カラオケ

「華奈ーおっはよー」

「おはよ亜希、今日も元気だねー」

「えー? 褒めたって何も出ないよー?」

 明るくてよく笑うこの子は岡本亜希。中学の頃、ぽつんと席に座っていた僕に声をかけてくれたお友達。高校に進学しても仲良く話せる唯一の人。なんだかんだいって結構頼もしい。

「と言いつつもですね、今日はちょっと出てくるものがあるのですよ」

「え?」

「ふっふっふー、これですぜこれ」

 もったいぶってぴらっと取り出したのは小さな紙片だった。

「カラオケの割引クーポン?」

「そそ。ちょーどいいから今度の休みに行かない?」

「いいね。行きたい」

「やった、華奈の歌声綺麗で好きなんだよね。聞いてて飽きない」

「そんなことないよー」

「いやいや、素直に喜びなって」

 きゃはは、と2人で笑い合う。

 歌は自分でもうまいと思う。と言うのも、やっぱり自分で歌っている感覚がないからだ。

 口が勝手に動いて歌っている。

 この前独り言でこっそり歌ってみたらなんか違う、としかいいようがなかった。

 そっか、カラオケか。感覚上歌うのは僕じゃないけど、楽しみだ。

 そんなことを考えているうちに僕らはじゃれ合いをやめて詳しい日取りを決め始めた。


  ◆◆◆


 そんなこんなでカラオケ当日。

 亜希とその友達2人の計4人で僕はカラオケの一室に座っていた。

 今歌っているのは亜希。しょっぱなからの出番だったけれどムードメーカーの彼女はすでに場の空気を盛り上げきっていた。

 かく言う僕はまだ選曲中である。

 歌うのは僕じゃないから、いや僕なんだけども、選ぶのは僕の仕事になっているから下手に選んだらイメージダウンに繋がりやすい。

 どうせなら初めから見るだけがいいのになあと思いつつ、これなら問題ないだろうと思う曲を決めた。

「かーかと弾ませこの指止まれー」

 いつの間にか亜希の歌が終わろうとしていた。

「あー、やっぱ出だしは亜希じゃないとだな!」

「わかる、盛り上がり切らないって感じするもんねー」

「えっ、そこまで!?私上手く歌えてた!?」

「亜希なら下手でも盛り上がっちゃうから大丈夫だよ。そもそも上手だし」

「華奈それ褒めすぎ!」

 じゃれていると横からマイクを押し付けられた。

「え?」

「次、華奈の番だよ」

「ええ?」

「うちらまだ選曲してないし」

「えええ?」

「やっぱ次は華奈だよねって」

「だってそもそも上手だし!」

 今さっき言ったセリフを返されて亜希を振り返ると笑いを噛み殺していた。

「うん、もうしょーがないから歌っちゃえ。というか歌え」

「脅迫がかってるよ……歌うけど」

 笑いながらマイクを持って立ち上がる。

 しばらくすると曲が流れてきた。

「淡い月に見蕩れてしまうから…」

 静かなソプラノを思わせる音が口から溢れる。

 うん、やっぱり綺麗だと思う。

 亜希はにこにこ笑いながらリズムに乗っている。2人はちらちらと僕を見つつ、選曲をしている。

 僕は歌う。聞く。みんなを見る。

 楽しい。面白い。

 ずっと、続いてしまえばいいのに。

 そんな願いも叶うはずもなく、終わりはすぐにやってきた。

「あぁ 藍の色、夜明けと蛍」

 音がぴたりと止まる。

「やっぱ華奈うますぎ! 綺麗だった!」

「ほんと、引きずり込まれた」

「うちらの歌姫は華奈だよね」

「え? そんなに? ありがとう。って言うか、曲を作った人がうまいんだよ」

「謙遜やめ!!」

 そんなことを言いつつも、僕はすでに次をどうするか考える。

 音が流れだし、慌ててマイクを掴む様を見て僕は座った。

 次の子もそこそこうまい。途中まで聞いて、選曲に入った。

「僕次何歌おう……」

「僕?」

 隣に座っていた亜希に独り言を聞かれてしまった。

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