は倍増。シャアア、と軽い音が耳に入った。鎧の靴底がローラーブレードに変形していた。さっきの高速移動はこれだったのだ。チョークといい、ローラーブレードといい、装備がどことなく子供っぽい。


「チャラチャラした武器で遊びまわんじゃねえッ!」

「は、僕に勝ってから言うんだな」


 龍征の脚力では、業腹なことにあのローラーブレードに追いつけない。チョークが光の星を描く。繋がり、連なり、それらは一匹の虎を描いた。


「ペンタグラム・マーク!」

「それしかッ、言えね、え……嘘だろ?」


 その異様な光景に龍征は息を飲んだ。天に轟く大白虎。ペンタグラム・マーカーが描いた虎が龍征を威嚇する。その威圧に思わず足が止まった。その背中を蹴り飛ばしたのは、無責任に明るい声援。


「おらおらやっちまえ龍征!!」

「天道龍征。お前に一体、どんな価値がある? その力、僕に見せてみなよ」


 何故か一番盛り上がっている吉田に一睨み入れてやると、にこやかに両手を振り回された。あいつ、大物だ。思いながら、虎が叩きつける前足を巨体に潜り込むように回避する。

 殴打。連打。

 龍征の口から咆哮が溢れた。力が、湧き上がる。ドライブ3が、燃え上がる情熱に応えた。力として、形を与える。スタードライブの拳が、星の虎を滅多打ちにした。反応が遅れた鎧がチョークを構え直すが、一手遅い。虎を打ち砕いた龍征が目前に。その渾身の右ストレートが顔面を打ち抜いた。


(ああ――――なんだ。俺は、出来る! 戦えるッ!! あの背中に追いついてやるッ!!)


 荒い息で龍征は拳を掲げた。後ろの黄色い声援が一層激しくなる。正直、うるさい。地面に転がされた鎧がヒクヒクと痙攣していた。だが、その頑強な鎧は砕けていない。ゆっくりと立ち上がる姿は、まるで幽鬼のようで。


「は、不気味で侮りがたい奴だ!」

「……だから、なんなんだその力。そんな得体の知れないもので、僕を下せると思い上がるなッ!!?」


 シャアア、とローラーブレードが走る。望むところだ。龍征は拳を上げて腰を落とした。直情一直線な龍征からしてみれば、珍しい『待ち』の構え。龍征自身の技ではなく、あのオカマ先生からのレクチャーだった。

 見て、見極め、組み立て、突き崩す。相手の攻撃を掌握する本物の技術。後の先の妙技。まさに身体に教え込まされた技術の粋が土壇場で開花する。


「覇ッ!!」


 どんなに動いても、その攻撃は龍征に向けられている。ならば受けて立つのみ。龍すら征するその眼光。氾濫する天の光すら退ける。


(こんな、まさか……ッ!?)


 背後からの鎧の打撃を、龍征の回し蹴りが弾き飛ばした。言葉で表現するならば単純至極。しかし、横っ面に喰らうその衝撃は筆舌に尽くしがたい。再び地面に転がった鎧は、片膝立ちに上がって龍征を睨みつけた。


「効いてねえのは良く分かるぜ」


 龍征の成長に鎧が動揺する一方で、龍征も鎧の頑強さに舌を巻いていた。突破する手段が皆無だ。それでも、胸の内に確かな熱さを感じる。燃え上がる流れ星の煌めき。常勝無敗、喧嘩の覇者だった龍征の前に現れた好敵手。男の目にはそう映っていた。


「おう。使わねえのか、あの笛は」

「僕は、メアに相応しい男になる。お前一人に星獣の力なんていらない。あの子に相応しい自分になるんだ」


 ある意味想像通りの答えに、龍征は獰猛に歯を剥いた。この鎧武者は、漢だ。信念を胸に戦っている。直接手合わせしたからこそ分かる。そんな確信があった。細々した事情なんて、知らない。ただただ今ある全てをぶつけるのみ。

 示し合わせたかのように、二人は同時に大地を蹴る。

 光るチョークが死のマーカーを引いた。膝を曲げて上体を沈めた龍征が、死線を潜り抜ける。もう一閃。振られるチョークに、龍征は真っ正面から向かい立った。


「ペンタグラム・マーク!」


 その攻撃を掲げた左腕で受ける。弾かれて胴体で受ける。それは、ただただ右拳を前に出すため。歯を喰い縛り、前へ。迸る咆哮。スタードライブが砕け散る音は遅れて聞こえた。その破片を飲み込んで、龍征の拳が赤く煌めく。


「喰らえ、俺の一撃」


 その拳は、鎧の土手っ腹に打ち込まれていた。


「流、星、弾――ッ!!」


 閃光と衝撃。

 破壊の渦が巻いて蠢いていた。意地と意地とのぶつかり合い。光が咲いて、まるで巨大な花のようだった。ちゃっかり距離を取っていたナックル吉田だけがその光景に魅入っていた。


「天道……おい、龍征…………?」


 ドサクサに紛れて下の名前で呼んでみる。だが、返事は無かった。襤褸切れのように転がる少年の、傷だらけで、血塗れなその身体が。頭の中が真っ赤にスパークした。意識が追い付いた次の瞬間。


「…………おい」


 震える足で立ちふさがる。バカな彼女にも、その力が尋常ではないことが確かな実感として理解できた。根源的恐怖が少女を包み込む。それでも立ちはだかる。


「龍征の奴がやられたようだな」


 一目で分かる怯えぶり。取るに足らない小物臭。


「次は、スターズの女番長」


 それでも。


「この、ナックル吉田が、相手致すッ!」


 その目から涙が溢れた。歯の付け根が噛み合わずにガタガタ震える。それでも、立ちはだかることだけは止めない。


「どけ。僕は天道龍征を連れ帰らなければならない」


 鎧が立ち上がった。若干ふらつく足取り。吉田は、見た。あれだけ頑強に見えた鎧に、小さな光が走っていた。いや、違う。鎧に走った小さなヒビだ。


「ペンタグラム・マーク」


 光が収束する。圧倒的な脅威が目前に。それでもどかない。後ろの少年を、脅威に晒け出したりはしまい。それは意地だ。


(アタシがアタシであるために……西蔵町のドンはアタシなんだ)


 力の有る無しは関係ない。自分を張れるのは自分しかいない。いつまでも発せられない殺人光線が霧散する。ナックル吉田は見た。鎧が膝をついて絶叫していた。


「違う! 違う! やめろメア! 彼女は一般人だ! 巻き込んじゃダメなんだ! メアはそんなことは望まない! 僕はメアに相応しい男になるんだ!」


 頭を抱えて震える。その姿を見て、吉田は印象をガラリと変えた。圧倒的力を振りかざす脅威ではない。思い通りにならずに駄々を捏ねる。そんな子どものような印象。


「おい、お前ッ!」


 鎧は答えない。代わりに光るペンタグラム・マーク・チョークを吉田に向ける。だが、彼女の震えは止まっていた。脅威は既に去っていた。まるで紙のように薄っぺらで、それでいて決定的な盾。

 信念の盾だ。


「龍征は、西蔵町の人間は、アタシが守るッ!」


 鎧が、頭を掻き毟って、叫ぶ。苦悶の声だった。それを哀れみながら、しかし彼女は譲らない。張り詰めすぎて飛んだ記憶の末、あの鎧は姿を消していた。

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