二、「天に瞬く夢見星」

五里夢中

 暗い色合いの部屋で、天蓋付きベッドの上で誰かが唸っていた。


「なんだ……なんだよ、ちくしょう……なんだ、これ……なにが、なんで」


 ベッドに向かって、何度も何度も拳を振り下ろす。キングサイズベッドの凄まじい弾力に弾かれて、その身がひっくり返った。じたばた暴れるも、疲れたのかやがて大人しくなる。虚ろな目で天蓋を見上げる。そこには小さな星空が広がっていた。小さな、まるで小さなガラス玉を落としたかのような儚い声を知覚する。


「うん? なんで殺さなかったのかって? あの状況じゃ無理だよ。メアなら分かるだろう?」


 メア、と。愛しげに少女の名前を連呼する。うっとりと顔を綻ばせ、麻薬に浸されたかのような幸福感に身を沈める。メアは小さな声で語りかけてくる。頷いて、吐息を垂らして。メア、ともう一度名前を読んだ。


「ああ、星獣の笛は無事だよ。あれがないと星獣のドライブゲンマに干渉できないもんね。あれこそが僕らの要さ」


 メア、と名前を呼ぶ。虚ろな目のまま表情を曇らせる。あの鮮烈な女戦士の姿が瞼に焼きついていた。聞こえる声が、不機嫌そうな気がした。メア、と釈明するように名前を呼ぶ。


「うん、大丈夫。僕にはメアしかいないからね。君に相応しい男になるよ」


 星獣を従える、王の笛を小さく撫でた。その音色はドライブゲンマに干渉し、星獣の動きを操ることができる。超常指定特異災害、星獣。その力を十全に従えられれば、いずれ世界をその手に落とせる。


「メア、君に相応しい男になるんだ」


 小さなガラス玉の声が、嬉しそうに跳ねた。







 筋骨隆々の老人が、腕組みしながら見下ろしてくる。夢だ。龍征は一瞬で看破した。何度も経験があった。


「龍征」

「……なんだよ、じいちゃん」


 ふて腐れたように龍征が顔を上げた。やってしまったこと、やらかしてしまったこと。その重みは重々承知している。そういうときには、こういう夢を見るのだ。


「貴様、今何を思っている」


 説教から入らないのは珍しい。龍征は眉をひそめた。不思議な感覚だ。突き放し、鋭く突き刺さる。そんないつもの反応とは正反対。どこか暖かい空気すらあった。龍征には、それがより重要な意味に思えた。


「俺は、弱ぇ」


 だから、素直な気持ちが吐き出せた。至らない自分、足りない力。それを強く自覚する。のぼせ上がっていた身の上を自覚する。強く恥じる。


「うむ」


 それらの、全ての後悔が肯定される。求められるのは、その先。それは散々思い知っている。


「俺には何ができる」

「喝。自らの道は自らで追求する也」


 そうかよ、と龍征が笑う。臨むところだった。何度も言い聞かされた。これは正念場というやつだ。


「やってやる。俺は俺を貫くぞ」


 静かで、熱い決意。そのための積み重ねは、目前の老傑に叩き込まれた。天道龍征は目を覚ます。







 大道司光が意識を取り戻したらしい。龍征がその報せを聞いたのは、あの激闘から二日後だった。


「先輩、やっぱり無事だったんスね」

「なんだ、この短期間で随分な信用だな」


 崎守三尉がくつくつと笑う。だが、相変わらず表情は変わらない。


「お前も、重傷にしては随分早い復帰だったじゃないか」

「怪我は慣れてるんで。スピード回復は俺の特技っスよ」

「びっくり人間かな?」


 二人して小さく笑う。

 龍征は、自分の胸に手を置いた。砕けたドライブ3の破片が、全身に突き刺さったはずなのだが、こうして無事に五体満足に動けている。思い出すのは、戦場に咲いた光の花。命を賭した爆発は、龍征の心を魅了して、その場に留まらせた。それ故に退避が遅れたのはとんだ笑い話だったが、それを後悔する気持ちは一切ない。


「光先輩……あの人も、俺にとっては目標だ。すごければすげえほど、最高なんですよ」


 言葉の意味はよく分からないが、言いたいことはよく分かった。あの気丈なだけだった少女は、女傑に相応しい成長を遂げた。そして、今、未来の英傑の目を輝かせている。


「天道、失敗を必要以上に恐れるな」


 まるで自分に言い聞かせるように、男は言った。足りない力、至らない想い。それでも、前に進まなければならない。崎守はそういう立場の人間だったし、龍征も今やそうなのだ。


「間違いは正せ」


 命令違反に突っ走った自分が、何もかもを狂わせた。その無様を、強く自覚する。


「その上で、立ち上がれ。それが、本当の意味で前に進むということだ。背負っているなら尚更、な」

「うすッ!」


 龍征はにこやかに笑う。そこに何かを感じたが、崎守がその頭を撫でた。


「あらん♪ もう腐らないってのは素敵よん☆」


 いいところにオカマが割り込んだ。桜技術主任がにたにた笑いを浮かべていた。崎守三尉とは、天と地のような立場の差なのだろう。彼はキビキビと敬礼し、静かに去っていった。


「レントゲン検査及びその他事項、大変良好よん☆ 知ってた以上に頑丈なのねん♪」


 投げつけられたハートマークに、龍征はげんなりした。この只者ではないオカマと接してまだ一月と少しであったが、それでも知れたことがあった。

 この技術主任は、意外にも飽きっぽい。それでも、一時の熱意は凄まじいものがあった。天才は皆そうなのだと力説していたが、龍征へのお熱ぶりを見ると、少し警戒すべきところがあるのかもしれない。


「スタードライブ。その根幹は恒星の力を引き出すところにある。万有引力の結びつきの力ねん♪」


 桜主任は語る。研究者として、きっと感じるところがあったのだろう。


「星に願いを。細々した理論を省くとそんなものかしら? ロマンがあって素敵☆ 祈りが人を強くする……て言うと宗教みたいだけど、諦めないド根性が奇跡を生むって言えば納得するよねん♪」


 納得した。

 願いが奇跡を生む。想いが実現する。スタードライブシステム。そんなことを考えながら、龍征はあの頼れる先輩にはどのような願いがあったのか気になり始めていた。剣構える女丈夫。果たして、龍征にもそんな武器が握れるのかどうか。


「でも、残念。夢想に立ちはだかるのは、いつだって現実。ドライブ3の適合実験の中止が宣告されたわ★」


 龍征が言葉に詰まる。


「度重なる命令無視、その結果、最重要戦力の光ちゃんの再起不能、加えて示す適合率の低さ……それらが天道ちゃんをこき下ろしたのよん♪」


 ガッカリ、という言外の意味を感じて龍征は肩をびくりと跳ねさせた。だが、それで終わらない。止まってしまっては何も始まらない。

 だが。そんな精一杯の強がりも、貫き通せば届くものがある。


「無用放免。もちろん守秘義務は課されるけど、前線には投入しないって。外に遊びにでも行ってらっしゃい♪」


 果たして、現実は本当にそうなのか。龍征の双眸は揺らぐ。

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