第17話 まやかし

「……お前が……やったのか……?」


 ジークは問う。魔王となったアテネが、自分の大切なものを奪ったのかを。


「……うん」


「……なんで……なんで殺した? 俺の家族を、俺の大切な人を……なんで……」


「人間だから。それだけ」


 そう言う彼女の顔には、虚無を意味する無表情が貼り付けられている。彼女にとって人間を殺すことは羽虫を殺すことと同じ、何の感情も揺さぶられることのない行為なのだ。


「……それだけって……お前……」


「……なんであなたはそんなに悲しむの? 人も魔族も、生物である以上死ぬのは当たり前。一人死んだくらいでいちいち悲しんでいたら、あなたの涙はどれだけあっても足りないよ?」


「……当たり前じゃねぇよ。首と胴体が切り離されて死ぬなんて、当たり前であってたまるか……!」


「何も不思議じゃないよ。人間と魔族は、どこまで行っても相容れぬ存在。互いを憎しみ合い、殺し合う存在なんだから」


「……お前が、それを……」


「だから私が人間を殺すのは当たり前。そして、あなたが私を殺そうとしても、私はあなたに文句一つ言うつもりはない」


 アテネは両手を堂々と広げ、ジークを自分の元へ来るよう招く。自分の懐に、殺意を持ち込むよう望んでいる。


「さあ、おいで。……私は、人間に殺されるなら本望だよ」


「……なんだそりゃ……それを、お前は本気で言っているのか?」


「うん。人と魔族が殺し合い、死によって新たな怨嗟が生まれるのなら……私はそのために喜んで死ぬよ」


「……ああ、そうかい……よく分かったよ。お前のことがな……」


 ジークは抱えていたエマの首を投げ捨て、アテネに向けて走り出す。

 アテネが両手を更に広げてジークを迎え入れる意志を示すと、ジークは彼女を……思い切り抱き締めた。


「……え?」


「……よーく分かったよ。お前はアテネじゃねぇ。生きることを望むあの子が、死を望むはずがねぇ!」


 ジークは固く、強くアテネを抱き締める。それにアテネは必死に抵抗するが、ジークの腕はピクリとも動かない。


「……クソッ、殺せよ、ジーク! アンタが私を殺せば……」


「殺さない。たとえ偽物だろうが、俺はお前を殺せない。……俺の矜持を、曲げないためにも」


「……ダメだ! 人間は魔族の敵で、魔族は人間の敵なんだ! そうでなければ……」


「……だが、そんな妄言を聞き続けるのももううんざりだ……このまやかしの世界に、付き合い続けるのもな!」


 ジークがそう天に向かって叫ぶと、世界は徐々に崩壊を始める。魔王が壊した物が、人間が、全て霧のように霧消していく。


「……ジーク……お前は本当に……人間と魔族が共存出来るとでも思っているのか……?」


 ジークの腕に抱かれながら消え行くアテネのまやかしは、最期にそう問いかけて消滅する。やがてジーク自身もこのまやかしの世界から消えはじめ、消滅する寸前にジークは彼女の問いかけへの答えを返した。


「……俺はそんなこと思ってないよ。俺はただ、お前に死んでほしくないだけだ」






「……流石に疲れるねぇ。昔はこんなに早くスタミナが切れることはなかったのに……年をとるのはやなもんだ」


 ドーラが相手していた七人の魔術師のうち、五人は既に戦闘不能状態に陥っていた。が、残ったエンニーとロイはまだ殆どダメージを負っておらず、一方のドーラはもう魔力が切れかかっていた。


「ここに来るまでに、あんな派手な魔力の使い方したのがいけないんじゃないですか? 爆発の勢いで空を飛ぶのは派手ですけど、燃費はどう見ても悪いですし」


「魔法は派手でナンボだろ。これだから最近の若者は小手先ばかりで力不足なんだよ」


「力任せより、頭を使った方が効率良くて楽ですからね。後の世代というものは、先の世代の悪いところを直してよりよいものをつくるのが仕事ですから」


 ロイはそう言いながら二枚の布でドーラの体を包み、その動きを封じる。ドーラも爆発を起こして抵抗しようとするが、彼女にはもうそれだけの魔力は残っていなかった。


「チィッ!」


「さて、これでバーさんの動きは封じたよ。魔族の始末はエンニーに任せてあげる」


「フフフッ。どうもありがとうよ、ロイ。それじゃあ遠慮なく、私があの魔族にとどめをさしてやろう」


 エンニーはゆっくり、ゆっくりとアテネとの距離を詰めていく。自分とアテネとの距離が一歩近づくほどにドーラの放つ威圧感が強くなる感覚を、彼は楽しんでいるようにも見えた。


「さーてさて。どう殺してやろうか……」


「チィッ……おいクソガキ、放せ……モゴッ」


「放せじゃないでしょ。これだから年よりは……立場の有利は明確なのに、殺さないであげるだけ感謝してほしいなぁ」


 布によってドーラの口が塞がれる一方で、エンニーはアテネを蹴飛ばし椅子から床に蹴落とすと、それでも眠り続けるアテネの頭を思い切り踏みつけた。エンニーは自分の靴についた汚れをアテネの頭にこれでもかとすりつけるけながら、顎や鼻をチョンチョンと足先で軽く小突いていた。


「いやぁ、愉快愉快。抵抗出来ない相手を一方的にいたぶる時ほど、愉快な時はないですねぇ。相手が魔族ともなればなおさら……いやぁ、こんなことが出来る自分の魔法が誇らしい!」


「いいからさっさと殺れよ、エンニー。こっちはもう待ちくたびれてるんだけど」


「ったく、せっかちな奴ですねぇ……もうちょっと楽しみたいところでしたが、どうやらここでお仕舞いのようです」


 アテネを踏みつけるエンニーは懐から短刀を取り出すと、刃先を彼女に向けて突き立てる。


「……さあ、では……さらブォゲェッ!!??」


 エンニーが短刀を振り下ろす直前に、鋼鉄の拳が彼の顔面を殴り飛ばす。顔が変形しかねないほどの勢いで吹き飛ばされたエンニーは、家の壁を突き破って外まで飛んでいった。


「んなっ……もう、目覚めたのか? ……ジークさん……」


(……遅えよ、馬鹿息子……)


「……テメェら、俺の娘と親になにしてんだ……殺すぞ?」

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